15話
机に座った東頭さん。人の机に座るなんて態度が悪いと思うが、流石にこの空気でそんなことを考えられる私ではない。
私は黙って東頭さんが離すのを待った。
沈黙。
離すとは言っても、やはり、喋りたくないのか、中々口を開けずにいる東頭さんだが、
「むかしむかしあるところに私がいました「」
と、自分の過去を語り始めた。
童話でも語るかのように――お道化て語る。
そうでもしなれば、自分の過去を語りたくないのだろう。
クラスでも人気の高い彼女がここまで、引きずることがあるのか。
(あれ? これって私が聞かなきゃダメかな?)
ふと、私の頭によぎった。
言いたいことも言えたので、私の気分はすっきりしたから、今日はもう帰りたいのだけれど、ここで帰るのは失礼だ。
私が自分をさらけ出したように、彼女もまた自分を出そうとしている。
自分だけ好き勝手やって、人はやらせないなんて――在り得ない。
やっていいのはやられる覚悟がある人間だけ。
私には今までその覚悟がなかった。
けど――今は違う。
ならば、私は彼女を正面から受け止め、しっかりと拒絶をする。
それが――私の覚悟だ。
「私はまだ、中学生でした。その時の私は、運動神経も良かったし、顔もそんなに悪くないですし、成績もいい。三拍子揃った優等生でした」
「良いことじゃないか。現に今の君も過去の君と変わっていない様に見えるが?」
王士さんの言う通りで、成績良く性格良く、バスケ部のエース。
全然過去の話と変わってはいない。
「そう思うのは……中学の過去を知らないから」
「そうなのか?」
「何をやっても人よりも優れている。私は凄い人間なんだ。そう勘違いした少女は――いろいろと良くないことをしてしまいました」
「良くないと? 一体何を……したんですか?」
「私は――中学生の私は、『いじめ』をしてしまいました」
「……」
群れからはみ出た人間を排除する行為。
獣としては正しいけど――人間としては最悪の行為。
進化した自分を退化させる。
しかも、強者が弱者をいじめるのだ。私はいじめられないようにするのが精いっぱい。
「いじめか。懐かしいな。私もよくやってしまったものだ」
王士さんも経験があるのか、呑気な口調で言う。
「お前……、いや――王士先輩もいじめをしてたんだ」
この教室に王士さんを呼んでから初めて東頭さんは――先輩と呼んだ。
心境の変化か、ただ、当時を思い出しただけか。
それは私には分からない。
「まあ、王士さんならね……」
と頷くが、しかし、王士さんがそんなことをするようには見えないと、頷いた首をそのまま横に傾ける。
「いや、よくいじめられてた」
「でしょうね」
いじめる側ではなくいじめられる側。
そっちの方がしっくりくる。
いや、いじめはそんな簡単な問題じゃないんだけど。私みたいな人間がやたらと発言していいものではない。
ただ、王士さんが中学校でも、そんな態度のでかい物言いをしていたのであれば――当然いじめられるだろう。
顔が良くても性格がマイナス過ぎる。
「でしょうねとはなんだ。私だっていじめられているときは、相当頭を抱えたのだぞ?」
ほう。
それは意外だ。
いじめられたら条昇院の力を利用して、その相手を転校させてそうなのに。
「王士さんでも、悩んでたんですね」
「ああ。どうやって復讐すべきか、毎日頭を悩ましたものだ。少々やりすぎて、に三人転校してしまった生徒もいたが……。懐かしい。また、あって私をいじめて欲しいものだ」
余計なことを聞いてしまった。
まさか、本当に転校させていたとは……。
それでいてまた虐めて欲しいと。
……。
ドМか?
しかし、ここで確認したら、また話がそれてしまうので私は、
「…………。東頭さん、続きを」
私は手を出して、東頭さんに話を進めるように促した。
「私はそこまで強くなかった。人をいじめることに慣れなかったし、立ち向かえなかった」
「……」
「いじめをしてる人間も心に闇を抱えていると言うけと、私は主犯格ですらない」
取り巻きの人間だった。
自分がない、人に求めるしかなかった自分。
友人の暴走を止められなかったと――東頭さんは悔やんだ。
「確かにその友人の家庭状況は酷かった。だからこそ、私はそんな彼女を守ろうとしたけど――その結果、彼女の暴走は更に加速した」
「当然だ。守りを捨てた人間は、より攻撃的になるさ」
「あ、あの、先生とかはいなかったんですか?」
「いたよ。ただ、その虐められていた生徒より私を信じてくれた」
「なるほど……」
先生すらも味方につけたのか……。
それは悪化もする。
最終砦を破壊したようなものであり、虐められた生徒はさぞ、寂しかっただろう。
「ただ――そこで問題が起きた」
「問題……って、まさか」
昔から若者達の間で問題になっている、いじめが原因による『自殺』か。
だとしたら私は――東頭さんを許せないかもしれない。
人の命は背負えない。
目には目を。
歯には歯を。
死には――返せるものがない。
手を下さなくともそれは同じだ。
「東頭さん……」
「ああ、多分、星乃が考えてるほど深刻じゃないよ。その問題っていうのは、虐めてた生徒を守る生徒が現れた」
「私か?」
「……王士さん、東頭さんと同じ中学校だったんですか?」
「違うぞ」
なんで、ここでいらんボケを挟むのか。
まあ、語っている東頭さんが黙っているのだ……私は何も言うまい。
「相手が誰だろうと別に良かった。ただ、圧倒的な相手に立ち上がる姿に――私は自分の醜さを気付かされた」
「なるほど。君が暴走した生徒を庇ったように、虐められていた生徒を庇う人間もいたのか……だが、それが何故、イケメンを嫌いになったのか」
いや、今、多分自分を含めてイケメンといったか。
王士さんは顎に手を当てて考える。東頭さんが美形を嫌いになった理由を。
答えが出たのか、ハッ。と、目を見開いた。
「分かったぞ。実は、そのいじめていた相手がイケメンで男嫌いになったのか? ならば、気にすることはないだろう。好きな人をいじめたくなるのは小学生からの定番ではないか」
女子も男子もまだ子供だからな。
中学生もまだ子供だ。
「違うよ」
王士さんのそんな予想を、全然違うと切り裂いた東頭さん。
「なに?」
「いじめていた相手は関係ない。女子だったよ。私が男を嫌いになったのは……」
「……」
東頭さんは王士さんの様なイケメンが嫌いなんじゃなくて――男が嫌いだったのか。
確かに、東頭さんはたった三か月で、何人かに告白されていた。
なのに――一度もOKをしたことはない。
年頃なのに……だ。
「彼氏のせいだよ」
「彼氏?」
私の口から変な声が出た。
ここで、彼氏って――虐め関係なくなっちゃった。
(中学生で彼氏がいたのか……。私なんて今の今までいないのに)
話聞いているんじゃなかった。
ここにきて後悔するけれど、もう、私にはどうしよもない。
ダメージを追っていくばかりである。
これ以上はダメージを負いたくない私は言う。
「……それと虐めの話は関係あるんですか?」
「ある」
「そうですか……」
どうやら痛みをこらえて話を聞くしかないようだ。
「あのね、私の彼氏は、そりゃあ、かっこよかったよ」
「私よりもか?」
懲りない王士さん。
どれだけ自分に自信があるのだろうか。
「さあね。ただ、当時の私はその男を、どんな芸能人より格好よく思っていた」
「くっ。私が中学生の時あっていれば……」
「彼氏と彼女になっていたかも知れませんね」
睨まれた。
東頭さんに。
「すいません」
私は口を押えて何も言いませんと意思を示す。
余計な口をはさんだのは王士さんなのに、何で私が睨まれなきゃいけないんだ……。
「まあ、今思えばきっとその彼氏にも理由があったのかも知れないけど」
しかし、かっこいいと褒めていたにも関わらず――悲しそうな東頭さん。
本当に虐めとその彼氏がどんな関係を持っているのだろうか。
「それでどうしたんだ?」
虐められている生徒を庇う生徒が現れてどうなったのかと――王士さんが聞いた。
「私は――意志の強さに砕かれた私は、彼女をいじめるのが怖くなった。しっかりと正しく友達を守った生徒に私は――彼女を止めようとした」
「なるほど、正しさに影響されたのか」
「そう、だけど私の停止は――暴走を続ける彼女のブレーキにはなり得なかった」
東頭さんの虐めをやめようという提案を――彼女は拒んだ。
それどころか、今まで守ってもらっていた東頭さんを排除しようとしたのだと語る。
「私をいじめる方法として選んだ方法が――彼氏を使うことだった」
「え、でも彼氏なんだから、普通は東頭さんを守るんじゃないですか?」
「そうだね。でも、なんてことはなかったと思うよ。何故なら、私と彼女。二人と付き合っていたのだから」
「二股か……最悪だな」
王士さんが憤りを隠そうともしない。
好きだから二つ取るなんて――その程度の気持ちは好きではない。
妥協だ。
一生を連れ添うかもしれないのに、妥協で選ぶなどと愚かすぎる。
ましてや恋愛は相手がいる。
王士さんは確かにモテてはいるけど、誰かを選んではいない。
最低限の線は超えていない。
いや、本当に最低限だけども。
「そこで彼氏は私よりも、彼女を取った。その結果――いじめを止めようとした私を彼は売ったんだ」
彼女と共謀して。
歯を食いしばる東頭さん。
その表情は――苦痛だった。
「……売った?」
「そうだよ」
あからさまに言いたくなさそうな声。
だけど、東頭さんはそれでも話す口を止めない。
「それで私は……」
東頭さんは震える声で言った。
犯されたと。
「犯された……だと?」
流石の王士さんも驚いたようだ。
そんな私たちの反応は予想通りだったのか、無理して笑顔を作る東頭さん。
「しかも、クラスメイトにだよ? それを仕組んだのが彼氏だっていうんだから、私はもうなき崩れるしかなかったよ」
こと実を吐き出したことで、もう、何も隠すことはないと思ったのだろう。
次から次へと当時の状況を矢継ぎ早に話し始める。
「5人くらいかな? 地味なクラスメイト二人と彼氏の友達三人。最初は私も信じられなかったよ。彼氏から呼び出されて、向かった先にいたのはクラスメイト達」
「中学生……ですよね?」
とても中学生とは思えない発想だ。
私だったら社会人になっても思いつかない報復の仕方。
「そして彼氏と彼女が現れたのは、私は一通り乱暴された後だったかな。二人とも笑いながら入ってきたよ」
歯ぎしりの音が私の耳にしっかりと聞こえた。
できれば、ずっと記憶にとどめて置きたかっただろうに。
まさか、明るい東頭さんが――そこまで残酷な過去を背負っているとは、思いもしなかった。
私の願いが引き出した代償、か……。
しかし、王士さんは、
「それは辛いねぇ」
本当にそんなことか思っているのか分からない声音で相打った。
「しかも、まだ終わりじゃない。次の日、私はショックで学校を休んだ。そしたら、主犯格のあいつが、私を慰めに来たんだ。『話は聞いたよ。大丈夫?』って。はっ。ふざけんな。最初からお前が指図したくせに」
だけど私は気付なかったと――東頭さんは唇を噛んだ。
「で、私は彼女へと怒りをぶつけて完全に孤立しましたとさ」
それが、東頭 文乃の物語だった。
私を付きまとっていた人気者も――私と同じ孤独な人間だったわけか。
「それがきっかけで家に籠っていたときに出会ったのが、『西野維吾』。猛烈にハマったね。人としての価値観っていうか……人は無価値だっていう感じが、今の私に染み込んできた」
「……」
「そんな染め上げられた私の前に――高校に通ってすぐ、同じ本を読んでいる星乃にあった」
「……ですから、多くの人が読んでますって」
人気作家だし。
「いいえ。確かに暇つぶしとか只の読書として読んでる人間は多いけど――星乃は違った。あの時の星乃はまるで、聖書でも読んでるかのように神々しかった」
「……」
勘違いもそこまでいくと途方もない。
確かに好きだし、影響を全く受けていないとは言えない。
むしろ自分から染められている。
東頭さんと同じで。
「だから、声を掛けた。見せかけだけの、うわべだけの友人付き合いにうんざりしていたから、この人だったら理解し合えると私は思った」
「ちょっと、言い過ぎだと思うのですけど」
いくら人が居なくなったとはいっても、ここは教室。生徒が生活する空間で、「うわべだけの付き合い」なんて誰かに聞かれてしまったら、全く持って危険な発言だ。
「東頭さんは私と違って、クラスの中心にいるんですから」
「それも星乃の為だよ」
「私の?」
「そう。私は高校に通う時に決意した。あの時私を裏切った彼女の様に、また虐めを庇った彼女の様に、強かであろうと」
「それが私と何の関係が」
「だから。強くなければ、誰も守れない。今の私なら誰も邪魔しない。これなら、星乃も安心して生活できるでしょ?」
「私は別に……」
「だから、私を見捨てないで!」
東頭さんは私に泣きつくように抱き着いた。




