109話 顔無き者1
マーガレットに会うため、彼女の執務室に向かう。
独りで中に居る事は気配で分かって居るので、部屋の前に着くと、ノックをして、返事が返ってくる前に扉を開ける。
「星華さんですか、何の用でしょう?」
「話がある」
その一言で察したようで、彼女は私をこちらに招く。
扉に鍵をかけてから、彼女の近くに行く。
「座りますか?」
「いや、このままでいい」
そう言って窓の横の壁にもたれかかる。
「……それで、話とは?」
「近いうちに訪れる戦争における、理想の結末について話しておきたい」
それを聞いてマーガレットはゆっくりと瞬きをする。
「どの程度、先の事でしょうか」
「少なくとも一年以内、早ければ明日にでも、戦いの火蓋は切られるかもしれない」
「そうですか、それでは聞きましょう」
その言葉を聞き、提案を行う。
「この戦いにおいて、どちらが勝ったとしても、北の宗教国家に漁夫の利を取られては意味が無い、そこで私は三つの結末を提案します。
一つ目は一旦停戦を行い、単独で北の国に対する対策を行う……当然ながら今度はあちらの国に漁夫の利を狙われる可能性はありますが、現状の被害は減らせるでしょう。
二つ目はあちらと協力し、共に北の国に対して抵抗していく事です……そうなれば裏切りの心配はなくなりますが、一度は戦う必要があるかもしれません。
三つ目はあちらの国に降伏する事と引き換えに、協力を仰ぐ事です……貴女は永遠に裏切り者になるでしょうが、その後のこの国の扱いをしっかりと交渉しておけば、民への被害は減るでしょう……それでも永久に属国へとなるでしょう。
……もう一つ案はありますが、暴論なのでこの場に出すまでもありません」
そう言うとマーガレットに聞かれる。
「その四つ目の策とは?」
「私がこの国もあちらの国も制圧して、強制的にまとめ上げる」
「……どうしようもなくなった時には、お願いするかもしれません」
「嫌だ」
「……分かって居ます」
気まずい空気が流れる……けれど、言っておいてよかったかもしれない。
「マーガレット、貴女はこれから決断をしなければならない」
「…………」
沈黙は了承の証だろう。
「私が提示した案は、三番目を除き、一旦はあちらの国に対してこちらから働きかける必要がある。
当然、貴女があちらの国の王城に行く事もあるだろう……この意味は分かって居る筈です」
「……はい」
その答えに一つ頷く。
「……貴女には自分が掲げた専守防衛を取り下げ、戦いに民を導く覚悟はありますか」
敢えて言葉の最後の音を下げて、疑問形としては捉えれないようにする……我ながら残酷だとは思うが、最早決断を先送りにしている時間は無い。
「……それが皆の未来の為になるのであれば、私は悪名を厭いません」
その言葉を聞いて、少し安堵する。
「私は貴女の選択がどのような物であっても、それを全力で支援します……出来るだけ貴女が被る泥は減らします」
泥を被るのは私でいい、私にはその方がお似合いだ。
「戦う決断については、まだ口外しないように、私が上手く立ち回ります」
「……ありがとうございます」
謝礼に対して、私は首を振る。
「貴女が選ぶ選択は恐らく、私が敢えて提示しなかった、完全な和平の道でしょう。
もっとも難しい道を選ばせた以上、私にも義理がありますから」
そう言って部屋を出る前に、一言伝えておく。
「鍛冶場を借ります」
「必要なら幾らでも貸し出します」
その言葉を聞いて部屋を出る……あの馬鹿二人が随時送って来る金属で、出来る限りの武器を造らなければ。