123話 顔無き者15
……普段のアザトースのエネルギーから考えて、今のこいつは恐らく、本体の九十数パーセントぐらいのエネルギーを持った、本体に近い分体の筈だ、此処で倒せれば、再生するまで、当分はリタイアさせる事が出来る。
「……何時まで、その姿で居る気だ?」
出来るだけ平静を保ちながら、目の前の邪神に問う。
「ああ、この姿には慣れてない、変えるとしよう」
そう言った、ニャルラトホテプの姿が崩れ、別の形を形成し出した瞬間に、匕首を振り抜き、その姿を切り裂いた。
予想に反して、なんの手ごたえも無く真っ二つに……いや、あり得ないな。
「なるほど、自分で切り離したのか」
視線の先では、二つの黒い粘液状の何かがくっついて一つになろうとしていた。
「本性はスライムに似た、粘液状の魔法生物に近い物か……千の顔を持つ神、顔の無い神等の異名から察しては居たが、面倒な相手……おっと」
黒い粘液から生えた触手が、輝夜に向かうのを見て、即座に荊を使って防御する。
「ああ、輝夜もマーガレットも、部屋の隅で警戒しといて……流石に無いとは思うけど、部屋の外で何かされると、防げないから」
言葉を発しながらも、自分へと向かってきた六本の触手に、荊で対抗し、地面に押さえつける。
「その、お前自身の思う様に動く触手は便利だな……まあ、私の荊も同じだが」
追加で荊を召喚して、ニャルラトホテプを鳥籠の様に閉じ込める……隙間はあるから、さほど意味は無いが、一緒に中に居る私が攻撃する程度の隙は出来る。
触手攻撃を避けながら、距離を詰め、匕首を振り下ろす。
「ちっ」
素早く陣形を取った、ニャルラトホテプは、自らの一部を変化させた剣で私の攻撃を防ぐが、一切構わずそのまま、鍔迫り合いに持ち込んで、力で押し通す。
「……これは、不味いな」
ニャルラトホテプが、急に後ろに飛んだので体制を崩したが、そこに来た攻撃は全て荊で迎撃する……先ほど地面に押さえつけた触手はもう消えて居るので、その分を攻撃に回しているのだろう。
「あんたの触手……精々八本が限度みたいだね」
「そうだね」
魔術で生み出している訳では無く、自らの一部を変質させているので、コアとなる部分を残した状態で使えるのはその程度なのだろう。
威力を犠牲にした、数の攻撃を繰り返して、少しずつ傷を負わせていく内に、ニャルラトホテプに焦りが見え始める。
「何を焦っている、切れた程度なら、全く問題ないだろうに」
「よく言う、暴食を使用しているくせに」
言い返されて、私は不敵に笑って見せる。
ニャルラトホテプはこの状況がよく分かって居るようだ。
「そう、暴食の力で、切ると同時にお前の成分を喰っている……消化は悪そうだがな」
匕首に暴食の神格を乗せ、ニャルラトホテプの体を取り込んでいる……仮にも、大罪の一つである暴食の力が、単なるエネルギー倉庫である筈が無いのだ。
「……やってられるか!」
全力の攻撃を受け、吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる……痛いが、その痛みすらも力に変換する、ありとあらゆるモノを取り込み、糧とする、それこそが暴食の本質なのだから。
「この場は引かせてもらう!」
転移の魔法陣を展開した、ニャルラトホテプに向かって、瘴気を込めた黒い荊を伸ばす。
「何処に行くの?」
魔法陣に干渉して握り潰してやると、いよいよ、ニャルラトホテプの顔にヤバイと言う感情が浮かぶ。
「……どうやって、転移に干渉した?」
「私の瘴気で歪め、崩壊させた……歪みはアンタの専売特許って、訳じゃないんだよ」
転移の術式は、アザトースの物を何度も見たおかげで慣れている、構造が分かれば破壊も可能なのは当然だろう。
匕首を握り直して、基本の突きの構えに移る。
「……この距離で届くとでも?」
私とニャルラトホテプの間は、数メートルあるが関係ない。
「これから、お前の心臓部分にある、コアを狙う、防いでみな」
これまでの攻防で、そこにコアが存在するだろう事は、そこへの攻撃を異常に警戒しているだろう事からも分かる。
「そんなこと言われて、防がない訳が……」
「死ね!」
私が突き出した刃は、ニャルラトホテプの背後からその心臓を突き刺した。