2話
願いを叶えてくれる『秘密の部屋』。
そんな夢の様な部屋が旧校舎にあると、東頭さんは言う。その噂について、学校に到着するまで、東頭さんは話をしてくれた。
「あの、『秘密の部屋』なのに、旧校舎にあるって噂で流れていいんですかね?」
「言われてみれば……、まあ、噂だからいいんじゃない?」
なんとも緩い噂である。
「ふーん、ま、場所が分かってても、実際は何かが起こるって訳じゃないんだよ」
「というと?」
「なんでも、その部屋の前には『オートロック』って言うのか、デジタルロックっていうのかな、ほら、番号をピッピってやって鍵を開けるやつ」
「ありますねぇ」
最近のマンションやら家には付いているようだけど、家のように至って一般的な家庭では今でも普通の鍵だ。そんな私でも、まあ、何となくはイメージが出来た。
「あれが旧棟なのに付いてるんだって」
「確かに……あんな場所に着いてるとは思えませんね」
「それでね……その扉に、『ある数字』を入力すると……」
ふと、高校に伝わる噂話に熱中してしまっていたのか、気が付くと校門を通り過ぎ、駐輪場へとあと少しの場所に居た。
そこからも、なにやら隣で噂話をしゃべり続けていた東頭さんだけど、私の頭には入ってこなかった。適当に「はい」とか、「うん」と、相槌を打っている私を見て、しっかり話を聞いていると思ったのだろうか。
だが、今の私の頭には、『噂』よりも――重大な問題があった。
それは――このままだと、東頭さんと一緒に、教室に入らなければならないという恐ろしいこと実だ。
ちらりとスマホを取り出し、時刻を確認すると、いつもよりも10分も校内へ入るのが遅れてしまった。駐輪場に置かれている自転車もいつもより多い。家を出たのはいつもと同じ時間だったのに……。東頭さんと話して歩いたことで、歩く速度が遅くなってしまったのだろうか。登校する時間が遅くなるとは、即ち、クラスメイト達が教室に大勢いる可能性が高いというわけである。
ならば、その中に向かって、東頭さんと私が二人仲良く登場するわけにはいかない。クラス中から人気のある彼女と、クラスに置いて友達の一人もいない私が、仲良く登校したらどうなるか。
その答えは簡単だ。
地味子が人気者に纏わりついている。
↓
地味子のくせに生意気だ。
↓
地味子で遊んでやろうぜ。
と、なる訳だ。
今どきの若者が考えることは単純で良い。
この場合、遊ばれるとは即ち、スクールカーストで言えば、底辺に追いやられるのだ。
……あれ?
まてよ……スクールカーストって形がおかしくないか?
ピラミッド型になっているスクールカーストを、よく見てはいるけれど、本来ならば、ひし形にならなければ、成り立たないのではないのだろうか?
よくよく考えてみて欲しい。
頂点に立っているものが虐げるのは――いつだって『一人』だ。つまり、底辺にいるターゲットは一人となる。
そう考えると、正確な形はひし形にならないけれど、まあ、イメージとしては伝わるだろう。
(そう……強者はいつだって群れで弱者を襲うんだ)
そんなのは、強くないと、声を上げて言いたいけれど、そうしたところで、何かが変わるとは思えない。
それは、ともかくとして、平穏な学校生活を私みたいな人間が送るための方法は一つ。最初から目指すべきは『三軍』である。
二軍も三軍も実質は同じであると私は分析する。
学校が始まって三か月。
まだ、完全なカーストが出来上がってない。
ならば、可能性として、自分のランクを故意的に操作することが出来るのではないだろうか?
『三軍』を目指す私が、東頭さんと一緒に教室に入る訳にはいかない。上を目指さない私からしたら、望ましくない。
ならば――。
私はそっと、自転車の鍵を一つ忘れることにした。
これならば、教室に入る際に、
「あ、自転車の鍵をするのわすれちゃいました~。ちょっと閉めてくるから先行ってて~」
と、言えば、なにも怪しまれることなく、時差を作り上げることが出来る。
いや、クラスメイトと一緒に入りたくないが故に小細工する自分に、自分でもびっくりしてしまった。
私、こんな性格で、この先の高校生活を送れるのだろうか。なんか年取るたびに、身体は成長はしているのだけれど、人としてはマイナスになっていく気がする。
「どうしたの? 星乃。ボーっとしちゃって」
そんな私に、噂話をやめた東頭さん。自分の指定されている場所に自転車を置きながら私に言った。
「ああ、ごめんなさい。考えことを少し……」
「まさか、寝ぼけているわけじゃないよねー」
「あの坂を登って眠いと言えるほど、私の神経は図太くないですよ」
寝ぼけてはいないけど、朝のホームルームで疲れ果て眠ってしまう時はあるけれど。
私も自分の場所へと自転車を止めた。
鍵をしていない自転車を置いて校舎を目指す。
高天高校の校舎は、計5つ。
一つは一年生と二年生が生活をしている校舎。そして、それとつながるように建てられているのが、三年生の教室と、特別授業用の教室がある校舎だ。
その中間、渡り廊下にあるの、二つの校舎よりも一回り、二回り小さい建物が高天高校に努める先生方が住みかとしている職員室だ。
一年生が特別授業を行うためには、必ず職員室の横を通らなければいけない。恐らくそうなるように、設計されてはいるのだろうけど……。
ともかく、私は自分の教室がある、奥の校舎へと行くため、下駄箱で中用のシューズへと履き替え、教室へと歩いていく。
私たちが入学する数年前、今の三年生が入学する頃に新しくなっただけあり、綺麗な状態で校舎は維持されていた。
私はそんな綺麗な、デザイン性が重視されてい階段を登り始めた。
二階にへと続く踊り場へと足を賭けた所で、私はワザとらしく、
「あっ」
と驚いて見せた。
自分でも、違和感なく演技が出来たと満足するが、そんな充実感に満たされている心を落ち着かせる。
……って、落ち着かせちゃだめだ。
焦んなきゃ。
「なに、どうした、星乃」
ポケットを触り、カバンを広げ、これでもかと忘れ物があることを見せびらかす。踊り場の隅で足を止めた私たち。
幸いにも階段の周りには生徒がいない。
運は完全に私に向いている!
「すいません。自転車の鍵を……忘れてしまったみたいです」
ここから取りに戻るも面倒くさいと大仰にため息を付けたて見せた。
「へっ? 大丈夫……?」
「はい。ちょっと、私は取り入ってきますので、先に教室に向かってください」
「え、星乃? 私も……」
私は有無を言わさずに早足で元来た通路を戻る。
下駄箱で靴に履き替えながら、後ろから東頭さんが付いてきていないことを確認する。
(正直、面倒ではあるけど、背に腹は代えられないよね)
なんとか一人になれたことに安堵しながら、私は自分の自転車へと戻る。
「よし、盗まれてないね」
短時間で盗まれることはないだろうけど……。
私は鍵をしっかりと回収する。
「いや……結構距離あるんだよね」
下校する時は気にならないし、教室に向かう時も校舎からこんなに離れているとは思わなかったが、短い時間で往復すると倍くらいの距離に感じてしまう。
「ふう」
自転車の前で一息つく。
そうすることで――東頭さんが言っていた、この学校に伝わる『噂』とやらを思い出す。
「何でも願いを叶えてくれる場所がある。ねぇ……」
誰がどう考えても怪しさしかないフレーズである。
あの有名な漫画の星が入っている七つの玉だって、何でもは叶えてくれないのだ。自分より強い戦士を倒せない。でも生き返らせることは出来る。
果たしてどちらが難しいことなのかを教えてくれる良い少年漫画だ。
(ま、そんなことはどうでもいいのだろうけど)
漫画ですらそれなのだ。
一端の高校に、全ての願いを叶えてくれる場所があるのか疑問ではある。しかし、こうして気に成ってしまうのだから、『噂』としては悪くないのかも知れない。
「うう、嫌だけど、後で東頭さんにもう一度聞いてみようかな」
本当は東頭さんにも聞きたくはない。
できれば教室みたいな密室空間で誰かと話をしたくはない。
人と話すのが苦手な私だ。
だから、高校生活が三か月たった今も友達はいないのだ。
(べ、別に欲しくないけど)
東頭さんだって、一方的に相手にしてくれるだけであって、友達と言うわけではない。東頭さんが私を友達と認識しているかも怪しいが、少なくとも私は友達だとは思っていない。あくまでクラスメイトだ。
たまたま一緒に過ごすだけの関係――それを勘違いしてはいけない。
「さて……それじゃあ戻りますか」
◇
意気揚々と、教室へと向かった私だったが、
「…………」
下駄箱の近くで、足止めを食らっていた。
そこに居たのは沢山の女子生徒たちだ。
別にこの集団は、私の足を止めようとしている訳ではないのだろうけど、それでも、結果的に邪魔しているのだから、被害を受けている私からしたら同じか。
「なに、これ?」
大人数の女子達。
目を凝らしてみると、その女子に囲まれるようにして、一人の男子生徒が優雅に歩いていた。
さながら、アイドルのようである。
黄色い声を上げている女子達の隙間から見えるその男は、遠目からでも整った顔立ちなのが分かる。
綺麗な髪の毛と細い首。
靴を履き替えようと下駄箱の扉を開ける姿も美しい。日常的な行動ですら高貴なる動作で行う彼は――なるほど、確かに魅力的だ。
今、女子高生たちに人気のある俳優やアイドルを見ても、何とも思わない私が、魅力的だと感じるとは、相当なレベルだろう。
芸能人じゃないからハードルを無意識に下げているのかも知れないけど。
(なんで、上から評価してるんだ私は……。それじゃあ、その辺の人間と同じじゃないか)
そんなことを考えながら、私は集団が居なくなるのを待つ。
目立たない様に。
それなのに、
「そこの君」
と、そんな黄色い声の中でもはっきりと聞こえる、凛とした男性の声が耳に入ってきた。
その声が、まさか私に向けられたものだと気付かずに、やはり私は呆然と集団が居なくなるのを待っているだけだった。
「君だよ」
もう一度声が聞こえたと思うと、女子をかき分け、その声の主が、私の前へと歩いてきた。そこでようやく、男が私に話しかけてきたのだと理解できた。
「は、はい!」
声が裏返り変な声になってしまった。
男性と話すのも久しいし、何より、かき分けられた女子達の目が、獲物を狩る肉食獣の目をしていたのだから……無理もない。
「なんで、私らが掻き分けられて、お前が話しかけられてるんだ」と、目で語っていた。
後ろにいる女子の視線を見ることのない男子生徒は私の目の前で止まる。
よく見ると、この男子生徒が先輩であるのが分かった。
この学校は室内用シューズが学年によって色分けされているのだ。私たち一年生は青。二年生は赤。三年生は緑。と分けられている。
彼が履いていたのは赤。
因みに後ろの女子達は赤青緑と色とりどりだ。
全学年コンプリートしていた。
「きみ……、何か悩みがあるんじゃないのか?」
まじまじと、私を観察しているように、黙っていた男が、唐突に、綺麗な黒目で私の目をまっすぐ見ながらそう言ったのである。
近くで見る彼は――、
(女子である私よりも肌が綺麗なんじゃないのか?)
視線に耐えられない私は適当なことを考えることで、何とか動機を落ち着かせようとするが、更に、ぐいっ。と顔を近づけてくる男子生徒。
男子生徒の後ろにいるコンプリート集団から「ああっ!」と、悲鳴が上がる程に近かった。悲鳴を上げたいのは私だったのに、機会を逃した。
「な、悩みですか?」
いいながらも、私は男から離れようと下がるが、背に下駄箱が当たる。
男と下駄箱に挟まれた私。
……逃げ道が無くなった。
私を追い詰めた男子生徒は、
「その通り。君の顔からは何か、嫌な気がする」
と、再び顔を近づけてきた。
「へ?」
何言ってんだこの男はという表情をしてしまった私だが、必死に顔を背けているのげ、男には見られていないだろうが。
「ふふ、安心してくれ」
彼は微笑みながら言った。
チラリと見えた微笑みも素敵ではあるが、その微笑みのせいで、更なる敵意を向けられている私からすれば、兎に角、さっさと帰って欲しい。脱兎の如くにだ。
兎に兎を重ねた所でなにも安心はできないが。
兎っていい感じしないよね。
兎と亀とか、カチカチ山とか。
私が兎のおとぎ話は他に何かないと関係ないことを考え始めた時、その道筋を戻すかのように私へと話しかけてきた。
「君は一年生だよね」
「はい」
「なら、良いことを教えてあげよう。この学校には願いを叶えてくれる『秘密の部屋』があるのだよ。どこにあるのか分からないのだが」
今朝――まさに聞いた『噂』だ。
まさか、三十分も立たないうちに、再び聞くことになるとは。この『噂』は割と有名なのかもしれない。
「うんは聞いたことはあるようだねぇ。まぁ、『秘密の部屋』と言っても旧棟なんだけどね」
「旧棟……ですか」
東頭さんが言っていた場所と同じだ。
「今は立ち入り禁止にはなっているけど、なんでもその一室に願いを叶えてくれるモノがあるのさ」
旧棟。
生徒の立ち入りが禁止された取り壊し予定の棟である。予定のまま数年が立っているのだけれども。
物理だか美術だかの授業を行っていたらしいが、それはもう十年ほど前の話で、今の私たちには関係ないはずだ。
「そ、そうなんですか」
「ふふ。私がこうしてこんな素敵な姫達に囲まれているのも、その一室でお願いしたからね」
冗談めして言う男。
取り巻きの女子達には受けた用だけど、私には何が面白いのかさっぱり分からない。むしろ、姫達とか、私とか、気取った話し方に、むしろイラつきを覚えていたりする。
「それじゃあね、可愛い一年生ちゃん。君に礼賛を送ろう」
「………」
彼は私の頭にポンポンと、軽く手を置いて去っていく。
一体、何がしたかったのか、結局、私には分からなかったのだけど、一つだけ理解できたのは、魅力的なこの先輩は――別れ際まで気取っているということだった。