39:復讐屋の後日談
昔々、あるところに、おじいさんがすんでいました
おじいさんはまごむすめと2人でしあわせにくらしていました
ある日、まごむすめはわるい男にころされてしまいました
おじいさんはかなしくてくやしくて、
男に『ふくしゅう』することにしました
おじいさんは2匹のうさぎに『ふくしゅう』をおねがいしました
2匹のうさぎはおじいさんに言われたとおり『ふくしゅう』をしました
…そして何故か。
復讐を終えた2匹の兎は、お爺さんの家に住み着いていたのです。
「おはようございます、お爺様!朝餉の準備ができているであります!」
「…あぁ…」
『復讐屋』が翁の家を出発したのが4日前。
そして昨日の朝、翁が目を覚ますと『復讐屋』が既に居ついていたのだ。
笑顔で「「おはようございます、お爺様!!」」と言われては、追い出すに追い出せない。
「おはようございます、お爺様!畑の土を耕しておきました!」
「弟よ!手と顔を洗ってくるであります!汚いであります!」
「ややっ!これは失礼、泥だらけですね!」
姉に言われて弟はバタバタと井戸へ走って行く。
「さぁさぁ!先に頂きましょう!」
「…」
昨日の朝餉もしれっと姉の人兎が作っていた。
味は…普通。というか、美味い。
人兎と人間に味覚の差異は無いのだろうか…混乱し過ぎて、翁はそんな事を考えていた。
「あ!酷いです姉上!お爺様!待っていてくれても良いでしょうに!」
「遅い方が悪いのであります、弟よ!」
「何ですと!?」
「…こら、喧嘩はよしなさい…」
翁が宥めるように言うと、弟は多少むくれたまま座布団に座った。
「時に弟よ!朝餉を終えたらどうするつもりで!?」
「大根の収穫の予定です!」
「それは上々であります!」
「姉上は何か用事が!?」
「出張版白兎漢方堂の営業に!」
「上々ですね!」
「…」
姉の方はどうやら薬剤師らしい。
昨日も市場で臨時の漢方薬局を開いていた。
(ちなみに評判は上々だったようだ。)
弟の方は荒れかけていた畑を耕し、新たな種を植えている。
今日は残っていた大根の収穫をする…らしい。
…何故、何事も無いように、翁の家に住み着いているのか。
なんとなく聞くタイミングを逃して、翁は未だに聞けなかった。
「では行って来るであります!」
「行ってらっしゃいませ姉上!」
「…気を付けて…」
姉は大きな籠を背負って行ってしまった。
籠は使い古されてボロボロだった。
「…あの籠には、何が入っているんだい?」
「商売道具諸々と持って来た生薬諸々かと!それが何か!?」
「…あぁ…いや、子供なら入れそうなほど大きいから…」
「姉上は『大は小を兼ねる』という自論をお持ちなので!」
「…そうかい…」
「それにしても大きいですがね!」
弟はケラケラと笑った。
「さぁ!日差しが強いですから、お爺様は日陰にいてくださいね!」
「あ…あぁ…」
家に入る前…翁はもう一度、姉の人兎を振り返った。
背格好が…孫娘に良く似ていた気がした。
「きゃぁぁ!お爺様ー!助けてくださーい!!」
「…!?」
朝餉から数時間。
畑から聞こえてきた悲鳴に翁は茶を噴き出した。
「げほっ…何…!?」
むせ返りながら畑に行くと、そこにはバタバタと暴れる弟の人兎がいた。
「ど、どうし…」
「蛭!蛭がぁ!何でこんな場所に蛭がぁぁ!?」
「…蛭?」
どうやら畑仕事中に、蛭に噛まれたらしい。
それが離れないから暴れているのだろうか。
「この辺は陸にも蛭がいてね…ほら、暴れるんじゃない…」
「何故そんなに手馴れておられるんですか!?」
「ここに住んでいればそんなもんさね…ほら、取れた」
蛭は弟の左腕にくっついていた。
軍手をした手で翁がそれを取ってやると弟は悲鳴をあげた。
「退治しましょう!塩!塩を!!」
「適当な所に捨てておけば良かろうて…」
「いいえ!何処で悪さをするかわかりません!」
どうやら蛭は苦手らしい。
この調子だとおそらくナメクジも駄目だろう。
「ほら、儂が捨ててくるから…縁側に腰掛けてなさい」
「遠くですよ!遠くに捨ててくださいね!!」
最早泣く寸前である。
『復讐屋』と言えども、まだ子供なのかもしれない。
見かけは――人兎の齢が人間の齢と同じとは限らないが――13か、14歳くらいだろう。
蛭に悲鳴を上げる様が可笑しくて…翁は思わず笑ってしまった。
「…何故兎の姿に…?」
『パニックで思わず!!』
縁側で白い兎が丸くなって泣いていた。
腕からは血がまだ出ている。
「薬を塗るから…ううん…これは人間の姿に戻ったほうが良いものか…」
『それはありがたい!戻りましょう!』
そう言った直後に「ぼふんっ」と音がして、兎は人間の姿に戻っていた。
「…世の中には儂の知らん不思議な事があるものだなぁ…」
軟膏を塗りながらそんな事を呟く翁。
「おや!亜人を見るのは初めてですか!?」
「…亜人?」
「獣人と捉えて頂ければ結構!」
獣人、という言葉は聞いた事があるが…見るのは初めてだった。
「そういえばお爺様、大根の収穫が終わりました!」
「おや…御苦労様、丁度良いから休憩しなさい」
「この後は如何しましょう!?何かする事は!?」
する事、と言っても大して無い。
孫娘が死んでからどんな風に毎日生きていたのかも思い出せない。
そして、その前も…どのように生きていたのか思い出せないのだから。
「…えぇと…」
「?」
「…あぁ、そうだ…シロ、君?」
「はい!シロです!」
弟、シロは元気良く手を挙げた。
「…力仕事を頼んでも良いかい?」
「勿論です!」
先程までも重い鍬で作業していたから、獣人は人間よりも力があるのだろうか。
「…じゃあ…竹を取って来て欲しいんだが、頼めるかい?」
「竹ですか?」
「裏をしばらく行った所に生えていてね…2、3本あれば足りるだろうが…」
「お任せください!」
力強く答えるとシロは立ち上がった。
「今すぐ行って参ります!」
「…いや、茶ぐらい飲んでから行きなさい…」
「まだまだシロは元気ですので!」
そう言うと、道具を背負ってさっさと走り去って行った。
「…やれやれ…」
「ただいま帰ったであります!お爺様!」
「…やぁ、おかえり」
姉の人兎が帰って来た。
「ややっ!?お爺様、我が弟は?」
「少しおつかいを頼んでいてね…」
「そうでしたか!では私は昼餉の準備を!」
「ただいま帰りました!」
ずるずると、シロが竹を引きずって帰って来た。
「お爺様!これで大丈夫でしょうか!?」
「あぁ…大丈夫そうだね、ありがとう」
「お爺様、竹をどうするでありますか?」
「…ちょっとね…」
「「?」」
2人の兎は揃って首を傾げた。
翁は…どこか懐かしそうに、竹を見つめていた。
「竹籠ですか!?」
「竹籠でありますね!?」
「…」
午後。
家中の掃除を終えた兎達は翁の作業を見つめていた。
「お爺様は器用であります!」
「是非とも教えてほしいです!」
「お前は無理であります、弟よ。不器用でしょう」
「姉上、急に辛辣になるのは止めていただきたい!」
「…元々は、婆さんが得意だったんだが…」
黙々と作業していた翁が口を開く。
「天気の悪い日なんかは、暇でね…婆さんから習ったもんだ」
「「お婆様から!」」
「…孫にも、教えて…随分と上手くなった…」
翁の孫娘は、変わった容姿をしていた。
白い髪に白い肌、赤い眼。
…丁度、目の前に居る人兎の姉弟のような。
「…えぇと…イナバ、ちゃん?」
「如何にも!イナバであります!」
「ちょっと立って、これを背負ってみてくれるかい?」
「??」
言われた通りイナバは立ち上がり、編みかけの竹籠を背負った。
「おおっ!凄いフィット感!しかも軽いです!」
「…君の竹籠がぼろぼろだったからね…新しい物を、と思ったんだが…」
どうかな、と聞く前に、イナバは明るい顔を翁に向けた。
「良いのでありますか!?」
「あ…あぁ…どうかな…」
「とっても嬉しいであります!わーい!」
きゃっきゃと喜ぶイナバ。
その姿が…孫娘に重なって、翁の目から涙が溢れた。
「ややっ!?お爺様、どうされましたか!?」
「埃でも入りましたか!?」
「…いや…何でも…何でも、無いんだ…」
まるで孫娘が帰って来たような。
そんなはずは無いのに。
復讐を願った自分が、孫娘と同じ場所に逝けるはずもないのに。
「まるで…あの子が…帰って来たようで…」
「「…」」
「…すまんね…年を取ると涙腺が…」
「人を呪わば穴2つ、とは言いますが」
「お爺様の『それ』は『呪い』ではありません」
「お爺様は『願った』だけ」
「確かに『呪い』の手前ではありますが」
「実行したのは我等『復讐屋』」
「お爺様に何の罪がありましょうか?」
「…!」
2人の兎は優しく笑っていた。
「「きっとお孫様と、お婆様と同じ場所へ行けます」」
「…」
ぼろぼろと、翁の目から涙が落ちる。
「…ありがとう…」
「何を言いますかお爺様!」
「さぁさぁ、竹籠を完成させてください!」
イナバは竹籠を翁に差し出した。
「……」
「お爺様!僕にも何か!」
「お前は使わないでしょう弟よ。姉に譲るであります!」
「辛辣になるのは止めていただきたい!!」
「…ありがとう…」
翁はもう一度、小さく呟いた。
その日の夜、3人でわいわいと夕餉を食べて。
翌日、翁の目が覚めることは無かった。
「『復讐』は、とても精神を使います」
「それを腹の中に抱えたままであろうとも、果たそうとも」
「果たしてしまえば、長くは生きていられないほど」
「そして大抵、『復讐』を果たした後には何も残らない」
「相手を貶めた快感も」
「相手を貶めた罪悪感も」
「ぽっかり空いた心の隙間に入り込むのは虚しさばかり」
「それで我等の『仕事』は果たせるでしょうか?」
人兎の姉弟は歩く
翁の墓に背を向けて歩く
「我等は『復讐屋』」
「『感情』のままの『願い』を叶えるのが我等の『仕事』」
「その願いによって人が死のうとも」
「依頼人の最期は幸せなものでなくては!」
花をいっぱいに供えられた翁の墓のすぐ傍には、2つの墓が並んでいた
副題:『赤ずきんの後日談:船で帰ってみました。』
「結構楽しかったぞ。クソオオカミは始終グロッキーだったけど」
『…』
「何か言えや」
『…船嫌い…』