37:赤ずきんとかちかち山の白ウサギ
『獣人』、と呼ばれる種族がいる。
人の姿をしながら、獣のような特徴を持つ種族の総称だ。
どの程度獣の特徴を持っているかは人によって異なるけど、
大抵は耳や尻尾を持ち、人間より五感が優れていたり、人間よりも頑丈だったりする。
その獣人の中には、人間の姿と獣の姿、どちらにも変身できる種族もいる。
その種族は完全な人間の姿になれ、また完全な獣の姿になれる。
人狼もその中の1つ。
他にも種類は色々いるらしいけど…
獣人の中の数%しかいない、非常に珍しい種族には違いない。
「待って!お願いだから待って!」
「10秒間の情報量が尋常じゃねぇな」
目の前に現れた男と女。
2人に共通する白い髪、赤い目、白い耳。
…駄目だ、視覚からの情報量が多過ぎる!
とりあえず『復讐屋』の部分は無視だ!
「…人兎!?」
「如何にも!我らは人兎であります!」
女の方が答えた。
人兎。
つまり人間体と獣体を自由に行き来できる種族!
「…が、かちかち山のウサギ!?」
「如何にも!我らはかちかち山の白ウサギ!」
今度は男の方が答える。
「…んで、『復讐屋』…?」
「「如何にも!我らは『復讐屋』!!」」
「助けて赤ずきん!」
「何だよ」
赤ずきんに泣きつくと、赤ずきんは呆れたような顔をした。
「どこから突っ込めば良いか全然わかんない!」
「知るかそんなもん」
「いっぱい言いたい事あるんだけど!」
「1個だけ言ってみ?」
1個。1個か。えーと…
「…国籍揃えて…!」
「何のだよ。」
「仕事屋の!」
「あぁ…いや元々そんな揃ってねぇから」
「だってさぁ!今までグリムかアンデルセンで纏まってたじゃん!」
「そうだな」
「何で日本の童話なんだよ!?ん?童話?民話!?」
「お前今日メタいな」
「そんで仲介屋で猫が許されたのに何でこいつら人兎なの!?ただの兎じゃ駄目だったの!?」
「それは別に許してやれよ」
あぁぁもう突っ込みたいトコ多過ぎる!
「そういう貴殿は何者か!?」
「…え、俺!?」
女の人兎が鋭い視線を俺に寄越す。
鋭いんだけど、目が大きくて丸い分、怖さが緩和されている。
「ややっ!?そこに御座すは赤ずきん殿!!」
「よう。久しぶり」
男の人兎へ赤ずきんは適当に手を振る。
「赤ずきん殿!では貴殿は人狼殿でありますか!?」
すると女の人兎は俺を勢い良く指差した。
なんて言うか…リアクションがうるさい!
「そ…そうだけど…」
「「ようこそ!我らは『復讐屋』!!」」
「うるさいなこいつら!」
「とりあえず上がらせろ」
赤ずきんは既にブーツの紐を解いてる。
「これは失礼!どうぞ中へ!!」
「お話は居間で聞きましょう!!」
そう言うと2人は再び室内へ走り去って行った。
…室内で『走り去る』って表現も何かおかしいな。
「改めまして御機嫌よう!!」
「我らこそは『復讐屋』!!」
「お前らびっくりマーク2つ付けないと死ぬ病気か何か?」
「「本編でのメタ発言は控えて頂きたい!!」」
2人に出された茶を啜りながらやり取りを見届ける。
グリーンティーって匂いは好きなんだけど、苦いんだよね…
「遠方より遥々ようこそ!!」
「長旅でお疲れでしょう!!」
「マジで遠い。列車とか初めて乗ったし」
「列車で参られたのでありますか!!」
「船もお勧めですよ!!」
船なぁ…
赤ずきんの家が内陸だし、移動時間は船のが多そうだな。
「…つーかさ…」
「どうしましたか人狼殿!?」
そう言ったのは女の方だったが顔は同時に俺に向いた。
「…かちかち山のウサギって2匹なんだ?」
てっきり1匹であの所業をやってのけたのかと思ってた。
あれ?かちかち山って知ってるよね?
狸が背負った薪に火を付ける。
→火傷に辛子味噌を塗りたくる。
→狸を言いくるめて泥船に乗せる。
→溺死させる。
狸ぶっ殺す流れだけ書くと、これね。
凄い壮絶じゃない?エグくない??
「はい!『かちかち山のウサギ』とは我ら姉弟を指しています!!」
「あ、姉弟なんだ」
「姉のイナバであります!かの逸話では辛子味噌の調合を担当しました!!」
「あれ自家製なの!?」
「普段は村で『白兎漢方堂』を経営しているであります!!」
「え!?何、待って!?」
「弟のシロです!泥船の設計・製作を担当しました!!」
「分担してたの!?」
「普段は村で建築関係の仕事をしています!!」
「『復讐屋』の仕事は!?」
「「随時受付中です!!」」
「赤ずきん!仕事屋の副業って許されるの!?」
「…まぁこんなに堂々と別の仕事してんのこいつらくらいだな…」
赤ずきんが渋い顔をした。
いや、まぁ副業が許されない場合『買取屋』はどうなるの?って話になっちゃうけどね!?
「それで赤ずきん殿!本日は如何なされたか!?」
「同業者キャンペーンで通常価格よりお安く受注可能です!!」
「そりゃどうも」
同業者キャンペーンって何だよ!
対象者があまりに限定的過ぎるだろ!
「だが私は別にお前らに頼みたい事は無ぇ」
「おや!!」
「では如何なされたか!?」
人兎の姉弟は揃って首を傾げる。
「お前ら2ヶ月くらい前に仕事受けたか?」
「安易にお答えはできないであります!!」
だろうな。
だけど赤ずきんも俺も、その依頼内容まで既に知ってるからな。
「今日はお前らの依頼人から言われて来たんだよ」
「「ややっ!?」」
2人の耳が同時にピンと伸びた。
「音信不通だからどうしたのか、だってさ」
「それは面目無い!!」
「申し訳無い!!」
2人は揃って頭を下げた。ついでに耳も垂れる。
…仲の良い姉弟だ。
「お前らがもたもたするなんざ珍しいな」
「いえ、ちょっと事情がありまして!!」
「と言うことはお2人も依頼内容を御存知で!?」
赤ずきんが頷く。
「それならばお話ししましょう!!」
「お爺様の復讐相手の話をしましょう!!」
「あ、目星はもう付いてんのか」
そういや『復讐相手がわからない』場合の復讐もやってくれるんだっけ。
「目星は付いているのであります!!」
「その相手が若干問題なのです!!」
「あ、やっぱびっくりマーク1個にして。ウザいわ」
「「メタ発言は控えて頂きたい!!」」
「どういう会話なの、これ…」
何か調子狂うな…
白雪姫とかも調子狂うけど、こいつらはこいつらで…
「相手はとんでもない糞野郎だったのですが!」
「とんでもない権力者なのであります!」
「権力者?」
「「この辺りの土地を統べる輩であります!!」」
権力者が何をしても、民間人には裁けない。
その権力者自身が法みたいなものだから。
「地主…みたいな?んで、そいつが何したの?」
だが仕事屋なら手を下せる。
こいつらはきっと、王にだって手を下せる。
「若者を攫って臓器売買をする輩であります!」
「お爺様の他にも数十件被害が出ております!」
「…他の人間からの依頼は?」
「無いであります!」
「我らはあまり有名ではないようです!」
仕事屋に有名とか無名とかあんのか。
いや…確かに『情報屋』とか『掃除屋』は有名だと問題ある…かな?
んじゃ、民間では『復讐屋』は眉唾ものってことかな。
「上手く揉み消しているようで、我らも調べるまでそいつの所業は知らなんだ!」
「ですが行方不明者の噂を聞いていたことも事実!」
「そんな極悪人にはどんな復讐が良いでしょうか!?」
「復讐は首謀者だけで良いのでしょうか!?」
「関係者全員!?」
「組織全体!?」
「「お爺様の怨みはどうしたら晴らせましょうか!?」」
2人が交互に喋るのにも慣れてきた。
「…そんで色々考えてたら2ヶ月経ったってことか?」
「「面目無い!!」」
「馬鹿め」
赤ずきんが(舌打ち付きで)吐き捨てると、2人はしゅんと項垂れる。
「…で?どんな復讐にするかは考え付いたのか?」
「「勿論!準備万端です!!」」
「落ち込んだり元気になったり忙しい奴らだな…」
「「そこで赤ずきん殿!!」」
「…え?私?」
珍しく赤ずきんがきょとんとした。
話の流れにきょとんとしたのか、2人の勢いにきょとんとしたのか…どっちだろう。
「我らの依頼を聞いて頂けまいか!?」
「依頼?…何だよ」
「同業者キャンペーンは実施しておられますか!?」
「…何だよ」
赤ずきんが嫌そうな顔をしたけど、何も言わないから良いってことなのか。
2人の人兎は顔を見合わせ、頷き合ってから言った。
「「我らをお爺様の元へ連れて行って頂きたい!!」」
「3人乗せて走んの?」
「いけるだろ?」
「しかもこいつらの荷物もあるんだろ??」
「いけるだろ??」
「…嫌だ!」
「うるせぇ!ごたごた言わずに化けろクソオオカミ!」
復讐屋の…白ウサギ達の依頼は『爺さんの家に連れて行く』こと。
赤ずきんはその依頼を受けた。
いや、受けるのは良いけど運ぶの俺だからね??
「だから1日に何度も人間体と獣体の行き来させるなって…ぐえっ!」
「お前の都合なんざ知るか!」
「赤ずきん殿、それは辛辣であります!」
「動物虐待です!」
「お前らだってさっさと運んで欲しいだろうが!」
「「早いに越した事はありませんが、この状況では人狼殿の味方です!!」」
あっ、何か味方に付いてもらえてる。
「…何だよ、そんなに人間になったり獣になったりすんの疲れんの?」
「かなりの負担であります!」
「へー…そうなんだ」
「この調子では普段から苦行を強いているのでは!?」
姉の…えーと、イナバが、赤ずきんに軽い説教を始めた。
凄い。姉属性凄い。
「人狼殿!」
『え?何?』
俺には弟のシロが話しかけてきた。
「人狼殿はいつもこのくらいの荷物を運んでいるんですか!?」
『あー…まぁ、そうだな。これくらいはざらにあるわ』
これくらい、と言うのは…うーん、何て説明しようかな。
赤ずきん2人分の重さの荷物プラス、赤ずきん本人くらいは普通に運ぶ。
あ、今回運ぶのは『復讐屋』の荷物ね。
中身は…見たくないから見てない。
「今回は更にプラスして我らが入ると!」
『そうだな』
「申し訳ない!!」
『…いや、まぁ…もう良いよ別に…』
謝られても困る。
もう諦めてるから良いよ別に。
「おいオオカミ!準備は!?」
説教が嫌になったのか、赤ずきんが大声で言う。
『終わった。何時でもどーぞ』
「よし、復讐屋!行くぞ!」
「あ、そうだ!姉上!」
「何でしょう弟よ!」
赤ずきんはすぐに荷車に乗ったけど、2人は乗らなかった。
「ここは変身して参りましょう!」
「そうですね!同種族のよしみであります!」
『俺とお前らが同種族かどうかは微妙だと思うけど…』
「…カテゴリは同じだろ」
赤ずきんと俺がそんな事を言った直後…
「「せいっ!!」」
ぼふん、という音と共に、2人の兎は『2匹の兎』に変身した。
「おぉ…」
人兎も勿論、完全な獣体になれる。
いや、赤ずきん。驚いてるけど俺で見慣れてるでしょうよ。
『これで軽くなるでしょう!』
『どうせならこのままの姿で仕事に参りますか!?』
「怖いな、それ」
怖いなー、それ!
喋る兎が復讐しに来るんでしょ?怖いなー!
『では赤ずきん殿!』
『人狼殿!』
『『お願い致します!!』』
2匹が荷車に飛び乗った。
…当たり前だけど、人間よりずっと軽い。
「行くぞ!」
『了解!』
こうして『復讐屋』を乗せて、赤ずきんと俺は爺さんの家へと出発した。
…仕事屋が『荷物』ってのも、凄い状況だなぁ…
副題:『言えば『!』を減らしてくれる姉弟。』
彼らはどんなエグい復讐をするのでしょうか。