66:赤ずきんと仕事屋会議
「これから会議に向かう!」
とある日の朝。開口一番。
赤ずきんがいつものように仁王立ちで…
…え、何?
「会議…?」
全然聞き慣れない言葉で、一瞬聞き逃した。
「さっさと化けろ、行くぞ!」
多分きょとんとした顔をした俺を気にすることも無く、赤ずきんは凛として言う。
「何、何の会議?」
聞きながらも化けてあげる俺って偉い。
それはさておき…丁度、俺が獣体に変わった直後に赤ずきんはこう答えた。
「仕事屋の会議に決まってるだろ!」
逃げ出したい気持ちになった俺を責める人は…赤ずきん以外、居ないと信じたい。
『っていうか『仕事屋の会議』って何?何を会議すんの?何か報告すんの!?』
「お前、報連相は社会人の基本だろ?」
『基本だけどね!?全員が違う『仕事』で報連相成り立つかなぁ!?』
赤ずきんの言う『会議』の開催場所は、少し遠い。
3日…いや、2日で行けって言われるかな…?
「ま、今回は…私は報告する側なんだけどな」
『何を!?』
「そりゃアレだよ、最近怪しい物を運んだんですぅ〜とか」
『いつもじゃん!標準じゃん!怪しくない物って逆に何運んだ!?』
「うるせぇ。冗談だよ」
衝撃的な言葉と共に、舌打ちもオマケで聞こえて来た。
冗談!?赤ずきんが冗談!?
どうしたの?槍でも降って来るの?
それとも月でも落ちて来んの!?
「お前!また失礼な事考えてるだろ!」
『だってお前が冗談言うなんて!珍しいから!』
あぁ、そういや荷物が無いから今日は軽いな。
…いや、赤ずきんの銃が荷物と言えば荷物なんだけど。
『…ん?』
そして、ふと。
当然の事に気付く。
『会議って…白雪ちゃんとかも居るの?』
『仕事屋の会議』だから…赤ずきん以外の仕事屋も、もしかしなくても、みんな来るの?
「当たり前だろ。今回の会議は基本、全員来るはずだ」
『…猫とか?王様とかも?』
「猫は居るだろうけど、王様はわからん。いつも忙しいらしいし」
うん、王様は忙しそう。王様だし。
ってことは…王様が居ないにしても…
赤ずきん、白雪ちゃん、シンデレラ、喋る猫、あとウサギの姉弟……あ、あとマッチ売り?
で、居るとしたら王様も?
『…いや圧倒的『圧』!!』
「『頭痛が痛い』みたいなコト言うんじゃねぇ」
『仕事屋全員って怖過ぎるだろ!魔王でも殺しに行くのかよ!魔王が可哀想だよそれ!』
「殺せそぉ~…」
おそらく想像したのだろう。そして赤ずきん自身も引いたのだろう。
この声は、そういう声だった。
「そうだ、会議の場にはお前は入れないから先に言っておくけど…」
『んなもん初っ端から入る気無ぇわ。』
「話の腰を折るな」
いや、だって、入りたくないもん。
どうしても突っ込み入れたくなる程に、入りたくないもん!
「…今回、私から報告するのは『ハーメルン』の話。それと…お前が会った『赤い靴』の話」
『…!』
赤ずきんの言葉で、むせ返りそうな程の血の臭いを思い出して、一瞬息が止まる。
「『赤い靴』について、お前の知ってる話をもう一度整理させろ」
そんな俺の事など全く知らないだろう、赤ずきんは容赦無く俺の記憶を掘り起こそうとする。
いや、こいつなら俺がどんなに嫌がってもどうにかして思い出させるんだろうけど。
俺に拒否権なんてモノは無いのだ。
『…良いけどさ…走りながら?』
返答はわかっていたけど、一応聞いておく。
「勿論今すぐ」
『わかったよぉ…』
前方不注意になっても、どうか恨まないで欲しい。
無理だろうけど。
「見た目は私と大体同じ歳、両脚に赤い義足、血の臭いがする以外は普通の女子に見える…」
赤ずきんは俺から聞いた話を繰り返す。
『あと、俺が会った時は松葉杖ついてたな』
「前に会った時は猛ダッシュで追っかけて来たのに?」
『そこはわかんないけど…』
そうなんだよなぁ、前はダッシュしてたよなぁ…
この間は松葉杖ついてたけど、無くても本当は大丈夫なのかな。
…そもそも、同一人物か?
「んで…『誰かと来てた』とか言ってたって?」
『あぁ、うん。それが赤ずきんの会ったハーメルンって奴なんだろ?』
「確証は無いけど…状況的には9割9分そうだろうな」
うん。俺もそう思う。
ちょっと興味あるんだよね、ハーメルン。どんな奴なんだろ。
「んでハーメルンはハーメルンで、魔女狩りだのなんだの…」
『全然わかんねーな』
「あぁ、それと…魔女狩りの話かは知らんが、どうやら白雪が『何か』掴んだらしい」
ほほう。流石は情報屋。
会議に参加はしたくないけど、白雪ちゃんの情報ってのは聞いてみたいな。
ま、後で赤ずきんに聞くか。答えてくれるかはわからんけど。
「白雪が急に出掛けるとか言い出して、小人共がこの世の終わりみてぇな騒ぎになったって話だけど…」
『うん?何の話??』
「あいつ、国家機密の塊だからなぁ。そりゃ気軽に出掛けられないよな」
『そういう話!?え、ホントに何か掴んだの!?』
「出掛けたからには掴んで来るだろうよ。出来る子だぞ、白雪は!」
駄目駄目、その辺散歩して誘拐される図しか浮かばない!
小人の気持ちも、ちょっとわかるよ!
『……え、待って、会議の目的って情報共有だけ?』
情報共有が大事なのはわかる。
でも……たったそれだけの目的で、情報屋が全員集まるのか?
「いや、主目的は多分『今後どうするか』なんだけど…」
『今後?』
「いやぁ…どうやら私以外にも仕事の邪魔されたり何だりしたみたいでな?だから、いい加減に…」
一瞬だけ黙った後、赤ずきんの口から出て来た言葉を聞いて、
「『排除』するか、どうか」
俺の体温が一気に下がった気がした。
「お、早く着いたか?」
「何でこんなトコにこんな豪邸が…」
会議当日。
デカい街を経由して森に入って何か地下道に入って抜けて更に森を……いや、もう1回同じ道を通れって言われても、俺は無理。
とにかくわけわかんないくらい奥まった、およそ人の気配が無い場所に……どデカい屋敷が建っていた。
「ここ、何なの…?仕事屋の隠れ家?」
「まぁ…ニュアンス的には、そうだ」
赤ずきんは少し錆び付いた門を開ける。
ギィ、と嫌な音がして、俺は咄嗟に耳を塞いだ。
「此処は『初代仕事屋』達が使ってた屋敷って言われてるんだよ」
「『初代』?」
「あー、いや、初代って言うか…」
屋敷の周りは特に手入れもされていないのか、荒れ放題だった。
すっかり伸びきった雑草の中を、赤ずきんはずかずかと歩いて行く。
「仕事屋の走り?って言うのか?」
「走り…」
「とある3人の事を、周りが勝手に『仕事屋』って呼び出したんだと」
「え、そんなふわっとした始まりなの?」
赤ずきんと俺は、大きな扉の前に立った。
「ふわっとしてる、とかっ……んぬぅ……!」
「開けるから」
赤ずきんの細腕ではどうやら開かないらしい扉を、代わりに押し開ける。
うん。赤ずきんには無理な重さだ。
白雪ちゃんとか大丈夫かな?
「はぁ…ふわっとしてるとか言うんじゃねぇ…」
「言いたくなるでしょうよ」
「そもそも、同じ時代に居たのかもわかんないらしい」
「さらにふわっとしたけど!?」
屋敷の内部は薄暗いけど、意外と埃の匂いは少ない。
点々とロウソクの灯りが見えるから…まぁ、ロウソクを点けた『誰か』が、先に居るに違いない。
「とにかく、その最初に『仕事屋』って呼ばれた奴らが使ってた屋敷が此処…らしい」
「機密性が確保出来るのであれば、場所はどこだって良いのですがね」
「そうそう、わざわざこんな辺鄙な場所……きゃぁぁぁ!?」
「!!」
赤ずきんに応えるように聞こえた声、赤ずきんの案外可愛らしい悲鳴、あと悲鳴の音量。
俺の身体がビックリして硬直するには、余裕で足りた。
「は、灰かぶり!?」
さっき見た時には誰も居なかった筈の廊下の手前。
そこに、シンデレラは前に見た時のようにメイド服を身に付けて、立っていた。
「御機嫌よう、赤ずきん様…そしてオオカミ様」
キッチリと礼をするシンデレラは、やっぱり礼儀正し過ぎて少し怖い。
「びびったー!無駄にびびらせんな!」
「ふふ…お話し声がしたものですから。お迎えに、と思いまして」
ふわりと優雅に笑うシンデレラ。
多分、赤ずきんが敵わないタイプの人間だろう。
「あー、もう…他の奴らは?」
「猫様はいらっしゃってますわ、赤ずきん様」
「んで、お前がお出迎え…猫は何してんの?」
「お昼寝の最中でございます」
「オオカミ、どっかのタイミングであの猫喰ってくれ」
「いや、まぁ…それで良いなら別に良いんだけど…」
うーん、もしも猫が出迎えていたとしても、『喰ってくれ』って言われる気がする…
「申し訳ございませんが、オオカミ様は此処までになります」
シンデレラは俺に向かって深々と頭を下げた。
「あ、うん。わかった」
そんなに俺に対して畏まられても困る。
「お待ちの際は、あちらに客間がございますので…ご自由にお使いください」
あちら、と言ってシンデレラが示したのは、奥へ続く廊下のすぐ横にある扉。
待つのは良いけど…仕事屋の会議って何時間で終わるのかな…
「それと、もし宜しければオオカミ様に1つお願いがございます」
「……へ?俺?」
あまりに間抜けな俺の声に、シンデレラは頷く。
「これからいらっしゃる面々に…本日の会議場はこの奥、と示して欲しいのです」
「あぁ、この屋敷無駄に広いからな」
赤ずきんの言葉を聞かなくてもそれはわかる。
外観からそもそも凄いデカい感じしたもん。
「まぁ…良いけど」
「ありがとうございます、大変助かります」
にっこりと笑う顔は作り物か、本物か。
俺には判断が付かないけど、とりあえずシンデレラは怖い。
「では赤ずきん様は。此方へ」
「じゃーなオオカミ」
「ん」
赤ずきんとシンデレラが薄暗い廊下の奥へ吸い込まれて行く。
絨毯で足音を吸われているにしても、シンデレラの足音がしなさ過ぎる。
「さて…」
移動の次は、仕事屋のお出迎えか…
「すげー、精神的に疲れそう…」
俺の空笑いはきっと、誰の耳にも届いていない。
副題:『死因:ツッコミ疲れ。』
という未来が今から見える。