4話
校舎の灯りが全て消えていた。
それもその筈だ。部活に力を入れていないこの高校では、部活動をやっていた生徒も、もう帰宅した時間であろう。
夜10時。
先生たち帰宅した時間を見計らい、私は一人学校へと戻ってきていた。
『秘密の部屋』がある旧棟を訪れるために。
別に夜まで待たなくても、誰かに見られて、先生に密告されちゃったりして、成績を下げられたら最悪だね。
だからこそ、この時間まで待ったのだ。
「意気込んでは来たモノの――やっぱり夜の学校は怖いです」
校門から見上げる校舎。朝ならば、窓から中の様子が見えるのだけれど、夜の窓に映るのは深い黒。
見ているだけで吸い込まれそうな闇なのだが、それと同時に人としての本能か、恐怖が私の体を支配する。
「怖くない。ビビッてない。私は強い」
一人、自分に聞かせるべく、励ましの声を出してみても、恐怖が紛れることはない。それどころか、闇に声が飲まれることで、より一層恐怖が引き立ってしまった。
躊躇する私。
「なんで、あんな胡散臭い『噂』を信じて、私はここにいるのでしょうか」
わざわざ、両親に電話し、帰るのが遅くなりそうだから、夕飯は要らないと、嘘の連絡をした。
そして、坂を一度下り、坂の下にある学校から一番近いコンビニ。そこから歩いて数分の距離にある古本屋で時間を潰して、また学校に続く坂を登ってきた。
一日に二度も坂を登るという行為は、運動不足の私には相当辛いものがある。
体力がなくなることで、弱気になった私は、既に引き返そうかと思い始めていた。しかし、
こんな私にも――叶えてみたい願いがあるのだ。
いや。願いと言うには小さいかもしれないけど……。
小さくても、私の中に願いができてしまった。小さいからこそ、怪しい『噂』に縋ってしまったのかもしれない。
私は自分の顔を叩き気合を入れる。
普段生活をしている校舎から、学校の敷地内に置いて最も隅に建てられている場所。
そこに目的である旧棟が存在していた。
「うわー。近くで見ると普通の校舎より不気味です」
ボロボロの建物は闇によく映える。来るものを拒むようないで立ち。まあ、夜来たからそう感じるのであって、昼間は、「ぼろっ」としか思えないのだけど。
ともかく、ここまで来たら、もう引き返そうとする場合ではない。
旧棟は校舎よりも大きくない。
二階建ての教室も数部屋しかない小さな棟。その棟を囲むようにして黄色いバーが置かれていた。何の意味もなさない障害である。私は簡単に入れるようなちゃちなバリケードを飛び越えた。
「侵入成功!」
しかし、いつまでも喜びに浸って張られない。
私は手始めに、近くにあった教室へと手をかけてみた。
「あれ……空かない」
旧棟にある教室はしっかりと管理されているようで、鍵が掛けられていた。『秘密の部屋』と言えども、あいていなければ入ることは出来ない。
下の階を全て調べてみたが、やはりどの教室も中へ入ることが出来なかった。
一階の教室へ入ることを諦めた私は、外に備え付けられていた階段を上がり、二回にあがる。
(最悪、ガラス割るしかないのかな?)
ガラスを割って侵入するしか方法がないのであれば、既に旧棟の大半のガラスが割れているだろうし、仮に割られていたとしても、先生たちが何かしら注意するだろう。
ガラスを割ることを諦めた私は、おとなしく、二階にある教室をチェックしていくが、一階と同様にどの教室の扉も開けられない。
「あれ……?」
だが、一番奥にある教室の扉には、旧棟には、ふさわしくない奇妙な機会を見つけた。横戸式の扉へと張り付いている、ちゃちな扉にはもったいない代物。
私からすれば、近未来的にも思える機械。
それは、東頭さんが言っていたもので――、
「オートロック?」
近くで見ると、明らかにこの扉には不釣り合いである。なんでこんなものが旧棟に着いているのだろう。
見た所、汚れもなく新しいようだけど……。
「何のために……?」
どうなっているのか、細部のディティールまで見ていくと、どうやら、カバー式の用ではある。この機会を横から見ると、ちょうど半分くらいの辺りに、うっすらと線の様なものが入っていたのだ。
「これは、どうやってあけるのでしょうか?」
パカパカするようなカバーかと思って、無理やり上に開こうとするが――、
「うわっと」
カバーの部分が上にスライドした。
「びっくりした……」
思っていたような開き方ではなかったけど、何とかカバーを開けることに成功した私。そのカバーの中に在ったのは、0から9までの数字と、呼び出しと書かれたボタンだった。
「決められた数字を入力すれば――『秘密の部屋』に入れるってこと?」
しかし、私は試しに、数字の入力をしないで、扉に手をかけた。万が一の可能性で鍵が開いているかもしれないと、力を込めるが、私の力ではびくともしない。
「そりゃ……オートロックだもんね」
当たり前か。
結果としては、扉は開かなかったけど、それでも、近代的な機械が備え付けられていることで、少し私の恐怖は和らいだ。
恐怖心が薄まった代わりに私の心で生まれる気持ちがあった。
それは――好奇心である。
旧棟に備え付けられた『オートロック』の謎。それを解き明かしたいと好奇心が強くなったのだ。
まさか、普通の高校でミステリーを味わえるとは……。
疲れを忘れて心が高ぶっていくのを感じる。
私はミステリー好きだしね。
「さて、どういうための鍵なのか」
『秘密の部屋』がどんなところか分からないけど、これが一体何のために備え付けられているのか。
ぱっと思いつくだけの目的は二つ。
誰にも見られたくない、個人専用の『金庫』のような役割。
そして、人を入れる目的がある『部屋』なのか。
『金庫』と『部屋』
その違いは物を入れるか人を入れるかの違い。
だけど、願いを叶えると言う噂がある以上――私としてはやはり、『部屋』の可能性が高いように思える。
旧棟の一室を『金庫』代わりにしているのならば――番号はどこにもないだろう。この鍵を付けた人物一人でいいのだ。
だから、
「取りあえず『部屋』の前提で考えよう」
『部屋』ならば――、人間をこの中へと入れる気があるということであり、必ずどこかに開錠するための数字があるはずだ。
『秘密の部屋』にたどり着くために。
「あくまでも、『噂』が本当ならだけど……」
オートロックに着いているのは、0から9の数字だ。この中から数字を組み合わせなければいけないのだけど――一体どれほどの組み合わせになるのか。
「その為には、まず、何桁の数字なのかが分からないと……試しようがないですよね」
一桁で開く可能性もあれば数十桁かもしれない。
一般的には、携帯電話などは4桁の数字が主流ではあるけど――しかし、『オートロック』が、基本的に何桁の数字で組まれているのかを私は知らない。
「だけど――現代では、無知でも恥ではない世界だもんね」
知らないのなら――知れべればいい。
それが許されるのが今の時代なのだから。
「ええと、検索の方法は……」
私はカバンからスマホを取り出した。親に半ば無理やり持たされたスマホを。
持つ前は別に要らないと言っていたけれど、いざ、知りたいことがあるときに、スマホは非常に便利だ。
ビバ、文明の発達。
スマホを作った人に感謝しようと思ったけど、誰か分からないので、購入する時にお世話になったお姉さんに、代わりにお礼を述べながら、私は、使い慣れていないのが、露見する動作で検索をした。
『オートロックは何桁が主流?』
そう検索すると何件か、私が知りたい情報が羅列される。そのページの中から、適当なものを選んで、そのページを開いてみた。
開いたページに掛れた内容は、
『うちのオートロックは4桁が主流ですが、最近はナンバーを入力するタイプのものは減ってきました』
と、書かれていた。
知りたいことは知れたのだけれど、添えられていた余計な一言。
今では、カードキーが主になっているらしい。ナンバーを入力する『オートロック』でも、新しいのに……。
私の知らないところで何世代か進化しているのだった。
「……そうなんだ」
時代の進化に乗り遅れてがっかりした私だけど、知りたかった情報は分かった。
余計なことは忘れて、とりあえず4桁で考えようか。
「いや、桁が分かったところで、4桁でも、何回間違えていいのか分からない……」
決められた制限内で正しい数字を入れないとサイレンが鳴り渡ったりとかすると聞いたことがある。それ故に桁が分かってもあまり、進展はしていないのか。
適当な数字の組み合わせを片っ端から試していこうとしていた私だった。4桁の0から9の組み合わせを全て入力していこうと考えていたのだが、その案はやめておいた方がよさそうだ……。
「となると、やっぱりどこかにヒントがあるのでしょうか……」
『オートロック』の周りや扉に何か書いていないかと探してみたけど何もない。
「取りあえず、一階から探してみようかな」
旧棟は小さいと言えど、一人で全てを探すのは骨が折れそうだ。
取り合えず一時間をめどに探していこうと、私は捜索を開始した。
ここに来るまでは、教室の鍵が開いていないかを確かなめただけだったけど――登ってきた通路を戻りながら、どんな小さなヒントも逃さないよう、ゆっくりと歩いていく。
僅かな手掛かりを見逃さないように探す姿は、さながら名探偵たろう。
女探偵、星乃。
(かっこいい!)
なんて、自分で自分に酔いながら二階を見たが何もない。まだ開始して数分だ、ここで諦めるなんて早すぎる。
私は階段を下りていく。降りる時も階段に手がかりがないか探しながら。
「うーん。階段には何もなし」
足元には目が行かないから、何かを隠すには持って来いと思ったのだけど。階段の隅に数字が掛かれているとか、下から見ると数字になって見えるとか。
そんな私の予想は外れたようだ。
「後は一階ですね……」
私は一階にある教室を丁寧に見て歩く。扉があかないことは確認しているので、今は窓から見える教室の内部を重点を置いている。
私のその行動が功をそうしたのか、階段が付いていた場所から、対角線にある教室で、ふと目の端に何かが移った。
黒板だ。
夜の闇に溶けている黒板に、真っ白い文字が記されているのを、私は視界に捕らえたのだった。
「ええと、なんて書いてあるんだ?」
白い文字が闇の中で存在感を放っているが、文字がはっきりとは読めない。私はどこが一番、黒板を見ることができるベストな窓かを探る。
教室の真ん中あたりの窓に決め、スマホをライト代わりにして使用して中を見る。それでもまだ、見づらいけれど、それでも何とか窓に顔を押し当てれば、白い文字を読むことが出来た。
書かれていた文字は……。
『切り捨て誤解。残ったものを三つ並べろ』
そう――、書かれていた。
パソコンで打ったような正確な明朝体で。
「『切り捨て誤解。残った三つを並べろ』ですか……」
繰り替えし声に出してみても、その文字が何を表しているのかさっぱり分からない。
一応、他の教室の黒板に何か書かれていないかを全て確認するが、黒板に文字があったのはこの教室だけ。
「となると、あれが『オートロック』の暗号なのでしょうけど……」
唯一見つけたヒント。
暗証番号を知るために暗号を解かなければいけないのか。
『噂』を聞きつけた人たちは、皆この暗号を解いているのだろう……。しかし、私はこの、暗号が何を言いたいのかがさっぱりと分からない。
「皆、賢いんですねぇ」
私は山の上にあることが取り柄の学校でも、凄い人はいるんだなーと、場違いにも関心をする。
「切り捨て御免なら分かるけど、切り捨て誤解は初めて聞きました」
切り捨て御免は江戸時代で行われていた、武士たち決闘だったか闇討ちだったか、記憶はあいまいだが、『切り捨て誤解』では無かったことは確かだ。
何が誤解なのか。
残ったものを三つ並べろと文章が続くが、その前の『切り捨て誤解』を解かなければ、並べようがない。
「うーむ。お手上げですね」
ヒントもなく相談する相手もいない。
一人で溶けそうもない暗号の解読を、私は早々と諦めた。
暗号は直感で、解けるか解けないのかを判断できると聞いたことがある。ならば、全く解ける気がしないこの暗号を前に、悶々と考えていても仕方がないだろう。
旧棟から帰ろうとしたとこで、最後にもう一度、暗号を見てみよう。
名残おしさからか私はそんなことを思って、窓をもう一度覗いてみた。
「ふん?」
未練がましい私の態度が功を奏したのか、一度目では気付かなかったけれど、二回目で見るとこの文章に違和感を覚えた。
(文章と言うか――文字自体がおかしい?)
二回目で感じた疑問点。
それは、句点が大きすぎるのだ。
パソコンの様な正確な文字の羅列なのに、句点だけ、大きさが少し大きく書かれていた。正確な文字であるが故に、違和感を私に与えているのだ。
「そうすると、切り捨て誤解は――まる?」
そう読めというのか。
まる。
私が『まる』と聞いて思い浮かべるのは、『正解』とか『正しい』とかそんなイメージが浮かんだ。
だとすると
『誤解で切り捨てるのが正しい』
そういう意味なのか?
疑わしきは排除せよ。
そんな考え方は嫌いではないけれど、『オートロック』の暗証番号とは関係なさそうだ。数字が全くでてこない。
「まる……じゃないのかな?」
やっぱ、ただの句点で、私が勝手に勘違いしただけなのか。
「ま、今回は縁がなかったってことで」
そんなバイトの面接官みたいに、今度こそ諦めて帰ろうとしたところで……
「縁……円?」
丸が表すものが円だとしたのならば、私には思い当たるものがある。
いや、私では無くても、小学校で『ゆとり教育』を受けた私たちの年代ならば、気付けただろう。
「円周率は3で習ったんでしょ」
と。
つまり、『切り捨て誤解の円』とは――円周率だ。
ゆとり世代では、円周率は3と教えられたという『誤解』を世間では受けているが、それは、完全なる『誤解』だ。
円周率は3.14。
それくらいしっかり理解している。
教科書にもそう載せられていた。
この暗号はその『誤解』を利用した暗号ということか。
円周率なんて数字の宝庫みたいなもんだし。
「3.14が誤解によって切り捨てられた。そうなった場合、残った数字は3……だよね」
そして残った数字を三つ並べれば暗証番号の答えになる。
「解けた!」
私は、暗号が解けた喜びから、階段を駆け上がり、オートロックの元へ走った。
カバーをスライドさせ、入力用の文字列の中から3を三回押した。
「流石、名探偵を幾人も見送ってきた私だ」
推理小説をほとんど毎日読んでいるのだ。これくらい簡単な暗号だ!
諦めて帰ろうとしたことは、この時の私の中ではなかったことになっていた。
それはともかくとして、私は呼び出しボタンを押したのだが――。
「あれ?」
しかし、残念ながら、鍵が開くことはなかった。