122話 顔無き者14
道中は、特に事件も無く、あっさりと帰って来れた。
何か面白い事でも起きないかと思って居たが、よくある御伽噺の様にはいかないようだ。
「……改めて見ると、広い国ですね」
中に入るのは初めての、輝夜は物珍しそうに辺りを見回している。
因みに門は私の顔だけで入れた……もう少し警備をしっかりするように言いたいが、この国の方針もあるから強く言えない。
「そうだね、まあ、民主主義に呑まれた馬鹿どもが作った街だけどね……色々手を加えてはあるけど」
それにしても、と輝夜が大きく伸びをしながら言う。
「お腹が減りました……朝から殆ど食べてませんから」
輝夜は基本的に、朝ご飯を少ししか食べない、朝から食べ過ぎると気持ち悪くなるかららしい。
「まあ、時間はあるし、少し食べて行こうか……何か食べたいものは?」
「この国に、何があるか知らないから、星華さんが選んでください……強いて言えば、お腹に溜まる物をお願いします」
「分かった」
近くにあった串焼肉を三本ずつ買って、輝夜と分けて食べる。
「甘辛いタレに、山椒の香りが合って美味しいです……これは豚ですか?」
「ハズレ、これは猪だね、癖が強いけど、その分力強い味で、私は好きだよ」
「そうですね、貴女が好む気持ちはよくわかります」
串焼肉を食べ終わって、二人で街の中央にある、城に向かう。
「マーガレットに客が来て居る、と伝えて欲しい」
普段なら、ルール無視で会いに行く所だが、今回ばかりはそうもいかない。
マーガレットもそれを察したようで、二人一緒に大広間で待たされる。
この大広間は巨大なパーティーを開いたりするのに使う場所で、今は片づけてあるが、大きくて長いテーブルが、少なくとも十数個、七列ぐらいは置けるぐらいの広さはある……まあ、腐った民主主義時代の名残だ。
「……無駄に広いですね」
「会議室もあるんだけど……結構壊れちゃったから、こっちを仮で使ってる」
因みに損害の大半は私の攻撃が原因だ。
「お待たせしました……貴女は!」
「ああ、あの時の、この国の主でしたか……私は帝国から使者として参りました、同盟を願いに」
「彼女は紅月輝夜、私の友人であり、現在帝国を掌握している者」掛けあい「……つまり同盟を結び、共に脅威に対して戦おうと言う事ですか?」
「その通りです」
「こちら側としては問題ありません、そちらの民に、悪感情を抱かれているのではないかだけが、不安ですが」
「皇帝の権威を以って、そうならないように努めます」
いい加減面倒なので、堅苦しい話し合いに突入した、二人に割って入る。
「牽制してないで、どうするかハッキリさせてよね」
「私としては問題ありません」
「最初からそのために、ここに居ます」
「はい、じゃあ決定、それでいいよね?」
そう言うと二人は頷いて、握手をする。
……パシリ、と聞きなれた音が聞こえた時には、勝手に体が動いていた。
二人めがけて飛んできた、二本のクリスタルの矢を荊で叩き落し、隠し持っていた投げナイフを、矢の発射元である天井の梁の影に、投げ付ける。
直後、落ちて来た姿は、私のよく知っている人物だった。
「……豊?」
彼女がここに居る筈がない、まだ、帝国でお茶でも飲んでまったりして居る筈だ、それに豊の矢は氷で、間違ってもクリスタルじゃあない……それに何より、豊に梁の上に行く身体能力は無い。
だが、一応確認しておく。
「豊、転べ」
声は聞こえた筈なのに反応なし、アザトースに奴隷化された豊が私の命令に逆らえる筈が無いし、そもそも豊は、私の言葉なら、理不尽でも実行する……転べと言う、微妙な命令なのは、もしかすると帝国に居る本人に、影響があるかもしれないからだ。
「あ~、やっぱりバレるよね、でも、あんたらが詰まらないから、私が出て来たんだよ……変化の使える私が、皆殺して、成り代わって、全て滅茶苦茶にしてあげるよ」
「どうせなら、私の為に追いかけて来たとか言ってくれれば、もうちょっと騙されてあげたのに……でも丁度いい、お前を排除する事は決まっていた、予定が早まるだけだ」
匕首を抜いてその切っ先を、豊の姿をした、それに向ける。
「お前は不確定要因、私の計画に、お前のリタイアは必須なんだ」
「あはは、この部屋を恐怖と狂気で満たしてやるよ」
「やってみれば良いさ、さあ行くよ、ニャルラトホテプ」