68:オオカミの仕事屋レポート~その2~
「承知。親切にありがとう」
「え、あ、いいえ、とんでもない…」
頭を下げる動作と一緒に黒髪が垂れる。
凄い丁寧に来られると、逆にどうしたら良いかわかんない…!そんな事で頭下げないで欲しい…!
さっきまでとは大違いで調子狂う…!
「貴殿は仕事屋だろうか?」
「へぁっ!?あ、いや、俺は違います!」
涼やかな声と対照的な、俺のひっくり返った情けない声。
その仕事屋は特に気にする事も無く、「そうか」と少しだけ考え込む素振りを見せた。
「…失礼、もしも可能であれば貴殿に頼みたい事が」
「え、俺?」
黒い、切れ長の目。
あぁ…顔立ちがいつも見るような人間と違うのか。何か不思議な印象だったんだよね。
「とりあえず、聞きます」
「察するに…会合には仕事屋しか入れぬのだろう」
「あー、そうっすね」
「待合所があるのならば、我が従者達をそちらへ連れて行ってはくれないか?」
ん?…うん。
連れてくだけで良いの?
「連れてくだけなら、別に良いですけど…」
「有難い」
「ちなみに従者って…」
「何、皆とても聡明だ。獣よろしく人を襲う事は無い」
そう言って、その仕事屋は自分の後ろの従者を紹介するように身体を少しだけ、
ズバンッ!!!
……という、凄まじい音と共に扉が吹っ飛んだ。
『ややっ!勢いが有り余りました!!』
『元気で何よりであります、弟よ!!』
そして『白い2匹の獣』から聞こえる賑やか過ぎる声。
『ややっ!そこに見えるはオオカミ殿ではありませんか!!』
『ご無沙汰で御座います!』
「「おや、これは失敬!人間体に変化させていただきましょう!!」」
「賑やか過ぎるだろ!お前ら2人だけだぞ!!」
ぼふん、という軽い音と共に現れる、白い髪に赤い目の2人の男女。
頭からは長い耳が生えたその姿は…『復讐屋』に間違いなかった。
「やぁやぁお久しぶり!姉のイナバであります!!」
「弟のシロです!!御機嫌如何でしょう!?」
「とりあえずうるせぇし、ドア!吹き飛んだぞ!」
「「あれは軟弱な扉が悪いのです!!」」
酷い言い掛かりだ。
今や扉は開け放されて、外の光が差し込んで来ている。
「オオカミ殿は此処で何を!?」
「赤ずきん殿は如何されたのでしょう!?」
相変わらず賑やかに、交互に話す姉と弟。
その2人(2匹?)の視線が、ふと俺ではなく見知らぬ仕事屋に向いた。
その瞬間、2人の長い耳がピンと立ち上がる。
「やややっ!これはこれは御珍しい!」
「大変に御無沙汰しております!」
「「遠路遥々大変だったでしょう、『退治屋』殿!!」」
……ん?今、何て?
「此方こそ、久しいな復讐屋殿。変わりないだろうか?」
「元気ハツラツ!」
「年中無休で仕事を受け付けております!」
「それは結構だが…休養も大切だろう、体は大切にな」
「「有難い御言葉!!」」
「えーと、ごめん。ちょっとだけ良い?」
適当な会話の切れ目で口を挟むと、復讐屋の2人の顔がぐりんと(そんなに勢いよく向くのはやめてほしい。ちょっと怖い。)此方に向いた。
「如何されたかオオカミ殿!?」
「何か『怨み』をお抱えで!?」
「いや、それは別に抱えてない。今さ、『退治屋』って言った?」
それを聞いた2人が首を傾けてキョトンとして……『カッ!!』と目を見開いた。
「まさかまさかオオカミ殿!?」
「『退治屋』殿を御存知無い!?」
「うん、そう、初対面」
「何という悲劇!!」
「何という悔恨!!」
そして2人はポーズを取る。
まるで……何か劇でも始めるみたいに。
「なれば、僭越ながら私共が御紹介致しましょう!!」
「仕事屋屈指の英雄を!!」
そして高らかにウサギたちは続ける。
「かの御仁は神の果実の加護を受け!」
「かの御仁は3種の獣を従え!」
「人里に降り、害なす鬼共を!」
「鬼共の住まう島まで赴き、見事討ち払ったこの御仁!」
「「嗚呼、神の寵愛を受けしこの御仁こそ!」」
「「桃から生まれた!!」」
「桃太郎ぉぉぉぉ!!!!」
2人の耳がピンと立つ。
「おやオオカミ殿!」
「やはり桃太郎殿を御存知ですか!」
「流石、異国にも伝わる偉業!」
「『退治屋』たるに相応しい御方!」
いや…いや、『桃太郎』かよ!
「確かに顔立ちが東洋人っぽいなって思った!」
「眉目秀麗でありますからな!」
「じゃ、『従者』ってのは…」
「あぁ、すまない。紹介が遅れてしまっていたな」
黒髪の仕事屋……改め、桃太郎は少し身体をずらして、後ろに待機していた『従者』の姿をこちらに見せた。
妙にキリっとした表情、きっちり躾がされているかのような姿勢。
見た目の全く異なる3種類の動物たち。
「やぁやぁこれは、犬・猿・雉殿も御機嫌麗しゅう!」
「そういや何か人間以外の臭いするなぁって思った…!吹き飛んだドアのインパクトで忘れてた…!」
犬と、猿と、雉がそこに居た。
あれ、雉って初めて見るかもしれない。
「ややっ!これは、扉を吹き飛ばした『衝撃』と心象への『衝撃』をかけておられる!」
「やりますなオオカミ殿!」
「うるせぇよ!情報量が渋滞してんだよ!黙ってろ!」
頭が痛い。誰か助けて!
「復讐屋殿、こちらの御仁は…」
「こちらは『運び屋』殿の御付き人、オオカミ殿であります!」
「人狼殿でございます!」
「ほう、人狼とは…あまり我らの故郷では見ないな」
「狸や狐が人に化ける話は聞きますが!」
「狼は確かに聞きませんな!」
「何その地域差!…いやでも確かにこっちじゃ狸やら狐やらって話は聞かないけど!」
もう駄目だ、これ以上は俺がパンクする!
「会議はあっちの廊下の奥!んで、桃太郎の従者は1回俺が預かるから!それで良いな!?」
こうなりゃ手は1つ。会話をぶった切る!
「あちらですな!」
「合点承知!」
「恩に着る、人狼殿」
桃太郎は再び頭を下げてから、後ろの犬たちに合図する。
すると3匹は俺の足元まで歩み寄って来た。
『ワンッ!(よろしく頼むぞ、狼殿よ!)』
「あぁ、はいはい…」
「ではオオカミ殿!」
「我等はこれにて一旦失礼!」
「お前たち、人狼殿に失礼の無いようにな」
復讐屋の2人はバタバタと、そして退治屋はゆったりとした足取りで廊下の闇に飲まれて行った。
「疲れた…」
あぁ、もう、何人まで仕事屋数えてたのかも忘れた…
えーと、『退治屋』は初対面、『復讐屋』は2回目は相変わらず…
…えーと、これで7人来たのか。とりあえず『復讐屋』は1人の扱いで。
残りは…いや、もうあんまり来ないで欲しいんだけど、誰か忘れてるような…
「あら?何これぇ、ドアが無いじゃない!」
驚いたような少女の声がする。
「何だ?物騒だな!」
「あ、あそこに転がってるのドアかしら?誰か壊しちゃったのかな?」
知らない男(だと思う)の声と、聞き覚えのある少女の声。
そして、壊れた玄関から姿を現したのは…
「あら?オオカミ君!何してるの?」
「白雪ちゃんんんんん!!!!」
俺は思わず『情報屋』に駆け寄った。
何て事だ、俺が存在を知った仕事屋の2人目(だったと思う)の白雪姫を忘れてただなんて…!
「えっ、どうしたの?」
「俺もう疲れたよぉぉぉぉ!」
「あらぁ、ここまで遠いもんね。疲れるわよねぇ!」
「それもそうだし、そうじゃないし!」
相変わらずの様子でニコニコとしている白雪姫を見て、思わず泣きそうになる。
「やっ…やいやいっ、オオカミ!白雪姫に近付くな!!」
その声は白雪姫の『後ろ』から聞こえて来た。
「えーと…それ、後ろから隠れて言うセリフ?」
「うるさいっ!」
「こら!ごめんね、橙って人見知りなの」
白雪姫の後ろからひょっこり顔を出している、オレンジ色の小人。
正確に言うと初対面では無いはずなんだけど、話すのは初めてだろうか。
「赤ずきんちゃんは?」
「え、あぁ、赤ずきんはもう会議の部屋に向かったよ。あっちの廊下の奥だって」
「わぁっ!何か暗くて怖いわねぇ!」
廊下を見た白雪姫の顔が少し曇る。
が、すぐに明るくなって俺の方を向いた。
「あのね、今日は4人で来たのよ!」
「えーと?白雪ちゃんと、そのオレンジの小人と?」
「『橙』よ!あとね、『紫』!」
じゃーん!と紹介するように白雪姫は手を動かした。
「これはこれは、お話しさせていただくのは初めてですかな人狼殿…私、白雪姫の従者の『紫』と申します、以後お見知りおきくださいませ…」
「あぁー、そう来たかぁ…1人くらい居ると思ったんだよなぁ、そういう感じの奴…」
紫色の服を着た小人は丁寧にお辞儀した。つられて俺も会釈を返す。
「仕事屋様方以外の者の待機室がきっとあるでしょう。おやつにどうかと思いまして、クッキーとケーキを焼いてきたのですが…」
ほっほっ、と穏やかに笑いながら良い匂いのする籠を取り出す紫色の小人。
「あー…うん、そうね、ありがとう、後で貰うわ」
「どうぞどうぞ、是非」
「…あれ?白雪ちゃん『4人』って言ってなかった?」
さっき、元気に「4人で来たのよ!」と言ってたと思ったのだが。
如何せん情報量の暴力に遭っているせいで記憶に自信が無くなってきた。
「あ、もう1人はねぇ…」
すると、オレンジ色の服の小人がようやく俺の前に出て来て…背中を向けた。
「此処だ!」
此処、と言って背中を指すその先には…
「あのね、黄色が若返ったのよ!凄いでしょ!」
「情報量の暴力ぅ!!」
俺の記憶では1番よぼよぼの爺さんみたいな見た目だった黄色の服の小人が、『赤ん坊になっていた』。
「そういや言ってたな!藍色の奴が確かそんな事言ってた!」
「あぶぅ…」
「そいつ連れて来る必要あった!?大変じゃない!?」
「社会勉強って大事でしょ!」
「大事だけど……ああああもう無理突っ込み所が多いぃぃぃ…」
ああああ、と頭を抱える俺を心配するように、桃太郎の犬が駆け寄ってくる。
「さぁさ、白雪姫。会議に遅れてはいけませんよ」
「はぁい。それじゃ、行って来るわね!」
紫の小人に促され、白雪姫は俺たちに元気に手を振ってから廊下の奥へと消えていった。
「さぁさ、我々も移動しましょうか?」
「ちょっと待て!この壊れたドアが気になる!直して良いか!?」
「ほほ、橙は手先が器用で助かります…そうだ、人狼殿?」
「ん?」
「『情報屋』で…何人目の仕事屋でしょうか?」
えーと、
「8人?」
「ほほう」
紫の小人は目を丸くして、
「これはこれは…殆ど勢揃いですなぁ」
そう、感心したように呟いた。
副題:『郵便屋だけ多忙で欠席。』