35:赤ずきんと御隠居さん
「オオカミ君ー!私ちょっと出掛けないといけないのー!
赤ずきんと留守番しててもらえるー!?」
「んー??待って??」
『赤ずきんとオオカミの留守番』っていう字面ヤバくない?
赤ずきん食われない?俺は別に食わないけど。
「おーい、赤ずきんー?」
赤ずきんの母親の意味不明な伝言から数分後。
赤ずきんの家の前まで来たけど…中から応答が無い。
いや、意味はわかるけどね?おかしいよね??
っていうか出だしが何かデジャブだね??
「お前の母親に、お前と留守番するようにって言われたんだけどー…」
気配は…するような、しないような。
「赤ずきんー…?」
ノックしてもう一度呼びかける。
すると、家の中から足音がした。
ドアがゆっくり開く。
「ったく、お前の母親はホントに何を考えて…」
「あ、オオカミ君!お久しぶりです!」
「…!?……!?」
予想外の声と姿に、一瞬身体の機能が停止した。
「…お邪魔しました!」
そして反射的に扉を閉める。
「あ、待って待って!何で閉めるんですか!」
「くっ…!」
閉めようとしたが、止められた。
「どうも!人間体では初めましてですね!」
ニコニコと笑うこの男。
ニコニコしてるけど俺と互角の力比べをして扉をミシミシ言わせてるこの男!
「…何で死神が居んの!?」
「来ちゃいました!」
「来ちゃいました!じゃねーよ!」
「オイ…いつまで漫才やってんだ!早く入れ!」
家の奥から赤ずきんの怒号が聞こえた。
「何で死神が居るんだよ!?」
「知るか!」
「知らねーのかよ!」
「お2人とも、普段こんなボリュームで会話してるんですか?」
「そんなわけない!」
「ドア無事だろうな?」
「えぇ、問題ありませんよ」
「…何で当たり前のように台所で紅茶淹れてんの?」
現状をありのままに伝えると、
赤ずきんはソファに沈んでて俺は向かい側に座ってて、
死神は台所から紅茶持って来た。
お前の家かよ!
「どうぞ!本日のお土産です!」
「まーた自家製の紅茶…」
「この間のやつか!あれ美味かったな!」
あ、赤ずきんが起き上がった。
そんなにキラキラした顔見るの久しぶりだわ。
「ブレンドを変えてみたので味は変わるかもしれませんが…」
「お前のお茶は全部美味いから問題無い!」
「恐縮です」
「…」
赤ずきんが絶賛するのって珍しいな。
っていうかさ、
「…何で人間体の俺見て『オオカミ』ってわかったわけ…?」
凄く素朴な疑問をぶつける。
『人間体では初めまして』ってこいつがさっき言ったんだし。
「え?あぁ、死神は生物の魂が見えるんですよ」
「魂?」
「オオカミ君は、外見は違っても魂が同じだったのでわかりました」
「…その能力は死神引退しても継続すんのか…」
「そう…なんですけど、ねぇ」
ふぅ、と死神が溜め息をつく。
…え、何?何その意味ありげな溜め息?
「死神、そろそろ用件を言え」
赤ずきんがティーカップを持ったまま言った。
「何で来たのかまだ聞いてないんだ?」
「こいつ勿体ぶって全然言わないんだよ…」
「言います、言いますってば。本日は赤ずきんさんに聞きたい事がありまして…」
「?何…?」
あ、紅茶美味い。前回は飲まなかったからな。
「最近弟子達が多忙で死にそうらしくて…」
「…?」
「それってつまり『予想外の死人』がとても増えてるって事なんですけど」
「んぐっ…!」
吹き出さなかった俺を褒めてほしい。
ってか死神に『死』の概念はあるの!?
「何か心当たりはありませんか?」
「げっほ…ごほっ!」
予想外過ぎる質問に、俺はしばらく咳をする羽目になった。
「何で私に聞くんだ?…そういうのは情報屋に聞けっての」
訝しげに赤ずきんが言う。
「勿論、これから白雪さんの所にも伺う予定なんですけどね」
「お前白雪姫と顔見知り?」
「えぇ。仲良しですよ!」
「接点が全くわかんねぇな…」
赤ずきんの呟きに、死神は笑顔で言った。
「彼女が毒林檎食べた時に魂の回収に行ったのが私です!」
「げほっ…知り合った経緯が!それで良いの!?」
「へー。その頃お前現役だったのか」
「えぇ!引退寸前でしたけど!」
「回収しなかったの!?魂回収しなかったから白雪姫生きてんの!?」
何!?白雪姫が生きてんのって死神の気まぐれ!?
「しなかったと言うか…回収に行ったら白雪さんと意気投合して…」
「意気投合すんな!」
「お喋りしてたら、いつの間にか身体に戻れることになってて!」
「呑気に喋んな!」
「今も仲良しですよ!たまにお野菜送ってます!」
「ほのぼのしてんじゃねーよ!」
「おいオオカミ。ツッコミはその辺にしろ。話が逸れる」
「俺帰って良い!?」
「お前がいなくなるとこいつがボケ倒すからダメ。」
ツッコミはその辺にしろって言ったのに!?
俺、ただのツッコミ要員じゃん!いらないじゃん!
「で、何で白雪姫の前にウチに来たって?」
「白雪さんは滅多に外出しないでしょう?
移動の多い赤ずきんさんのほうが何か情報を持ってないかと思いまして」
ほらー!そうやって急に真面目な話に戻るー!
もう俺ボイコットするから!
「つーか死神が多忙で死にそうとか…『予想外の死人』って何?」
「そうですね…まず死神の基本業務についてお話ししましょうか」
死神は紅茶を一口飲んでから、話し始めた。
「死神の業務は『魂の回収』です。死の直前の人間の元へ行き、死後、魂を回収します」
「死の直前?」
「えぇ。死神は人間の寿命を知る事が出来ます」
「…寿命以外で死ぬ奴は?」
赤ずきんの言うように、人間の死因は寿命だけじゃない。
いきなり病気で死んだり、事故で死ぬ事だってある。
「病気の場合はある程度死期を視る事が可能です」
「ほー」
「あと、恨みを買い過ぎてそろそろ後ろから刺されそうな人間も」
「真面目な話なのにちょっとずつボケるのやめてくれない!?突っ込んで良いかどうか迷うから!」
あ、さっきボイコット宣言したのに突っ込んじゃった…
「じゃあお前が言う『予想外』って何?」
「そうですね…主に2つ。『自殺』と『通り魔による他殺』です」
「え、通り魔?」
「善良な市民すら通り魔に殺されたりしますからね。そういうケースは『予想外』なんです」
「へぇ…」
「それから『自殺』は本人の意思で死期を早めているので…視ることができません」
ふーん…
人間って何で自殺するんだろ?
全然理解できない。
「ですから、自殺者が異常に多い地域や…通り魔の噂か何か、御存知ないですか?」
「んー…」
赤ずきんは考え込みながら、ちらりと俺を見た。
首を横に振る。俺は聞いたこと無い。
「今のところ、そういう噂は聞いたこと無ぇけど…」
「そうですか…」
死神は残念そうな顔をした。
「弟子が多忙過ぎて…折角引退したのに『戻って来い』とか言われるし…隠居生活を謳歌してるのに!」
「弟子が可哀想だな」
「何でです!?」
「つーか多忙で死にそうになるほど人手不足なワケ?超ブラックじゃん」
「そんな事はありませんよ。普段はホワイトです!」
こいつが言うと信用ならないのは何でだろう。
普段はホワイトって何だよ。
「いきなり沢山死なれると困るんですよ!」
「まぁ…仲介屋の国のギルドも似たようなもんか…」
「え?」
「何でも無ぇ」
配達ギルドか。バーク元気かな…
死神はきょとんとしたけど、特に追求はしなかった。
それにしても…そんなに『予想外の死人』が出る状況って何…?
集団自殺?…通り魔が多発はしないよなぁ…
…どっちにしろ、ロクな状況じゃねーな。
「何だか、少し荒れそうな気がしますねぇ」
ふぅ、と死神は溜め息をついた。
「…滅多な事言うんじゃねぇよ」
「おや、赤ずきんさんはそんなに神経質でしたか?」
「…引退してるとはいえ『神』の予感がタダで済むとは思わねぇからな…」
「ふふ、予感なんて大したものではありませんよ」
そうか、こいつ神様か…忘れてたわ。
穏やかに笑うのを見てると、こいつが死神とは思えないな。
「私は所詮、隠居の身ですから」
「隠居生活がいつまで続くかねぇ?」
「赤ずきんさんこそ滅多な事を言わないでください…」
さっきの意味ありげな溜め息は仕事復帰への憂いか…
ってか弟子が困ってるんだからちょっとは助けてやりゃ良いじゃん。
…いや、そもそも…何でこいつ引退したんだろ?
「おっと、そろそろ私は御暇しますね」
一通り話し、一息つくと死神は立ち上がった。
「紅茶、御馳走さん」
「いえいえ、喜んでいただけたようで何より!」
「白雪姫のトコ行くのか?」
「えぇ!」
うーん…笑った顔の雰囲気が白雪姫と似てるなぁ…
「何か噂を聞いたら知らせていただけませんか?」
「わかった」
「ありがとうございます。オオカミ君も、何か聞いたら知らせてください」
「ん。わかった」
赤ずきんと、玄関まで死神を見送る。
「それでは御達者で」
死神は俺達へニコッと笑うと…
「…!?」
目の前から消えた。
小さく死神の周りに風が吹いたと思ったら、いなくなっていた。
「…は!?」
「…『神様』だぜ?このくらいできるだろ」
呆れたように言ってるけど、赤ずきんの表情は若干動揺していた。
「…どうすんの?さっきの噂っての調べんの?」
「はぁ?何でだよ」
「え、そんな嫌そうな顔されると思わなかったわ…」
「そんな慈善活動するほど仕事屋は暇じゃねぇよ」
「まぁ…そうか」
今日は仕事無かったけど、月3回休みあるかどうかだもんな。
「ま、偶然聞いた噂くらいは流してやるさ」
「こんだけ各地を飛び回ってりゃ聞くかもね…」
「私が積極的に関わるのは『仕事屋に喧嘩売られた時』だけだ」
そう言って赤ずきんはリビングへ戻って行った。
その一言で何故か、これから嫌でもこの件に関わる事になるんじゃないかって…
そう、思ってしまった。
副題:『死神が会いに来る度、小人達は戦慄する。』
そんな事は知らず、仲良くお茶を始める白雪姫。