8話
眼鏡を外したのはどうやら、その変貌ぶりを私に見える為では無く、なにやら只ならぬ空気をしている男子生徒の集団へと声を掛ける為だったようだ。
「おい! お前、何をやっている」
校舎へとつながる通路の柱。校舎内から死角となるその場所に、数人の男子生徒がたむろしていた。
ベンチから立ち上がり、その集団へと歩いて行く零さん。
私は後を着いていく。
いや、これは屯っているというよりは……。
「……っ! 零さん」
明らかに動揺するズボンを腰ではいた男。
どうやら数人の男は、一人の、明らかに気弱そうな男子生徒(どうやら、この生徒は私と同じ一年生の用で、囲んでいる生徒は三年生のようだ)を囲んで、何かを話している状況だったようだ。
あまり、こういった状況を経験したことない私からしてみれば、カツアゲしているようにしか思えないが、仮にも相手は先輩なので、私は黙っていることにした。
……それにしても、零さんは二年生でありながら、先輩を「お前」と呼ぶ精神力は恐ろしいものがある。
こんなガラが悪い相手なのに……。
「一年生をそんなに囲んで何をするつもりだ?」
しかし、さっき呼びつけられた時もそうだけど、なにやら三年生の先輩方はおちつかないようである。まるで、いたずらした子供が親に見つかったような罰の悪い表情をそれぞれが浮かべている。
「へ、こ、これはですね」
「ふん、こういう場合は、加害者よりも被害者に聞いた方がいい」
聞いた方がいいとか言っている割に、既に先輩方を加害者と言ってしまっているのだが、この空気の中、易々と突っ込んでいける私ではない。
「おい! 一年。お前はここで何をされようとしたのか、俺に教えてみろ」
思わず反応して私の方が跳ねるが、聞いたのは、先輩方に囲まれている一年生にだった。私は、ふう。と、誰にもばれない様に、安心して息を漏らす
が、呼ばれた一年生はそんな訳にあ行かないのだろう。
おどおどと、三年生の男と零さんを見比べる。どちらのいうこと聞けばいいのか、困っているのか。
このまま、本当のことを言い、後で罰を与えられるんじゃないのかと恐れ、だけど、ここで真実を口に出さなければ、零さんに何かされるのかと恐怖も覚えていた。
何せ、自分を囲っていた先輩たちが明らかに態度を変えているのだから。
二つの恐怖の間を彷徨う男子生徒。
「安心しろ。俺はお前に危害を加えない」
零さんの言葉に背中を押されたのか。
「あ、あの……」
意を決した一年生は、小さな声で自分が置かれている現状を説明し始めた。
「先輩が……お金ないから奢ってくれって、いきなり……」
「い、いや、ちゃんと返すつもりだったんですよ? これ、マジですって!」
一年生の男子生徒の発言に、慌てて言い訳を付け加えるが
「借りるだけなら、何故、こんな人目につかない場所に連れてきた?」
眼鏡を外した野獣のような視線に一歩下がってしまう。
「そ、それは……」
「それは、カツアゲをするつもりだったから。だろ?」
言い訳をするな。
叱るようなその発言に、三年生である男のプライドは限界だったのか、
「う、うるせえ! 大体、てめえ、年下のくせに何で偉そうに俺に指図してんだよ」
零さんの胸倉をつかんだ。
しかし、その状況で、一人でいるのに心細さを感じたのか、
「なあ、お前ら!?」
仲間に同意を求めた。
そんなリーダー格の男に感化されたか、一歩前に出た仲間たち。
「一度、ぼろを出せば、後はなし崩し的に止めていた堤防が崩壊するか。ならば、何故お前たちが、俺を恐れていたのかを――教えてやるよ」
「だぁあああああ!」
胸倉を話して、右手を大きく振りかぶった。
振りかぶることで力を溜めた拳を、生意気なる零さんへと振りだそうとするが――。
「無駄な動きだ」
零さんの拳には無駄がなかった。振りかぶる動作も、拳を作る動作もない、あくまでも自然体の状態から、拳が放たれた。
肩口から男の顎まで、最短距離を走る零さんの拳。
パァン。
中庭に甲高い乾いた音が中庭にこだました。
一年生の男子生徒が暴力的なその音に体を震わす。
「弱いならば、弱者らしくしていればいいんだ。自分よりも弱い相手に暴力を振るうことは、俺は許さない」
顎にクリーンヒットしたことで、意識が切り落とされたのか。
膝から崩れ落ちた男。
リーダー格の生徒が、一撃でのされたことで、仲間たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そりゃ、逃げたくもなる。
明らかに零さんの動きは格闘技をやっている人間の動きだった。
「さて、一年」
「は、はい!」「は、はい!」
背筋を伸ばし、軍隊にでも入ったようにいい返ことで零さんに返ことをする一年生二人。
「……」
私も怖くて一年生という呼び方に反応してしまったのだ。
零さんが私を一瞥するが、すぐに男子生徒へと目線を戻す。
「金を出さなかったことを俺は評価するが、こうして、無関係な悪意を向けられどうするのか。それをお前は考えた方がいい」
いつも、誰かが助けてくれるわけじゃないからな。
閉めにそう言って零さんは頭を撫でた。
「は、はい!」
頬を赤らめ深くお辞儀をする。
(零さん、見た目だけでなく、性格も恐ろしいようだ。)
男子生徒は、校舎に通路を歩き、校舎に入ったところで、もう一度零さんに深くお時期をして、階段を上がっていった。
恐らく、自分の教室にでも向かったのだろう。
(思わぬところで、零さんの怖さが分かったな)
余計なことはしないようにしないと……。
私は、心に誓って、
「零さん、お疲れさまっす!」
ビシっ。
と。敬礼をした私。
もう、私の目には零さんが鬼軍曹にしか見えていない。ここまですれば、流石に機嫌を損ねないだろうと言う私の判断だ。
「はぁ」
私の敬礼にため息をつく零さん。
外していた眼鏡をかけて、優等生へと戻った零さんは、私と視線を合した。
(な、なに、その目は?)
眼鏡の内から覗く目はうるんでいた。
レンズを挟んでいるから、涙が溜まっているように見えるなんてある訳がない。
「ま、まさか……」
私の敬礼の角度が気に入らなかったのか?
それとも、やっぱ、いきなり敬礼なんて、流石にあからさまに態度を変えすぎたのか?
やり過ぎてしまった、私は冷や汗を背中に浮かべ、零さんが次になにをするのかを待っていると――。
「あああ、またやっちまったー」
零さんは、私を置いて中庭から走り去っていた。
目に涙を浮かべて。