118話 顔無き者10
「炎よ、俺の声に従え」
紅蓮の一言によって、炎の邪霊が集まって来る……そう邪霊だ。
「……やっぱりか、ニャルラトホテプと、アザトースが来ているのだから、まあ予想はしていたがな」
「そうだな、俺の正体は『クトゥグア』、ニャルラトホテプの事は好かん」
補足すると、クトゥルフ神話における火に属する者の中で最大の存在だ……ちなみに、今召喚した炎の精は、炎の吸血鬼と呼ばれる、クトゥグアに使える存在だろう。
「……行け」
紅蓮の言葉に従って、炎の吸血鬼は、聖騎士の様な純白の鎧を着た、兵士にしがみつく様に襲い掛かる……金属の全身鎧を着込んだ兵士だ、その中の温度は急激に上昇し、人間など一瞬で死に至るだろう、もし仮に鎧を脱ぎ捨てたとしても、焼き殺される運命は変わらない。
……その上、実体のある存在なんかじゃ無いから、兵士の攻撃程度じゃあ倒せないんだよな。
「いやー、あれは悲惨だね」
「お前ならあの程度、容易に切り裂けるだろうな……人として力を抑えてるとはいえ、仮にも神に手傷を負わせられるのだから」
「まあ、この匕首はアザトースが妖刀と定義したからね」
より上位に存在する神によって定義づけされたものだ、それ以下の神に対しては、攻撃の通る数少ない武器だろう……そしてそれは、神器と呼ばれる類のものだ……アザトースが絡んでる以上、神殺しとか物騒な代物になるのは確定だろうが。
「……お前は、アイツが定義づけと、分かってやったと思うか」
「いや、普通にその場のノリだと思う」
「同感だな」
……なんだか、少しだけ分かりあえた気がする、少なくとも一瞬は同じ考えを共有していたはずだ……アイツって、馬鹿なんじゃないかと。
「……ところで、加勢に来たんじゃなかったのか」
「大丈夫そうだし、暑いのはちょっとね」
私は汗を掻きやすいし、第一、あそこは暑いと言うよりは、熱いと表現するべきだろう。
一瞬気を抜いたその時、背後からの殺気を感じて、振り返りざまに抜刀剣の一撃を見舞う。
「へぇ、やっぱり居たか」
そこには、半分から先が無くなった槍を構えた、天使が一体、地面から爪先が二十センチ程度の場所に浮いていた。
……どうやら、翼を動かさなくても飛べるようで、羽音も足音も聞こえなかったから、ここまで接近出来た様だ。
「天軍が居て、この状況を見たら、私達を襲うと考えるのは当然、ほんの少しでも殺意を感じたら動ける程度にしか、隙を見せてない」
そう言って、右手で天使の襟首を掴んで、左手で腕をねじって槍の残骸を落とさせた。
……さて、どう料理してやろうか。
男の天使だから、気分は乗らないが、拷問するなら楽しめるかな。
「我らは、個が全となった存在、貴様の事は我の意識を通じて、主上に伝わっているのだぞ」
つまり、大勢が一つの意識を共有して動いているという事か……いい事を思い付いた。
「紅蓮、私の遊びに力を貸せ」
そう言って呪術を構築する。
【狂気の悪夢】
「……なるほどな、良いだろう」
紅蓮の神威が足されて、凄まじい魔力を持った呪いとなる。
行ったのは、狂気に満ちた悪夢に堕とす呪いだ、私一人でもそれなりな威力になるが、クトゥルフ神話の存在が力を貸せば、その破壊力は計り知れない。
「……それで、そいつをどうする気だ」
「精神力が消耗してきたら、その隙に集合意識の中にバグ仕込む」
正確には、神が自分だけリンクを切った時だ、天使の意識は強制的に繋がって居るだろうが、それを作り出した本人ならば逃げれるだろう、管理者が離脱した隙にハッキングしてプログラムを仕込むようなものだ。
「バグとは、どんなものだ」
「バビロンの災厄……かつて神が人間に行った行為をやり返す」
言語分断なら、命令系統が崩壊して、暫くは攻撃してこないだろう……デバッグ作業が終わるまでは。
……その間にこちらの準備を進めるんだ。
「さて、そっちの皇帝に色々頼みに行くが、止めるなよ」
「……当然だ」
……そしてこの間、豊は私の妖刀で出来た紅蓮の傷の治療による疲労と、急に後ろから襲われた事にビックリして、ぶっ倒れて居た……勿論私は、直ぐに天使を紅蓮に押し付けて、豊を抱きかかえて居た。