126話 名の在処1
「アザトース、聞きたい事がある」
気配も無く部屋に入って来た私に驚くことも無く、アザトースはこっちを見る。
「よく来たね、そろそろ来ると思って居たけど、よくこの場所に居るって分かったね」
因みに、此処は異空間などでは無く、私達がかつて使って居た学校の校長室だ……交流や、交易なども減って来ていて、何かのイベント以外では、余り活気が無い。
「……私はニャルラトホテプを捕食して、取り込んだ」
「それで、同じ神話に属する存在の居場所なら、ある程度は分かると」
アザトースの言った通りだ、現状は、紅蓮とニャルラトホテプの所在は分かり、アザトースの居場所も、私が知っている場所なら探れるようになっている……後は海の底に何かが居るって程度だ。
「まあいいや、本題に入ろう……何が知りたいんだ、星華は面白いから、教えてあげても良いよ」
「私の母の名を知りたい」
「へぇ、珍しいね、星華がそんな事を聞くなんて」
私が自分に興味が無いと思われている様だ……間違っては居ないが、知りたくもなる。
「理由が必要?」
「必要」
即答されては仕方ない、簡単に言うとしよう。
「私の力の由来が分かるかもしれない」
その言葉にアザトースは頷いている。
「そうだね、分かるかもね……でも、何故母親?」
「子は大概、母親からの影響をより強く受ける」
「それ、過去の記憶が無い星華には、関係ないと思うけどな」
「教えるのか教えないのか、それとも知らないのか、ハッキリしろ」
「……はいはい、教えるよ」
アザトースは肩をすくめた。
「星華の母の名前は【五月姫】、苗字を呼ばれることは殆ど無い」
その名前に少し心当たりがあった私は、いやな予感がする。
「苗字を呼ばれないって事は、氏で呼ばれるからで良いのかな?」
氏は、女性には使わない事が多かった記憶がある。
「その通り、神話が得意な星華なら、その名前だけで分かったみたいだね」
……どうやら嫌な予感が的中したらしい。
「……アザトース」
「なんだい?」
にやにや笑っているこいつが、段々不思議の国のアリスのチシャ猫に見えて来た。
「私って何歳?」
「……20少し前だった筈」
……まあ、母が私の想像通りの人なら、まだ生きてても不思議ではない。
「思ってたよりも、ほんの少しだけ上だったな」
豊より四歳程上ではあるが、その内それが誤差になるのだろう……三桁超えた辺りから。
「所で、ダンジョンバトルの申し込みがあるよ」
……いきなりだな。
「相手は?」
「ウチの体育教師」
「ゴリ……園田剛か」
「今ゴリラって言いかけたよね」
……だってアイツほぼゴリラだし。
柔道、空手、合気道全てにおいて、そこらの師範代を超える実力を持った化物で、着いたあだ名が鬼殺し……校内に侵入した不審者を数回、クマを一回素手で捕獲している、あの学校で私と並んで語られる程の存在だ。
私は裏の人間、アイツは表の人間だから、これまではお互い不干渉を貫いてきたが……そうもいかないか。
「目的は戦力って事か」
「そうだね~、あれも結構やる気みたいだよ」
「流石に何かの神格を持って居るんだろうな?」
答えが返って来るとは期待していなかったが、アザトースはあっさりと教えてくれた。
「”桃太郎”が、あれの神格だね」
……神格じゃないし、歴史上の人物ですらなかった。
「ま~、私達と同じだよ、多くの人の、強い奴をやっつけて欲しいと言う、ヒーローを望む気持ちが集まって生まれた、新しい神だね」
「……まあいい、受けよう、そう伝えてくれ」
そう言って部屋の扉を開ける。
「もう行くんだ?」
「暇して居られなくなったからね」
……桃太郎か、神格を喰って取り込む気にはならないが、私の糧となって貰うとしよう。