55:赤ずきんとハーメルンの笛吹き男
むかしむかし、とある町で
ねずみがたくさん住みついてしまい、町の人々は困っていました
「…何してやがる?」
ある日、どこからかやってきた
色とりどりの服をきた男が
『ほうしゅう』をくれるなら、ねずみを退治しよう
と、いいました
「んん?ただのティーブレイクですよ!」
男がふしぎな笛をふくと
ねずみたちはのこらず男の後をついて行き
のこらず川へ飛び込みました
しかし、町の人々は
男とのやくそくをやぶりました
「…まぁそんな言葉では納得しないでしょうが」
男は、またべつの日に町へやってくると
もう一度笛をふきました
すると町中の子供がふらふらと
男について行くのです
「あぁ…テメーがただお茶しに街まで来るとは思えないからなァ…!」
男と子供たちは町を出て
「そうでしょうか?」
洞窟の中へ入って行って
二度と、戻って来ませんでした
「確かこの通りに有名なカフェがあった筈です」
ハーメルン、と呼ばれた男は、道沿いの店を品定めするように指をうろうろさせた。
「えぇ…店名は何と言ったかな?最近どうも忘れっぽくていけない」
「…私の…」
赤ずきんは男を睨みつけながら、吐き出すように言う。
「私の、質問に答えろ…!」
軽蔑と嫌悪と、少しの恐怖が混ざった眼差しに男は満足気に笑った。
「だから、本当ですよ」
真偽のわからない言葉に、赤ずきんは暫し考えた後、溜め息をつく。
それを見て男は益々笑みを深くした。
生憎…『何をしている』という質問への答えは、現時点では本当だ。
「そう言う赤ずきんさんは何故この街へ?」
「仕事だ」
「それは…本当でしょうねぇ」
赤ずきんの言葉が本当でも嘘でも男にとってはどちらでも構わなかったが、嘘は無いと判断した。
赤ずきんは駆け引きの場で咄嗟に嘘をつく程、器用ではない。
「じゃあ質問を変えてやる…」
ハーメルンは、それを知っていた。
「この頃何件か起きてる…子供の集団失踪はお前の仕業だな!?」
赤ずきんの性格も、能力も、恐らくはその質問が出て来る事も。
報酬を払わない方が悪い
私は仕事をしたのだから
仕事に対する対価は当たり前
裏切りに対する罰も、当たり前
「あぁ、それは私です」
男は何でもないように言う。
まるで『勿論です』と言いたげに。
「しかし心外ですねぇ。赤ずきんさん、ハナっから決めつけて聞くだなんて」
「町中の子供を全員掻っ攫おうなんざキモい事やらかすのはお前しか居ねぇんだよこのロリペド野郎…!」
「やれやれ、年頃のお嬢さんがそんな言葉使いではいけませんよ?」
男は分かり易く肩を竦めた。
「子供は素晴らしいでしょう!」
男は演説でもするように両手を広げる。
不思議と周囲の視線は集まっていなかった。
「子供特有のふっくらとした肌、性別の分からない顔立ち、小さな手足、細い髪、逞しく太った子、痩せ過ぎて腹の出た子」
不自然なほど、周囲の人々は2人に注意を払わなかった。
「ねぇ、色んな可能性を秘めているでしょう?」
赤ずきんの首筋に冷や汗が流れる。
「可能性を秘めたまま…あぁ、摘み取ってしまう事の!どれだけ楽しい事か!」
「その口を閉じろ変態野郎…!」
「おや?珍しい思考では無いでしょうに」
男は広げていた手を下ろす。
「そうだ、実行犯は私ですがね?」
男は思い出したように手を叩いた。
「「主犯は別」ですよ……おや?」
男はここで初めて、虚を突かれたように目を丸くした。
男と言葉を重ねた赤ずきんは相変わらず、男を睨んでいる。
「…ははっ、赤ずきんさん、そうお思いで?ははは!」
「…」
男の笑い声が酷く耳障りだった。
「全く…全く、本当に!『仕事屋』は楽しませてくれる!」
「…やってる事と…やり口はお前だろうと思ったが」
男が赤ずきんを知っているように、
赤ずきんもまた、男を多少は知っていた。
「それにしちゃ…意味が無さすぎるからなぁ…!」
男の口角が釣り上がる。
「おや…私だって無意味に子供を攫いたい時もありますよ?」
「お前が子供を攫うのは『対価として』だけだ」
確かに、この男に子供を愛する思考が有るのは赤ずきんもわかっていた。
だが、赤ずきんの知る限り『子供』は『報酬』の代わりとして受け取っているだけだった。
『仕事』の『対価』が『正しく払われなかった』。
その『代償』として。
「ふふふ…嬉しいですねぇ。貴女があと5歳程幼ければ更に嬉しかったんですけれど」
「死ねロリペド野郎…!」
「赤ずきんさん、罵倒は人に依っては御褒美になりますよ?」
赤ずきんは頭の中で、(もう何回目になるかわからないが)男の眉間を撃ち抜いた。
「私はねぇ、可笑しな事が好きなんですよ」
男は赤ずきんから奪った銃をくるりと回した。
「今回は『とある人物』から報酬を頂いて、各地で子供を攫っているんですけど…いやまた目的が滑稽で!」
赤ずきんは眉をひそめた。
やけにベラベラと喋る……そう思っていた。
「だって、ねぇ?この滑稽な劇を更に滑稽にしたいでしょう!」
「…私を巻き込もうってか?」
「貴女と言わず、『貴方達』を」
不意に男の手から銃が離れた。
赤ずきんは、自分の方向に飛んで来た銃をキャッチする。
「何でも、私の雇い主は『魔女狩り』をしているようで」
「…魔女?」
「そう、それで魔女を狩るには子供が必要なんですって」
「…何言ってんのか全くわかんねぇ…」
赤ずきんは不愉快そうに顔を歪めた。
男の話を受け入れるとすれば…
男には『雇い主』が居る。
『雇い主』は『魔女狩り』をしている。
『魔女狩り』のためには『子供』が必要である。
故に、男は『雇い主』に命じられて各地の『子供』を攫っている。
考えれば考えるほど不可解な話だった。
そもそも、魔女狩りとは何のことなのか。
赤ずきんの頭に思い浮かぶ魔女と言えば…『大魔女』くらいだ。
「物言いは物騒ですが、良い雇い主ですよ?」
柔らかな声に、歪な笑顔。
「足の無いお嬢さんに、『素敵な足』をプレゼントしたり」
ガツンと、頭を殴られたような気がした。
直後にザァァと血の気が引く感覚。
「…待、て…」
「おや、もうこんな時間だ!」
男は時計を見てわざとらしく言う。
赤ずきんの口が動いたが、言葉はほとんど出なかった。
「おま…何、を…」
「あぁ、もう少しで『ダンスパーティー』が始まるんですよ!私はこれで失礼します!」
男はにっこり笑って、至極丁寧に赤ずきんへ礼をした。
「『赤い足のお嬢さん』と踊りたくなければ…この街を去る方が良いでしょう」
「…待て!お前は…!」
赤ずきんは肺にいっぱい空気を入れて叫んだ。
「お前は……一体何考えてる!?『大魔法使い』!?」
「何って…勿論、私が考えているのは『娯楽』だけですよ…」
その言葉が赤ずきんの耳へ届いた時、男は赤ずきんの目の前から姿を消していた。
「…くそ…」
ハーメルンの笛吹き男と、『赤い靴』。
赤い靴に『義足』を与えた、『雇い主』。
碌でも無い人間には間違いない。
「くそっ…!」
赤ずきんは空を目掛けて、銃の引き金を引いた。
あの男の言う『惨劇』に付き合うつもりはない。
ただ、あの男と出会った時点で。
あの男が、一連の事件に関わっているのに気付いた時点で。
『初代退治屋』が関わっているのに気付いた時点で。
いつか、『自分』が巻き込まれるのも、気付いていたのだろう。
銃は、まるで空に向かって撃つのを見抜かれていたように。
入れた覚えの無い、空包が入っていた。
副題:『危険なので空に向かって実弾を撃っちゃ駄目です。』
そのうち落ちて来て、当たると最悪死ぬらしいです。
知らない誰かが死のうがどうでも良いと考えてるずぼらな赤ずきんの性格を見越して、安全な弾を入れておいてくれるハーメルンは紳士なんじゃないでしょうか(?)