112話 顔無き者4
防壁の外で兵たちが戦っている中、後方の防壁の上で戦闘の様子を見て居ると、ふと違和感を感じた。
「豊、敵の腕を狙って、一発撃って」
「分かった」
横に居た豊は、私の言葉に、一切の疑問も躊躇いも無く、一人の敵兵の腕を射抜いた。
その敵兵は豊の矢を受けて腕が千切れたが、そのまま戦いを続けている。
「星華ちゃん、あれって……」
「ゾンビだろうね、死霊術か、ダンジョンの召喚かまでは知らないけど」
やはり相手は私の意図通りに動きはしないようだ……出来る事なら、まともな人間同士の戦いにしたいのだけれど、相手がそう来るなら仕方ないだろう。
魔力を蜘蛛の巣の様に、戦場に行き渡らせて、呪法を使う。
【禁術・死霊傀儡】
数が多いため全ては無理だが、約半数の支配権限を奪い取った。
奪ったのは軍の外側で、それに同士討ちをさせる命令を与える。
……全方位からの攻撃で、尚且つ、同士討ちに対抗する命令を受けて居ないゾンビは簡単に倒されていった。
「……ふう」
ゾンビの全滅後、指令術のリンクを切って、全てを死体に返すと、急に疲労感が襲って来る。
「星華ちゃん、大丈夫?」
「少し……頭が痛いかな」
数百単位の支配と命令を一気にしたのだから、脳への直接的な負担が大きかったようだ。
「それより戦況を教えて」
防壁の石柵にもたれて尋ねると、外を見た豊が答える。
「相手は一旦下がったみたいだけど、まだ来そうだね……どうやらこっちも一旦下がるみたい」
街を囲うこの防壁を突破される訳には行かないから、恐らくマーガレットは、防壁からの射撃を行うつもりだろう。
暫くしたのち、再び攻撃が始まった。
今度は小鬼や、豚人間、鬼などの大群だ。
「……あれだけ召喚するDPどうしたんだろう?」
呟いた豊にこたえる。
「多分、食料にする家畜の屠殺を、全てダンジョン内でやったとかだと思う」
野生動物でも結構なDPになるのは、私が実際にしているから、食用の家畜なら、数が多い分稼げるだろう。 周りを見ると防壁の上から弓で応戦しているので、豊も参加させて、私は唯一持って来ていた、匕首以外の武器を取り出す。
「……クロスボウ?」
「そう、急造だから少し狙いが甘いけど、七割当たれば取り敢えず使えるでしょ……寧ろ、クロスボウ・ボルトが足りそうにない」
そう言いながらも、ボルトを装填しては射出して、普通の弓では威力不足なオーガを狙って撃ち抜いて行く。
「……七割って言ってた割には、一発も外して無いね」
そういう豊も一切外さず、一撃で屠っている。
「弓術の的の中央に当たる確率が七割なだけで、的には一応当たってたから、こんなものだよ」
実際、一発でヘッドショットを決めれずに生き残るのが、四割ほど居る時点で精度は満足できる物ではない。
だが、実はこのクロスボウ、性能は結構高い……本体の右側面に付いて居る取っ手を、後方にスライドする事で、力は居るが弦を引く事ができて、それなりの連射が可能になって居る。
その取っ手は一旦、本体の後方で固定され、引き金を引くと本体の前方に自動でスライドするのだが、取っ手が直接弦を引いている訳では無いので、取っ手が勢いよく戻って手を怪我することも無い。
精度に関しては風の術式を使って、普通のクロスボウより遥かに高くなっているが、改善点はありそうだ。
皆の射撃も合わさって、用意していたボルトが無くなった頃には、敵はほぼ壊滅していた。
「終わった……のかな?」
「取り敢えず、見えているモンスターは全滅したみたいだね」
そういった瞬間、防壁の一か所で轟音と共に強烈な爆炎が上がる。
「……星華ちゃん」
「分かってる、防壁はこの程度じゃ壊れないけど、何度も来たらヤバイ」
そう言って匕首を手に取る、
「豊は他に来る敵を見てて……出来れば援護もお願い」
「……うん、危ないなら逃げて」
「分かってる」
そう言って爆発の起こった場所へと走り出す、紅蓮……実力的には互角だろう、とんでもない相手だが、負けるわけには行かないんだ。