113話 顔無き者5
攻撃を受けた防壁は、予想以上に酷い状況だった。
完全に崩れてはいない物の、石で出来ている筈の防壁には、数人が通れる程の穴が開き、穴の周りの部分は石の表面が溶けている……どんな火力なのか想像もつかない。
私は、再び魔術を使おうとした紅蓮に、死角から距離を詰めて切りかかる。
「甘いな!」
簡単に防がれるが、そもそも当たるなどとは思って居ない。
「それはどうかな」
空いた左手で強力な冷気の塊を叩き込む。
【氷撃】
どうやら、傷を負わせるには至らなかったが、防壁への攻撃を防ぐ事は出来た様だ……防壁は元々攻撃を防ぐ物なのだが、それに対する攻撃を防がないといけないのは変な気分だ。
「……なるほど、お前が夜神星華だな」
「何故、私の名を……ああ、輝夜に聞いたのか」
「あの空という者は居ないようだな」
「……あんたに殺させる訳には、いかないからね」
「そうか……さあ、やろう!」
言うなり振り下ろされた大剣を、匕首で受け止め……重い!、この匕首じゃ無かったら武器ごと切り殺されていた、しかも片手でこの威力……不味いな、思って居た数倍は強い。
「……なるほど、輝夜が気を付けろと言う筈だ」
「褒められて悪い気はしないが……あんたも油断できる相手じゃない」
悠長に話しているが、お互いに武器を構えて、いつでも攻撃できる状態だ。
「出来れば、お前の相手など止めて、さっさと帰りたいんだが……そう言う訳には行かないんだよな」
そう言って、紅蓮は大剣を薙ぎ払う様に、横に振り回す。
それを匕首で、下から上に、掬い上げるように受け流しながら、身を屈めて、大剣を潜り抜ける……物凄く怖い。
「……そろそろ、私からも行かせて貰うよ」
匕首を両手で握り、斬撃よりも、突きながら刃を戻す時に切り付ける動きをメインに、素早く攻め立てる。
「ちっ!」
予想通り、大剣では小回りが利かなくて、防ぐのが精一杯のようだ……だが、容赦できる相手じゃない。
攻撃を緩めず、更に激しく、細かい攻撃を繰り返す内に、戦っている場所が、徐々に防壁から離れていく。
「ハッ!」
全力の薙ぎ払いを、後ろに下がって回避する……少し掠って、何時もの黒いドレスが少し切れたが、まあ問題ない、前にも説明したが、このドレスは下手な服より動きやすい。
「……あんた、背中が、ガラ空きだよ」
「なっ!」
紅蓮は後ろから来た豊の援護射撃を、撃ち落とした……驚異的な反射神経だが、私がそんな隙を見逃す筈が無い。
匕首が紅蓮の右肩に深々と突き刺さった。
「……不味いな」
そのまま匕首を引き抜いて、切られない程度に離れる……追撃しないのは、焔での反撃が怖いからだ。
「……私は北の宗教国家との戦いを考えると、あんたを此処で殺したくない……それに本気で反撃されたら多分相打ちになるだろう、ここは引いてくれないか?」
私がそう言うと、紅蓮は頷く。
「そうだな、俺もここで死ぬ気は無い」
お互いに向き合ったまま、射程から出るまで、後退りで離れ、お互いの陣へと戻る。
間もなく、帝国軍は撤退していった。