43:赤ずきんと蝿
「さーて休憩は終わりだ。こいつらを荷台に突っ込め。」
「赤の姉さんは仕事屋の中でも群を抜いて冷血漢ですねェ。」
あぁ、群を抜いてるんだ…これより酷い人は居ないんだ…
「はぁー?この慈悲深くて母性溢れる赤ずきん様に何言ってやがんだ蝿風情が」
「慈悲も母性も微塵も感じませんねェ!」
…蝿は複数人居るらしい。
ここにも5人居るわけだし。
で、口調からして、このよく喋る蝿と赤ずきんは知り合い…なのかな。
シンデレラとも知り合いっぽかったよな。
赤ずきんとここまで言い合える人初めて見るかもしんない…
「母性はガラスの姉さん、慈悲深さなら白雪嬢から感じたコトありますが」
…白雪姫とも知り合いっぽい。
「灰かぶり!?白雪はともかく、灰かぶり!?」
「母性はありますよ。慈悲はゼロですが」
母性溢れる慈悲皆無の人間ってどんなよ。
いやまぁわかるんだけど…そんな感じのヤバさ出てたけど…
「この蝿め!私の魅力を理解できねぇたァ…!」
「赤の姉さんに魅力が無いっつってんじゃねェですや。その冷静さと頭の回転の速さは姉さんの美徳ですぜ」
「ぐぬ…」
おー、凄い。赤ずきんに口喧嘩で勝ってる。
「…オイ!詰め込み終わったか!?」
照れ隠しなのか、若干頰が赤いままで赤ずきんは俺を向いた。
手でOKサインを出して応える。数えたらちゃんと居たし、大丈夫。
「ちんたらしてたら日が暮れる!行くぞ!」
赤ずきんは蝿を一瞬睨んでから馬車に乗り込んだ。
蝿はケタケタと笑いながら、後続の馬車へと引っ込んだ。
うーん…赤ずきんより1枚上手って感じ。
「…うわっ!?」
再び馬車を走らせて数時間。
俺は馬車を急いで止めた。
「ッ!?」
俺も赤ずきんも身体が前のめりになる。
良かった、落っこちるのは免れたな。
「悪ぃ…大丈夫?」
「…なワケ無ぇだろこのクソオオカミ!」
「痛っ…!」
赤ずきんのキックが飛んで来る。脛に。痛い!
「ごめんて…」
「せめて何か言えや!」
今、急停止が必要だったのは赤ずきんもわかっている。俺の隣に居たんだから。
だからこそ八つ当たりが酷い気がするけど…
「予告するほど余裕無かったわ…」
進行方向、1本道のど真ん中に大木が横たわっていた。
「んあ…急に止まったと思ったら成る程、こりゃ進めませんねェ」
蝿がひょいひょいと後方からやって来て大木を叩いた。
他の蝿も大木の周辺に集まる。
「チッ…何だってこんなトコに…」
イライラした様子で赤ずきんは腕を組んだ。
「…地盤が緩んでたんかね?」
「それか、人為的なもんか…」
「根こそぎぶっ倒れてるんで地盤関係でしょうねェ」
人為的なものだったら切り口がありそうだけど、見た感じ無いな。
「オイ蝿!何とかしろ!」
「そんな横暴な…」
蝿が流石に困ったように言う。
道具も何も無しにこの木をどうにかすんのは…
「倍。」
「喜んで!!」
「…金次第でやんのかよ!」
「金で素直に動く奴らだぞ」
蝿は嬉々として大木の対処に取り掛かり始めた。
いや、どーすんの!?
「無理でしょ!」
「倍でやるっつったからなぁ…」
「倍って最初の金額の倍出すってこと!?追加で!?」
「馬鹿テメー報酬金を最初の倍にすんだよ。40だ」
「どっちにしろあんなにあっさり『倍』って言い切れるお前がちょっと怖い!」
これは街に着くの遅れるぞ…
…あ。そうだ。
「赤ずきん、俺ちょっと後ろの馬車見て来る」
「は?」
「蝿が居なくなった隙に脱走するかもしれねーだろ?」
最初の大人しさなら大丈夫かなーと思ってたけど…
さっきの赤ずきんに詰め寄った熱気を考えると、脱走する元気はありそうだ。
「…まぁ大丈夫だとは思うけどな」
赤ずきんは座席に座り直した。
勝手にしろって事だろう。
「手綱いじるなよ?」
「私のこと馬鹿にしてるな…?」
「してねーから」
まずは1番後ろの馬車を見に行くかな。
脱走もそうだけど、いきなり馬車止まってビビってるかもしれないし。
「あ、あの…どうして急に止まったんですか…?」
案の定、村人が恐る恐る聞いてきた。
えーと…別に誤魔化さなくても良いか。
「少々…道が塞がれていたので」
「そんな…」
「対処を勧めているので『静かに』お待ちを」
一応『静かに』と念押しする。
逃げられたら赤ずきんも俺も相応の事をしないといけなくなるし。
「…」
村人は返事をしなかった。
まぁ…そうだろうな。
「…!?キャァァァ!?」
「!?」
悲鳴と、爆発音が聞こえて来た。
視界の端で火柱が見える。
いや…あれ赤ずきんが居る方じゃん!
「赤ずきん!?」
「おう」
「…!?」
赤ずきんはいつものように淡々としていた。
火柱が上がったのはどうやら赤ずきんの目の前らしい。
「赤の姉さん!完了ですぜ!」
蝿が笑顔で言う。
大木は……消し炭みたいになって、道から消えていた。
「な……え?何!?」
「随分派手にやるじゃねぇか」
「姉さんが大盤振る舞いしてくれたもんで!張り切っちゃいました!」
蝿はニコニコしながら言った。
…どう考えても普通の火種で、こうはならない。
「ホント…『何が出来ない』のかわからねぇ連中だな…」
赤ずきんが呆れたような、感心したような声を出す。
「『金以上の事』は出来ませんぜ!」
蝿ってのはどうやら…思ってた以上に、底が知れないらしい。
あんまり関わりたく無いタイプだな…
「ホント、厄介だわ…」
赤ずきんもどうやら俺と同意見らしい。
「さぁさ、行きましょ!あ、そうだ…馭者の兄さん!」
「!?」
「ちょいと…馬車、私と代わってくれやしませんか?」
その提案に拒否権が無いのが、何となくわかった。
「何か用か?」
「えぇ!ちょいと料金オーバーなもんで、ちょいと噂話をば!」
「は?」
赤ずきんは隣の蝿を見る。
貼り付けたような笑顔はいつ見ても変わらない。
「さっき子供が居なくなったって話してたでしょう?」
「あぁ」
「最近ちょいちょい起きてるらしいですよォ?『集団失踪事件』」
「…」
「規模はまぁ…まちまちですが」
蝿のする『噂話』ならば、それなりの価値が付く物なのだろう。
「オイ」
「はいはい何でしょ?」
「集団自殺の噂とか聞いてないか?」
「自殺…ですか。私の耳には入ってませんねェ」
「…ふーん」
死神から聞いた話と、蝿の話。
何か関わりがあるのか、はたまた全く無いのか。それはわからないけれど。
「…面倒なのが絡んでそうだな」
赤ずきんの脳裏にはとある人物が浮かんでいた。
「フン…流石、と言うべきかな『運び屋』」
「そりゃどーも」
今回の依頼人、この辺一帯の領主が言った。
赤ずきんと俺は邸宅に来てるけど、村人達は労働場へ連れて行かれた。
ちなみに蝿は金だけ受け取ってさっさと居なくなった。
「到着は明日にでもなると思ったが…少々侮っていたようだな」
「それはそれは。今後も御贔屓に」
ガタイが良くて強面の領主にも臆せずに赤ずきんが言う。
「もうすぐ夜もふける。客室を用意させているから使うが良い」
「そりゃどーも」
うーん…怖そう。
村人達は大丈夫かな…
「行くぞ」
スタスタと部屋を出て行く赤ずきんに慌ててついて行く。
領主には赤ずきんの代わりに頭を下げておいた。
本っ当に誰に対しても尊大だなお前は…!
「赤ずきん!」
「何だよ」
廊下に出たところで追いついたので、いつとのように横に並ぶ。
「…奴隷、大丈夫かな…?」
「大丈夫?何が?」
赤ずきんがきょとんとして俺を見た。
「いや…あの領主、容赦無く重労働課してそうで…」
「…あー」
「つーか何できょとんとしてんの!?」
「いや、お前が奴隷の心配するとは思わなくてな…」
どういう意味だ!
「ま…お前が心配するような事は無いと思うけど」
「そうなの?」
「明日…明後日くらいにはわかるんじゃねーかな」
「…明後日まで滞在すんの?」
「いや、領主が何か頼みたそうだったから」
何だそりゃ。『頼みたそう』って。
いやでも仕事関連の赤ずきんの勘はよく当たる。
赤ずきんを信用するなら奴隷は…大丈夫なのかなぁ…
翌日。俺は赤ずきんの言った意味が理解できた。
「貴様ら!我等が用意した食事を残すとは何事だ!?」
「食欲が無い?フン、疫病だったら敵わん!医者の元へ行くが良い!」
「オイ、女共に力仕事が務まるか!?作業効率が落ちる!貴様らの小屋でも掃除していろ!」
「男共!キッチリ働け!ここは新しい学び舎が建つのだ!」
「オイ!何故そんな老いぼれが此処に居る!?追い出せ!」
「何?木器の職人だと?くだらん!廃材の整理でもしていろ!無駄な物は出すな!」
「何時まで働いている!?10分間の休息で作業効率が3倍も上昇するのだぞ!」
「手負いの者は邪魔だ!出て行け!」
「女共!掃除が終わったのなら貴様らの食事でも用意するんだな!」
「妊婦だと?邪魔だ!小屋に引っ込んでいろ!」
「貴様らの作業音で近隣の住民が迷惑するのだ!夕刻は作業を禁止する!昼間にせいぜい働け!」
「言い方がきつくてわかりづらいんだけど待遇良いな??」
「だろ?」
思わず眉間を押さえた。
奴隷の様子をちょっと見に来たら…これだよ。
「口調と声色と表情で±がマイナスになってるんだけど、待遇が良い」
「女と老人に肉体労働強いない辺りが紳士的だよな」
「飯は出るし休憩あるし仕事はきっちり8時間」
「住居も集合住宅みてぇなのが用意されてるしな」
何と言っても今朝領主に依頼された内容が『奴隷用の住宅の家具を運べ』だったもんな。
全員にベッド…とは流石にいかなかったみたいだけど、この調子だとすぐに仕入れるんだろう。
「木器職人のじいさん、廃材で食器めっちゃ作ってるし…」
「良い木材ばっかだ、って喜んでたな」
「大丈夫そうで何より…」
「心配して損したろ?」
「…」
した、とは言いたくないけど…心配して損した。
「運び屋」
「あ?」
奴隷たちの様子を窺っていた赤ずきんへ領主が声をかける。
「奴隷の中に子供が見当たらんのは…どういう状況だ?」
「丸ごと誘拐されたらしい」
「何と…!何と嘆かわしい…!」
領主が口元を押さえる。
「何か情報は入っていないのか?」
「無いな」
「くそ…貴重な労働力だ、必ず1人残らず我が奴隷にしてくれるわ…!」
「(…子供達を全員見つけ出して親元へ返すって言い換えて良い?)」
「(良いと思うぞ)」
何か拍子抜けだな…人は見かけによらないっつーか…
でも…
「(お前、子供は見つからない…って言ってたよな?)」
「…」
俺の問いに、赤ずきんはその場で答えてくれなかった。
「聞いてたのか」
『え、何を?』
「乙女の独り言を盗み聞きなんざ…クソみてぇな野郎だな」
『…いや『乙女の独り言』っていう内容じゃなかったと思うけど…』
赤ずきんが答えてくれたのは帰り道だった。
『人間体でも人間とは比較にならないくらい耳良いから気を付けろよ?』
「…」
『内容が内容だったし…』
「…あの村の子供がいなくなった原因は大体見当付いた」
赤ずきんは微妙な声色で言う。
一体どういう感情なんだろう。
『依頼人に言ってみりゃ良かったのに』
「言ってもどうしようも無ぇから言わなかったんだよ」
『どうしようも、って…』
「マトモな奴が敵う相手じゃねーからな」
『…赤ずきんから何かアクションは…』
「しねぇよ」
まぁ、しないよな。
「『アイツ』が…『仕事屋』に喧嘩売って来なけりゃな」
…まぁ、ですよね。
『アイツ』ってのが…仕事屋を敵に回すような馬鹿じゃないことを祈ろう。
副題:『蝿は魔法で大木を焼き払ったようです。』
補足です。
童話世界には一応魔法の概念があります。
しかし一般人に使える物ではありません。
魔法の使い手は主に以下の通りで、
①そもそも人間じゃない
②人間が悪魔の類と契約している
③魔法を使える人間
の、どれかです。③は希少です。
蝿は全員①になります。
以上、本編にはほぼ関係無い補足でした。