33:裸の王様とワーウルフ
「うおお!何と!何と!!」
王様が凄いテンションで、玉座をひっくり返しそうな勢いで立ち上がった。
今すぐ逃げ出したい!!
「ワーウルフとは!また面妖な!!」
王様はダッシュで俺の方まで来て、俺の頭に手を置いた。
「ワーウルフ?」
隣に立つ赤ずきんがきょとんとする。
『…人狼の、別の呼び方…』
ワーウルフ、ウェアウルフ、ライカンスロープ…
『人狼』を指す言葉は結構ある。
まぁ人狼って呼ばれ方が1番しっくり来るけど…
狼男、なんて呼び方も…あれ?
「無駄に格好良い呼び方すんじゃねぇよオオカミの分際で」
『理不尽過ぎない?』
「おぉ!獣の姿でも会話が出来るのか!」
王様は容赦無く俺を撫で回す。
乱暴ではないが強引ではある。
『猫もそうでしょうよ…』
「そういやあいつ、何で喋れるんだろ。猫のくせに」
『あいつ多分純粋な猫じゃな…ぐぇっ』
「仲介屋からは『凄い立派なオオカミ』としか聞いていなかったからな!まさかワーウルフとは!」
「テンション上がり過ぎだろ」
赤ずきん!呆れてないで助けてくれない!?
「赤ずきん殿であれば乗せて走れそうだな!」
「あ、乗ったことある」
「やはりか!あぁ羨ましい!」
俺はそもそも人間に撫で回されるのが好きじゃない。
ましてや、筋肉隆々のおっさんに撫で回される趣味は無い!!
『王様、適当なところでご勘弁を…』
「毛並は…む?少しボサついているか…」
『それは俺が適当なせいです…』
別に誰に見られるわけでもないし、
っていうか赤ずきんと荷物を運ぶだけだし。
毛並はそんなにちゃんと整えてない。
ちなみにその状態で人間体に戻ると髪がボサボサに…
「トリマーを呼べ!従者殿のトリミングを!」
王様が手を叩いて叫んだ。
…って、え?
『……いやいや!いらないです!何!?』
すぐに数名のメイドがやって来る。
え、何!?トリマーってあれでしょ、犬とかの毛を手入れする奴でしょ!?
『いらない、いらない!助けて赤ずきん!!』
「良いじゃねぇか。ボサボサなんだからやってもらえば?」
『超他人事!』
「その通りだわ」
「良し、その間に赤ずきん殿は買取値の話をしようか」
そういや王様、「買おう」とは言ったけど「幾らで」とは言ってねーな。
赤ずきんも値段提示してないけど。
…いや、そうじゃない!
『こんな大人数に俺が人狼ってバラして良いわけー!?』
「まぁ…『仕事屋』関連の奴はパスだ」
関連って…!
あ、そういや白雪姫の小人達も知ってるけど…
いやそれは今どうでもいい!
『赤ずき……あああもう聞いてない!』
赤ずきんは既に王様と話し込んでいた。
悲鳴虚しく、俺はメイド達に別室へ連れて行かれた…
「はぁー…そんなに出すかい…」
「足りないか?もっと出しても良いが?」
「逆だ。出し過ぎだろ…こんなに値が付くとは…」
「実に興味深い品々だったからな。いや、買い物は同業者からに限る!」
王は満足気に頷いた。
そんな王を赤ずきんは不思議そうに見ていた。
「同業者って…『仕事屋』?」
「無論。以前『退治屋』からも呪術に用いる壺を買ったのだ!」
「何でそんなもん持ってんだアイツ…」
「仕事の都合で手に入ったそうだぞ」
「アイツも移動激しいからな…」
「全く、世界中を駆け回れる仕事屋が羨ましいよ」
赤ずきんはきょとん、と瞬きする。
「そうかァ?…面倒だぞ?あんたは動かなくても仕事来るから良いじゃん」
「またまた。世界中旅が出来るのだろう?」
「仕事だ仕事。楽しいもんじゃねぇよ」
「御商談中、失礼致します」
2人の元へメイドがやって来た。
「王様、先程のオオカミ様の…」
「おぉ!終わったか!」
王の顔がパッと輝く。
対して、赤ずきんは呆れたような表情だった。
「(何つー無邪気な…白雪姫並み…)」
「さぁお披露目だ!従者殿…いや、オオカミ殿!」
メイドに引きずられ別室へ連行。
待ち構えていたトリマー?数名にシャンプーやらブラッシングやら何やら色々されて再び王様の部屋へ。
何これ?何なのこれ??
「お待たせ致しました、王様」
『マジで何なの…』
げんなりしながらメイドの後ろをついて行く。
そして俺を見た王様の顔が…パッと輝いた。
「オオカミ殿…おおお!毛並が艶やかに!」
『ひぇっ』
思わず変な声が出る。
仕方ないよね!また撫で回される危険があるんだもんね!
すると王様のすぐ近くで「ぶふぉっ!」という声(音?)がした。
「ぶっ…はははは!何か!すっきりしたなお前…ぷっ、くく…!あははは!」
俺を見た赤ずきんはゲラゲラと笑い出した。
『笑ってんじゃねーよ赤ずきん…』
「だって何か、体積が…!体積が、減った…!あははは!」
「確かに、一回り小さくなったなオオカミ殿」
『そんなに!?一回りって相当なんだけど!?』
確かに毛はボサボサで伸ばしっぱなしだったけど!
「撫で回したい所だが…しかし再び乱れてしまうのは勿体無い…!」
あ、何か王様が思い留まってくれてる。
「ひひ…!なぁ、お前さ…その状態で、人間に戻るとどうなんの?…ぷふっ!」
『お前笑い過ぎだから!何でそんなにツボ入ったの!?』
まだ笑いの収まらない赤ずきんが聞いてきた。
どうなんの?って、そりゃあ…
ボサボサの毛並で人間体になると髪がボサボサになるんだから…
「…こうなるけど」
俺はその場で人間体に戻った。
ボサボサで不揃いだった髪は綺麗に整っている。
あっ、何か無駄にキューティクル凄い。手触りが何か凄い。何か腹立つ。
「つーか今日、獣体と人間体の行き来し過ぎてヤバ…赤ずきん?」
さっきまであんなに笑っていた赤ずきんはぴたりと静かになっていた。
と言うか、俺を見て固まっている。
目を見開き、口も半開きで固まっている。
年頃の女の子がそれで良いのかな。
「おぉっ!先程はフードで見えなんだが、端整な顔立ちなのだな!」
「そりゃどうも…」
「…」
「…おーい?赤ずきん?」
赤ずきんの目の前で手をひらひらと振る。
すると赤ずきんはハッとして俺の手を引っ叩いた。
「痛っ!」
「おい買取屋!やり直しを要求する!!」
赤ずきんは勢い良く王様に向き直り、その勢いのまま叫んだ。
やり直しって何!?切った毛は元に戻らないんだけど!?
「何ぃ!?何故だ赤ずきん殿!?」
「いっそ丸刈りにしろ!それなら大丈夫!」
「俺が大丈夫じゃねーよ!何だよいきなり!?」
すると赤ずきんは再び俺を向いて、叫んだ。
「だってこんな『クラスの冴えない男子がお洒落男子プロデュースでイメチェンしたら実はイケメンでした!』みたいな少女漫画的な展開!私は認めないからな!!」
「有りそ…いや無いなその展開は!男子が男子にプロデュースされる展開は多分無いな!?」
「うるせぇ黙ってフード被ってろ!」
「理不尽!」
赤ずきんに無理矢理フードを被せられ、ついでに蹴られる。
勝手に毛ぇ切られた挙句蹴られるとか何なの?俺、可哀想じゃない??
「はっはっは!仲が良いな2人は!」
「テメー、目ぇおかしいんじゃねぇのか!」
「赤ずきん!同業者かもしれないけど王様だから!相手、王様だから!」
何だろう、赤ずきんが人と会話してるの見ると胃が痛くなる!
「さて赤ずきん殿!買取値は先程の額で良いかな?」
「あぁ!?…あぁ、良いよ。貰い過ぎな気もするけど」
俺がいない間に金の話は終わったらしい。
一体幾ら貰ったんだかなぁ…
「それは何より。ではもう1つ商談と行こうか」
笑顔の王様の指が…俺に向いた。
「オオカミ殿を買い取りたいのだが…幾らで売ってくれるだろうか?」
「…んな事だろうと思った…」
恐らく時間はせいぜい5秒…しかし感覚ではもっと長い間固まった後、赤ずきんが溜め息交じりに言った。
「…え、」
「猫に売られたな、お前」
「あの猫今度会ったら食って良いかな…」
「私が許可する。殺れ。」
「オオカミ殿も!悪いようにはしないぞ!」
王様がとても良い笑顔で言う。
いや、そんな事言われても俺は嫌だ。
悪いようにされなくても嫌なもんは嫌だ!
でも赤ずきんは値段次第で俺のこと売り飛ばしそうな気がする!!
「断る。こいつがいないと『足』が無くなるんでな」
…あれ?
意外な言葉が聞こえた。
「足?…では馬も付けよう!」
「断るったら断る」
ぴしゃり、と赤ずきんは言い切った。
…超意外なんだけど。
「何故だ!正直オオカミで運搬するよりも馬の方が効率的だぞ!?」
「(それは常々俺も思ってる!)」
「んー…何でって聞かれても…」
ふと、赤ずきんの視線が俺に向いていた。
「…何だよ」
「…」
そして再び赤ずきんは王様を見る。
「今日は商品のつもりで持って来たんじゃねぇから、かな?」
「…」
今日は、ってのが引っかかるけど無視だ。
王様は暫し黙り込んだ後、溜め息を吐いた。
「そうか…残念だ…こんなに良質な人狼も珍しかろうに…」
「(人狼の質って何で決まるんだろう…)」
「じゃ、そういうことで。帰るぞオオカミ」
赤ずきんは王様の側近から袋(多分金が入ってる)を受け取ると、さっさと踵を返した。
「あー…では王様、失礼致します…」
相変わらず赤ずきんが挨拶しないので代わりに王様に一礼しておく。
「オオカミ殿は…」
「へっ?」
「オオカミ殿は良いのか?私の元ならば…過酷な労働はさせんぞ?」
「…」
過酷な労働、ねぇ…確かに過酷なんだけど。
「俺は…『運び屋』の仕事の手伝いが、案外好きなので」
もう一度王様に礼をして、王様に背中を向ける。
「早く来いクソオオカミー!!」
赤ずきんはとっくに部屋からいなくなっていて、多分廊下からそんな声が聞こえて来た。
思わず笑う。
「はいはいっと…」
俺は空になった荷車を持って、赤ずきんを追った。
「ふむ…残念だ」
赤ずきん一向がいなくなった後、王はぽつりと呟いた。
「王様、お望みであれば近隣に生息する人狼の捜索を…」
「あぁ…そうだな。いやしかし、あの人狼が欲しかった…」
残念そうに首を振りながら王は玉座へ腰掛ける。
「それほどの価値が、あの人狼に…?」
側近は訝しげに言う。
すると王は「クク、」と笑った。
「酔狂だと思わんか?」
「は…?」
「あの人狼だ…全く、悪いようにはしないと言っているのに…」
「…あの、王様、私には何の事やら…」
「『赤ずきん』の傍にいる『オオカミ』の末路が…わかっていないわけでもあるまいに、なぁ?」
「そうだ、運び屋に1つ伝え忘れたな…○○でも構わない、と」
副題:『この後王様の出番はしばらくありません。』
キャラは濃いけど影は薄い。