63:名探偵白雪姫
「んで…何だって急に『赤い靴』を作った奴に会いに行くって…?」
ゴトゴト。
ゴトゴトゴト。
馬車に揺られながら、藍色は白雪姫に聞きました。
「あ、うん。あのね、確かめてみたいなって思って」
白雪姫は本から顔を上げました。
ちなみに橙は白雪姫の本を覗き込んだ瞬間にダウンしました。
揺れる馬車で字を読むのは、橙には無理だったようです。
「確かめる?」
「うん!」
白雪姫は本をパタンと閉じます。
「『赤い靴の製作を依頼したのは誰ですか』って!」
それを聞いた藍色は顔をしかめ、
橙はほんの少しだけ顔を上げ、
赤色は手綱を握り直しました。
「『赤い靴』の製作を依頼したのは『赤い靴』じゃないの…?」
橙が非常にわかりづらい言い方をしました。
誰でしょう、少女に『赤い靴』というあだ名を付けたのは。
紛らわしくっていけません。
「んーん、違うと思う」
死にかけの橙の言葉に、白雪姫は首を振ります。
「だって、『自分の罪を悔い改めた少女は、神様から新しい足を授かりました』…だもんね?」
そうです。
赤い靴に魅入られた少女は、
自ら両の足を切り落とし、
自らの罪を悔い改め、
やがて、神様から新しい足を授かるのです。
「だから、誰かから貰ったんじゃないかなぁって」
もしもそうだとすると、問題が有ります。
「そもそもね、赤ずきんちゃんやオオカミ君の話だと、『赤い靴』って相当高性能みたいじゃない?」
そう言われて藍色は首を傾げます。
何せ、白雪姫に話した内容は(白雪姫から聞いた話もですが)さっさと忘れてしまうのですから。
「そうだっけか?」
「相当重そうな音だったけど、めちゃめちゃ速かったしどんどん加速してたって!」
「ほーう」
話題は物騒なのに、白雪姫の顔はニコニコです。
久々のお出掛けが楽しくて仕方ないのです。
「…で、そのすげぇ義足を…人殺しの為に走り回る『狂人』に与えたド阿呆が居るって…?」
「うん!」
そうです。
『赤い靴』が両足を失ったままなら、
自由自在に走り回ることは出来ず、
街中の人間を殺して回るなんて事は出来ないのです。
「…『赤い靴』を、『赤い靴』にあげた人間と…そもそも『赤い靴』を作らせた人間は、同じだって考えてるの…?」
「うん!多分!」
『誰か』が『赤い靴』を作らせて、
『誰か』が『赤い靴』を少女に与えたのです。
「そもそもどっちかしらね?」
白雪姫は首を傾げます。
「何が?」
「『人を殺して回る自由が欲しい』から『赤い靴を手に入れた』のか…」
こんなに話題が物騒なのに、白雪姫は笑顔のままです。
「『赤い靴を手に入れた』から『人を殺して回る』のか」
「?」
藍色と橙の目が合います。
互いに、互いが困惑しているのがわかりました。
「何が違うんだ?」
「あ、えーとね、後に言った方がわかり難いわよね!えーとね…」
白雪姫はやっぱりニコニコしています。
「『赤い靴』と引き換えに、人を殺しなさいって『誰か』に言われてるのかな、って!」
まるで、楽しいお茶会のような機嫌で。
「…その『赤い靴』を『与えた』人間に、心当たりはあンのかい?」
藍色が聞くと、ようやく白雪姫の表情が変わります。
少し悩んでいるような顔です。
「大体はね?でも何だか確証が無いっていうか…」
「…じゃ…『赤い靴』を『作った』人間には心当たりがあンのかい?」
「それは勿論!」
白雪姫はパン、と手を叩いて再びニコニコ顔に戻りました。
「そんなに凄い義足作れる人なんて、1人しか居ないもの!」
自信満々の白雪姫の言葉に、
赤色と藍色は首を傾げ、
橙はとうとう白雪姫の膝の上に突っ伏しました。
カンカン。
人のまばらな街の端っこ。
カンカン。
金属を打つような音がします。
沢山の工房の中、今日はとある職人の工房から音がします。
カンカン。
とある職人が鉄を打っています。
この職人、腕は良いのですが、とっても変わり者。
むかーしむかし、職人が道具も買えないほど貧乏だった頃。
とある悪魔と取引をして、沢山のお金を手にした職人はピッカピカの道具を揃えます。
それからは街で評判の職人となり、
ある日、とある『御使い様』の白馬の蹄鉄を作ります。
御使い様は職人の仕事に大満足。
職人の願いを3つ叶えてあげました。
正確に言うと、職人が欲しがった『変わった物』を3つ、与えました。
さて、悪魔との契約内容は『3年後に命を寄越せ』。
職人が街で1番の職人になった頃、
悪魔の手下が職人の命を取りに来ました。
此処で登場、御使い様に貰った3つ道具の内の1つ。
『手を入れると職人が良いと言うまで手が抜けない釘袋』。
「この辺かなぁ?」
「もっとあっちだよ!」
職人に騙され釘袋に手を入れた悪魔はもう大変。
降参して帰ってしまいます。
悪魔は次の手下を職人の所に向かわせます。
でも、御使い様に貰った道具はまだあります。
『座ると職人が良いと言うまで立ち上がれない椅子』。
「あ、こっちの方から音がする!」
「コラ姫さん!走るな!」
職人に騙され椅子に座ってしまった悪魔はもう大変。
降参して帰ってしまいます。
悪魔は更に次の手下を職人の所に向かわせます。
さぁ、御使い様に貰った3つ道具の最後の1つ。
『登ると職人が良いと言うまで降りられないリンゴの木』。
「あ!これじゃない!?これが噂のリンゴの木!」
「白雪姫、絶対登らないでね!?」
職人に騙され木に登ってしまった悪魔はもう大変。
やっぱり降参して帰ってしまいます。
さて、業を煮やした悪魔はとうとう自分で職人の所に向かうのですが……
「……?」
職人は、この辺りでは滅多に聞こえて来ない女の子の声がしたので手を止めました。
お客さんでしょうか?
「あ!此処だ!こんにちは!」
職人の工房に、可愛らしい女の子がひょっこりと顔を覗かせました。
さて、悪魔を無事に撃退した職人はみんなに褒め称えられ、
『とある称号』を名乗る事を許されました。
ですが、やっぱりこの職人は変わり者。
『そんな重苦しい肩書きなんて要らない』
そう言うので、職人が名乗る筈だった『称号』は『唯一』、誰でも名乗る事が出来るようになったのです。
「貴方が『鍛冶屋』さんでしょう?」
副題:『残念ながら今は削除されたグリム童話。』
「かじやと悪魔」という童話です。