69:赤ずきんと世界で1番物騒な会議
「仕事屋が勢揃い…いやはや、穏やかではありませんなぁ」
「そんなに穏やかな声で、穏やかじゃないこと言わないでくれる…」
広い客間に紅茶の匂いが広がる。
「『欠番』はさておき、現在する仕事屋がほぼ一同に介するとは。これは明日は血の雨でも降りますね」
「わかったぞ、小人で1番まともなの藍色だな!?」
「貴方達はミルクが良いでしょうかね、用意しますね」
俺の叫びは届いているのか否か、何にせよ極めて穏やかに紫は犬、猿、雉にむかって微笑みかけている。
「なぁなぁ、犬と猿はまだわかるけど、雉ってミルク飲むと思うか?」
「…うーん、どうだろ…」
今わかったのは、とりあえず橙が俺に懐いて来た事だけだ。
「変態ロリペド野郎ブッ殺す」
開口一番、赤ずきんが憎々しげに言い放つ。
「まぁまぁ…赤ずきん様、落ち着いてくださいまし」
シンデレラは穏やかに、そして素早く空のカップに紅茶を注いだ。
「いや…今のは冗談。忘れてくれ」
「赤ずきん嬢、顔怖ぁ。冗談って顔じゃないよ?」
「ブッ殺してぇのは山々だが、ここで乗ったらアイツの思惑通りだ…!」
シンデレラの注いだ紅茶のカップを持ち上げる赤ずきん。
怒り故か、苛立ち故か。そのカップを持つ手はカタカタと小さく震えている。
「確か、今回の議題の1つであったな?赤ずきん殿がハーメルンに遭遇した、というのは」
仕事屋の中でも圧倒的なオーラを纏う屈強な男。某国の王であり、仕事屋を名乗る事を許された男。
そんな王に臆する事無く、シンデレラは王のカップにも紅茶を注ぎ、ニコリと微笑んで会釈した。
「おぉ、シンデレラ殿の淹れる紅茶は一級品だとか。楽しみにしておったのだ」
「勿体無い御言葉でございます」
否、シンデレラだけではない。
誰もが一瞬は萎縮する程度の威圧感を放つ王に、萎縮するような人間はこの場に居ない。
「しかし、赤ずきん殿のあの様子では冷静に話せまい?他の議題から進めよう。何だったか?」
王の言葉に『はぁ〜い』と間延びした声が返事をした。
『今回の議題の持ち込みは赤ずきんさん、シンデレラの姐さんに白雪のお嬢さんですよねぇ?』
毛足の長い猫。
人間よろしく頭には帽子を被り、身体にはマントを羽織り、立派な長靴を履いた猫が、『ニャハハ』と笑う。
『メンツからして、如何にも穏やかじゃねぇでさァ』
「ねぇねぇ、撫でて良い?撫でて良い!?」
『ニャフッ……!』
仕事屋の中で、見た目では最も平凡な少女。
しかし口を開けば最も厄介な少女、マッチ売りは、猫の返事を聞く事無く猫をわしゃわしゃと撫で始めた。
『も、もうちょっと優しくお願いしますぜぇ…』
「ねぇねぇ、赤ずきん嬢の穏やかじゃない話聞きたーい!」
『自由な御人で…!』
「全くだ」
マッチ売りの少女の目の前に座る王は、少女の様子を見て苦々しく言う。
「ん…まぁ、私の話はすげぇシンプルだしな、すぐ終わる…大きく分けると5つだ」
赤ずきんはティーカップを静かに置くと、右手の人差し指を立てた。
「1、ハーメルンに遭った。」
続けて中指を立てる。
「2、ハーメルンは、最近多発してる子供の集団誘拐事件の犯人であると自白した。」
「何とまぁ!!」
「穏やかでない!!」
2人の少年・少女の頭から生えた、白くて長い耳がピンと天井を向いた。
「3、ハーメルンは『何者かの指示』で誘拐事件を起こしている。」
『ほほう?趣味で攫ってンじゃねーんですね?』
「それはちょっと…私には明言できねぇが…」
趣味の可能性も否定し切れないのが、ハーメルンという男の厄介さである。
「4、ハーメルンが『先代情報屋』を殺した。」
「その目的は?」
王の鋭い質問に、赤ずきんも鋭く返す。
「『仕事屋』に喧嘩売って、事をややこしくするため」
「ふむ…?」
「先代を殺せば当代の『仕事屋達』が黙ってないとでも考えてるんだろうけど…」
「実に周りくどい手法だ」
王が不可解そうに顔を歪ませる。
「あいつは自分の『楽しい事』しか考えてない…人を巻き込むだけ巻き込んで、厄介な事になって狼狽してるのを見るのが好きなんだよ」
「全くもって理にかなわん、己の愉悦しか考えぬ愚か者だな…」
ふぅ、と赤ずきんが1つ息をついて、そして。
「だから、私はハーメルンに関わりたくない…ブッ殺したいのは山々だがなァ…!」
再び手に取ったティーカップが、ソーサーとぶつかってガチャガチャと鳴るほどに震えながら呟いた。
「なるほど、自らハーメルンに会いに行くのはまさに相手の思惑通り!」
「飛んで火にいる夏の虫!」
「「しかしながら、理性と衝動がせめぎ合い身体から溢れ出す殺気!!」」
「うるせぇウサギ共!」
「仕事屋の会議って、もっと物々しいのかと思ってたわ!賑やかで良いわね!」
『この状況を見てそう仰ってンなら、あっしは白雪さんが1番怖いですぜ…』
マッチ売りの少女の手に収まったままの猫は、ともすればこの場で最も常識的かもしれない。
「それで…赤ずきん様、5つ目は?」
頃合いを見てシンデレラは赤ずきんを促す。
「ん……えぇと、5、」
復習屋の姉弟を恫喝したおかげか、多少の冷静さを取り戻した赤ずきんは、言った。
「ハーメルンと『赤い靴』が組んでるっぽい」
先の4つの情報が霞むほど、最も厄介な情報を。
「俺、ちょっと外出て来るわ」
「おや、どうされました?」
俺の言葉に、紫は首を傾げる。
「散歩。流石にまだ会議終わらないだろ?」
「オイ!散歩するような、のどかな森じゃないぞ!?」
「そうなんだけどね…何か、広くて豪華な部屋って落ち着かないんだよ」
橙の言うように、この屋敷を囲む森は決してのどかではない。
というか、ここに来る途中でヤバい音とかしたから、多分どっちかって言うと危ない部類。
「確かに、仕事屋の会議は長引きそうですが…」
それでも、この部屋よりは少しマシだと思う。
何と言うかこの部屋は、この屋敷は、窮屈だ。
「まぁ、思ったより早く終わって赤ずきん待たせる事になったら俺の命は無いかもな…」
「目が笑っておりませんぞ、人狼殿」
「可哀想な奴…」
どうやら俺に同情してくれるくらいには、橙は俺に懐いてくれたらしい。
「少しだけなら時間稼ぎしてやるよ…」
「えーと、ありがとう?」
うん、橙は基本的に良い奴だな。というか小人はみんな良い奴だな。
確かこいつらみんな元殺し屋って聞いた気がするけど、それとこれとは別だよな!
「お前らは此処で大丈夫?」
『ワンッ!』
「あ、そう?じゃ俺だけで行って来るわ」
『ワン、ワンワンッ!』
「ん、ありがと」
「なぁなぁ、コイツ何て言ってんだ?」
橙が桃太郎の犬を撫でながら聞く。
「えーとね、」
『ソレ』は、俺も感じた事。
「『変な臭いがしたから気を付けろ』…って」
森の生き物ではない。
自然にあるような臭いではない。
何なのかと聞かれるとよくわからない…そんな臭い。
「まぁ…あの変態が、あの噂の狂人と?」
あらあら、と言いながらシンデレラは小首を傾げた。
『そいつぁホントですかィ!?』
「だって本人が言ってたもん」
『んなっ…ヤバい奴とヤバい奴が組んだら相乗効果どころじゃないでさァ!』
「失礼、その『赤い靴』と呼ばれるモノは何だろうか?」
一部の混乱を静めるような凛とした声。
声の主、桃太郎は軽く手を挙げて発言する。
「『ハーメルン』については…私の何代か前の『退治屋』だった事だけは知っているのだが」
「そもそも桃太郎殿よりも『何代か前の』退治屋が現存している事すら異常事態!」
「そしてその『異常事態』と行動を共にする『狂人』とは!」
「全くもって穏やかでない!」
「全くもって尋常ではない!」
口々に言う人兎の姉弟に桃太郎は視線を合わせた。
「復讐屋殿は『赤い靴』について何かご存知か?」
「「いいえ!我らも異国の地の事情については疎いのです!!」」
「んじゃ喋るなウサギ共!シンプルにうるせぇ!」
「「何と、まぁ!!」」
「まぁまぁ、赤ずきん様…『赤い靴』については…」
シンデレラは赤ずきんを宥めつつ、白雪姫の目を見た。
「白雪様からのご説明が最も信憑性が高いかと」
「え!そうかしら!えへへー!」
無邪気に喜び、はにかむ様子は、とても『仕事屋』とは思えない。
「えーと、それじゃあねー、『赤い靴』っていうのは、『赤い義足』の『殺人鬼』の『女の子』の事!」
「何と…女子が?」
「そう!あのね、その子両脚が無いんだけど、『自分の脚を探す』って名目で色んな人の両脚を切断して回ってるんですって!」
「いやはや!これはこれは!」
「何とまぁ!」
「「惨虐の極み!!」」
口調はまるで少女のお茶会の噂話のように。
実際にはとてもお茶会には合わない内容で。
『情報屋』の口から吐き出される話は、様々な噂話を重ね合わせて導かれる『信憑性の高い』話。
「ではその鬼の如き女子が…初代退治屋と手を組んでいる、と。」
「一体何を企んでいるやら…赤ずきん殿、奴らの目的等は?」
「さぁ…私にゃ見当も付かないね」
「あ!そうだ!」
パァ、と目を輝かせて白雪姫が声を上げた。
「あのね、最近『赤い靴』を作った人がわかったのよ!きっとその人が『赤い靴』を使ってるんだと思うの!」
内容はやはり、可憐な少女から出て来るような物では無い。
「『仕事屋』って何なんだろ」
俺の独り言を聞いている奴は、多分居ないだろう。
人の手が入っていないか、入っていたとしても相当昔だと思われる森は雑多で、人の気配はしない。
「まさか『退治屋』が桃太郎とはね…」
多分今までで1番意外…いや、うーん、シンデレラとかも意外なんだけど…
っていうか赤ずきんも多分意外なんだけど…
「『他者は名乗る事も許されない仕事』、か」
それなら、一体『誰』が。
「あぁ、やっぱりアナタ、面白いのね」
人の気配は、確かにしなかったのだ。
「私、絶対に貴方とは気が合うと思ってたの」
それなのにこの声は。
シンデレラのように涼やかで、白雪ちゃんのような幼さも残すこの声は。
「ね、私とお友達になりましょう?」
気配はしなかった。
ただ……ずっと変な臭いがしていただけだ。
甘ったるくて、でも砂糖のような甘さでは無くて何処か不自然な、
「オオカミさん?」
気味の悪い色をした、甘ったるいお菓子の香りと共に。
柔らかな笑みを浮かべた女は、いつの間にか俺の目の前に『居た』。
副題:『変態って言っただけで大体伝わるハーメルン。』
本人はほぼ出てないのにどんどんキャラが独り歩きして行きます。