135話 名の在処10
交えた刃から熱い熱風が噴き出し、両者は正反対の方向に吹き飛ばされる。
水蒸気爆発だ、私の匕首に纏わせた冷気と氷が、一瞬で気体に変化したのだろう……氷を一瞬で気化させるとか、どんな熱量してるんだろうか。
体制を立て直し、少し離れた位置に居る相手を見て、肩をすくめる。
「このままだと面白みに欠けるな、ステージを変えよう」
ここは密閉された空間だが、水に浮かぶ島を模して作ってある……だが、周囲の水は只の水ではない。
私が魔法で火球を水に撃ち込むと、水は一瞬で燃え上がり、島は炎に包まれる。
「油だという事等、匂いで分かって居たわ」
「だろうね、落ちないように気を付けてたし」
因みにこの油は、ダンジョンのトラップにある、油をかけて滑りやすくするだけの微妙なトラップ数台を、六時間稼働させる事で溜めた物だ。
『星華ちゃん、この気温だと私の魔法が使いにくいよ』
『分かってる、取り敢えず指示した物を氷で作って』
豊が作り出す、氷の投げナイフを次々に投げ付ける、周囲から炎に照らされたそれは非常に見えにくく、常人なら避ける事など出来ないだろう。
それさえ気配で撃ち落とし、避ける相手に、ナイフに合わせて迫り、匕首を振るう。
切る動作と言うよりは、打ち付ける様に振る攻撃を繰り返す内に、息が切れ、呼吸が荒くなり、酸素が不足してくる。
枯渇してきたスタミナとエネルギーを暴食の能力で強制的に回復し、隙無く連撃を続ける。
『星華ちゃん、この状況って』
『豊も分かったみたいだね、負けないでしょ』
この部屋の仕掛けは防げない、それはあらゆる防御を無視して、対象の体を破壊するものなのだから。
『でも、こういう卑怯な手段は嫌いじゃ無いの?』
『そうだね、だけど私は使うよ、それが有効な手段だと分かって居るならね』
私は既に、目的の為には手段を選ばない事を決意したんだ、例えそれが全世界を敵に回す行為だとしても。
勝てば官軍負ければ賊軍、とはよく言った物だ、歴史は勝った者の歴史、負けた側は事実の改変を押し付けられる事になり、死別した大事な人を殺戮者呼ばわりされる事にも耐えなければならない。
私はそれが嫌だから……何より豊にそんな思いをさせたくないから、力を求める、上位者の気まぐれで刈り取られる事の無い強さを。
例えそれで豊に嫌われても、豊が幸せならばそれでいい。
『大丈夫、私はずっと星華ちゃんの味方だよ』
『……全部漏れてた?』
『うん』
『うわ……穴掘って埋まりたい』
豊と意識を繋げて会話している間に、園田の動きは目に見えて悪くなっている。
やがて限界に達したのだろう、地面に膝を付く園田に、不意打ちを食らわないように、ほんの少しだけ距離を取る。
だが、とっくに反撃出来ない事は分かって居る、この部屋に満ちた毒に限界まで侵されて居るのだから。
その毒は二酸化炭素と一酸化炭素、人間である以上避ける事の出来ない、それでいて戦闘中は中々気付けない、非常に有害な物質だ。
この部屋は密室だが、ダンジョンでは魔術によって自動換気されてしまう、その効果を手動でオフにした上であれだけ火を燃やしたのだ、それなりの広さとはいえ部屋は直ぐに二酸化炭素で満たされるのは明白だ。
既に火が消えている事を見るに、この部屋の酸素は数パーセント程度まで減って居るだろう。
私は暴食の効果で、呼吸しなくても当分エネルギーは持つが、普通の人間、それも戦闘中では、エネルギー生産に使う酸素が薄くなっている状態で長く持つわけが無い……実際、園田は思った以上に長く粘っていた。
荊で四肢を拘束した上で、少しだけ園田にエネルギーを与え、戦えないが話せる程度に回復させる、同時に室内の換気を行う。
「……殺さないのか、どうせ再生するのだから殺しても構わんだろう」
「アザトースがめんどくさいと文句言ってたからね、どうせ勝ちなんだから、わざわざ殺さなくてもいいし、聞きたい事がある」
「……なんだ?」
その問いに、私は一番知りたかったある事を口にした。