61:とある掃除屋の非日常
撃つ。
伏せる。
持ち替える。
近付く。
斬る。
躱す。
蹴り上げる。
払う、殴る、蹴る、いなす、撃つ、躱す、斬る。
『何者か』と『掃除屋』の暗闇の攻防。
どちらが優勢なのか。
明るい場所で見たのなら、誰もがわかる事だろう。
「貴方は何処から来たのかしら?」
子供から間合いを取ったシンデレラは、銃を真っ直ぐに構えた。
このまま引き金を引けば、子供の眉間を撃ち抜くだろう。
「何処?僕?どこからきたの?」
ケタケタ。
狂った笑い事は、本当にそのように聞こえるのだな…と、シンデレラは警戒しつつ、頭の片隅で考える。
「ね、おねえさん、魔女でしょ!?僕、わかるよ、まじょ!」
「…」
最初見た時からおかしかったが、改めて対峙してみてもやはりおかしい。
子供が警備の居る屋敷に忍び込めるのも。
子供が大人に致命傷を負わせて絶命させているのも。
明らかに致命傷を負っているのに、意にも介さず笑っているのも。
左腕は肘から下が吹き飛び、右の手首も千切れかけ、首から、腹から、額から血を流しても、意にも介さず笑っているのも。
「(薬でも使っているのかしら…?)」
気分の高揚、異常な身体能力の向上、痛覚の麻痺。
そういう薬の使用者を、シンデレラは何人も見ている。
「(それじゃ、この子に薬を与えた人物がターゲットを奪ったのね)」
どうにかこの子供から首謀者を聞き出して殺しに行かなくては…シンデレラがそう思う中、子供は相変わらず笑っている。
「ぼく、ねぇ!魔女をたおして、あのね、まじょは悪い人でね!ぼく、僕たち、しあ、わせに、なれるって!」
子供の首がガクンと傾く。
前髪に隠れていた、先程シンデレラが潰した目が見えた。
「…」
子供の言う事は支離滅裂でわからない。
放っておいても子供の寿命は数分も無いだろう。
「僕、ね、まじょが、まじょ、せいで、ずっと、苦しくて、あのね!」
「(会話もできそうに無いわね…)」
「でも、魔女を、倒すとねぇ、幸せになれるって!」
「…そこのデブは」
シンデレラは子供から一瞬目を離す。
息絶えたターゲットをその瞳に映し、再び子供に視線を向けた。
「『魔女』なのかしら?」
男性にも『魔女』という言葉を使う事がある。
何故、この子供はこの男を殺したのか。
この男が、この子供の言う『魔女』だとしたら…『魔女』の判定基準は何なのだろうか?
「そう!」
どうやら子供と初めて意思疎通ができたらしい。
子供は更に興奮したように続けた。
「こいつね、魔女なんだって!だから、懲らしめて来なさいって!」
「魔女って…」
そもそも『一般的の意味の魔女』がゴロゴロ居る筈が無い。
シンデレラの知人に『魔女』と形容すべき人間が2人居るが…1人は神出鬼没、もう1人は何処かの森で引き篭もっている。
それくらい『魔女』は珍しい。
そして、その2人が最近襲われたとか、そう言った類の話は聞いていない。
「魔女はね、みんな、みーんな、殺すんだって!」
やはり…子供の言う『魔女』は一般的な意味での『魔女』では無いのだろう。
「魔女とは何なの?」
「そうしたら、僕たちみーんな幸せになれるんだって!」
子供の言い分を纏めると、こうだ。
魔女と呼ばれる人間が(恐らく複数人)存在する。
子供達は魔女に苦しめられている。
魔女を殺すと幸せになれる。
「(魔女とは…悪人の事?)」
この子供が知っているかは知らないが、シンデレラのターゲットの男は相当な悪人だった。
そしてシンデレラ自身も…善人かどうかと聞かれたら、否。
「けへっ、ふへへ、うひひ、ふふ!」
子供の身体が不安定にグラグラと揺れる。
子供の視線があちこちに向く。
「…」
もう哀れで見ていられない。
引き金にかかった指に力が入る。
「誰がそんな事を貴方に吹き込んだの?」
シンデレラは一応聞いたものの、返答は期待していなかった。
「だってねぇ!」
だが、
「『ハンスお兄ちゃん』が、そう言ってたから!」
「!?」
返答が有った。
意表を突かれてシンデレラの思考が一瞬止まる。
「ね、え、おね、さんも、魔女でしょ!?」
それ故に、突如距離を詰めて来た子供への反応が一瞬遅れた。
聞いた事がある。
『魔女』の家に迷い込んだ兄妹の話。
魔女を退治して、無事に家に帰った兄妹の話。
「…」
聞いた事がある。
両親を殺した『子供』の話。
棄てられた事への同情と、肉親を殺した事への批判に襲われた子供の話。
「…もう少し、話を聞けば良かった」
もうピクリとも動かない、血だらけの子供がシンデレラの足元に転がっていた。
「『ハンスお兄ちゃん』、ね…」
最近聞いた話。
金持ちが集まるパーティーで、参加者が全員殺された話。
パーティー会場の端では、身元のわからない『子供』が息絶えていたと言う。
そして、各地で『子供』が攫われている話。
どちらも文通相手の『情報屋』から聞いたのだけど。
「白雪様の話と…この子供の話は、関係があるかしら…?」
魔女の家に迷い込んだ兄妹。
親を殺した子供。
確か、どちらの名前も。
「『ヘンゼルとグレーテル』…」
シンデレラは銃を仕舞うと、部屋を出た。
警備は居ない。
侵入した時と同じくらい静かな屋敷を優雅に歩く。
「『ヘンゼル』が仕組んだ事なのかしら…?」
もしも各地で子供を攫っているのが『ヘンゼルとグレーテル』なら。
もしも攫った子供達に『魔女達』を殺させているなら。
一刻も早くやめさせるべきだ。
否、シンデレラはそんな事を思うほどの正義感を持ち合わせていない。
シンデレラが持ち合わせる正義は『仕事屋』としての正義のみ。
もしも、あの子供を仕向けたのが『ヘンゼルとグレーテル』なら。
「『仕事屋』の仕事の邪魔が、どういう意味なのかを教えて差し上げましょう」
シンデレラの唇が、優雅に弧を描いた。
さて、親を殺した『子供』。
話を聞きに来た自警団を、保護に来た大人達を、まとめて始末し姿を消した彼らは、今ではこう呼ばれる。
『大罪人』。
副題:『魔女っぽくはある。』
シンデレラはドロシーより余程魔女っぽい。