121話 顔無き者13
豊の待っている部屋に入って、状況を説明する。
「別に良いけど……なるべく早く帰って来て欲しい」
「ああ、飽きたら勝手に帰って来ても問題ないよ、どうせ形だけの人質だし」
本音を言うと、急いで向かう為、体力に不安のある豊を連れて行くと、時間がかかるからだ。
体力については、輝夜も大概なのだが、一人なら背負っていける。
……急いで帰るなら、馬と言う選択肢もあるのだが、私が近づくだけで行動不能に陥るので仕方ない。
「そうですね、まあ、私は、今は只の使者と言う立場ですし、人質が逃げても別に本気で探したりはしないでしょう」
輝夜の同意に少し安心する。
「まあ、輝夜もそう言ってるし、面倒になったら勝手に抜け出しても構わないよ……安全第一でね」
「はいはい、体力の無い私はゆっくりと帰るよ……皇帝さん、改めてよろしく」
本音は、ばれて居た様だ……それに輝夜が本物の皇帝だとは、まだ言ってなかった筈だけど、相変わらず、豊は勘が鋭い。
豊は借りた部屋で、暫くごろごろしている様なので、輝夜と一緒に、街の外に出る為の門に向かった。
輝夜が、紅蓮に皇帝の許可証を渡して、暫く待つ。
「……こっそり出た方が、楽じゃない?」
「流石に、人が消えたら面倒な事になりますよ」
「じゃあ普通に突破」
「……大丈夫ですよ、話は付いたみたいですから」
輝夜の言葉を証明するように、紅蓮がこっちに向かって来て、同時に門が少し開く。
「そいつに死なれると、この国は潰れるんだ、だから気を付けてくれ」
「はいはい、私の戦闘能力を舐めないでよ」
「お前が強いのは知っている……まあ、俺の力が必要なら呼んでくれ」
「……分かった」
「……やはり、邪神の考えは謎ですね」
街を出て、マーガレットに会うため、東に向かう……今更だが、マーガレットの居る城への転移は、私のダンジョンに所属していない、輝夜には使えなかった。
「そうかな、割と単純だと思うけど」
「そうですか?」
「あれは自分がやりたい事をする、興味の無い事には何もしない……紅蓮は、今の所は輝夜の事を気に入ってるみたいだね」
「そうですか」
余りにも淡泊な返事に、少し驚く……もう少し反応するかと思って居た。
「ああ、もう知っていたのか」
「まあ、気に入られている事は分かって居ましたから」
「そうだね、まあ、人間の恋愛感情とは、少し違う物だろうけど」
それでも、アザトースが私を気に入っているのよりは、恋愛感情に近いのだろうけど。
「それにしても、豊さんは変わってますね」
「そう?」
「嫉妬されるぐらいは、覚悟していましたから」
「ああ、豊は嫉妬しないよ……私が輝夜とキスしてもね」
豊は別に嫉妬深い訳じゃない、私に危害を加える奴は許さないだろうけど。
「……そうですか」
「今、動揺したね」
「……その声で相手の感情を理解する能力、相変わらずですね」
「あはは、今は静かだから良いけど、前の世界では、耳栓しないと寝れないぐらいだったからね」
耳が良すぎるのも困りものだ……年齢的に聞こえなくなって来る筈の、猫避けの高周波が煩いぐらいだし。
「それで……キスしようか?」
「……貴女は、豊さん一筋だと、思ってたんですけどね」
「基本はね、でも、輝夜が私の事を好きなら、その思いには答えるよ」
「……保留でいいですか?」
その言葉に頷く……拒絶されなかっただけで、満足だ。
「いいよ、時間はいくらでもあるから、ゆっくり考えればいい」
彼女は、豊以外で唯一、私が守る事を決めた相手……大切な人だ。
……マーガレットと敵対して欲しくは無いけど、場合によっては、仲裁しないといけないのが、今から気が重い。