29:赤ずきんと長靴をはいた猫
「で…どんな厄介な仕事を押し付けたいわけ?」
『嫌だなァ赤ずきんさん!そんなに警戒しなさんなって!』
『運び屋』に仕事を頼むには、まず最初に赤ずきんの母親に話を通す。
実はこの時、ある程度の信用が無いと赤ずきんの母親は仕事を受けない。
だから新規の客や怪しい客は相当な金を積む必要がある。
しかしどうしても金を積みたくない場合、或いは金を積んでも断られそうな場合。裏技がある。
赤ずきんに『直接』仕事を頼むと、赤ずきんは仕事を『断れない』のである。
この裏技を知ってるのは仕事屋くらいしかいないらしい。
「うわーデカい屋敷…あとこの辺の田園全部、お前の飼い主の物か…」
赤ずきんは感心してるのか呆れてるのか、微妙な声を出した。
『凄いでしょう!流石は御主人様!』
「お前の飼い主は何もしてないだろうが」
「…」
『長靴をはいた猫』って、何をした奴か知ってる?
まぁ色々端折ると…自分の飼い主(平民)と国王の娘を結婚させた。
何故接点が生まれたのかと言うと…国王に贈り物をしまくったから。
『我が主、カラバ侯爵から国王様へ!狩りの獲物を献上します!』
みたいな事を言って。
これ全部嘘だから。
侯爵じゃねーし、狩りもしてねーし。名前も怪しいし。
堂々と嘘付く奴って本当に凄いよね。
で、土地は…悪魔が持ってた土地を強奪したんだったか?
『さぁさ、どうぞ赤ずきんさん!オオカミさんも!』
「邪魔するぞ」
「…お邪魔しまーす…」
どうやって悪魔から土地を強奪したのかは端折るね。長くなるから。
「あぁ…どうも、貴女が『運び屋』ですね。ようこそ、お待ちしてました」
屋敷を入ってすぐに、素朴な青年が迎えてくれた。
こいつが…
『御主人様!こちらが赤ずきんさんに、従者さんでさァ!』
…カラバ侯爵ね。
…うん、身なりはそこそこ良いけど…平民感ある!
「赤ずきんだ。国王から荷物のお届けだぜ」
「ありがとうございます!お茶を用意してますので、是非どうぞ」
赤ずきんは足元の猫に視線を落とす。
猫はニヤニヤと笑っていた。
「そりゃどうも。貰おうか」
赤ずきんは普段、お茶の誘いを断る。
断らないということはつまり、こいつからの仕事を受けるってことだ。
「半信半疑だったんですが…本当にウチの猫と知り合いなんですね」
「あぁ?」
俺、この人のこと何て呼べば良いんだろ。侯爵?侯爵で良いか。
メイドがお茶を運んで来た後、侯爵が言う。
「いや、こいつがね。『何でも王都に赤ずきんが来てるらしいでさ!お友達なもんで、ちょっとお土産持って挨拶して来まさァ!』…って言ってたから」
「…知り合いにゃ違いねぇな」
『そんなー!赤ずきんさんのいけずー!お友達じゃないですかー!』
猫は侯爵の膝の上で丸くなって抗議している。
そういえばこの猫、名前あるんだろうか。
「じゃ土産はこの猫からだったのか?」
「あー、いや、何と言うか。こいつがその辺で獲ったネズミとか持って行こうとするから止めました」
「グッジョブ!」
「なので、物自体は私と妻で用意しましたが…気に入っていただけました?」
「おう。気遣いすまんな、感謝する」
誰かこいつに可愛い喋り方を仕込んで!急いで!!
つーか、この猫最初はネズミ持って来ようとしたのか…赤ずきんがパニック起こすわ…
…その辺も計算済みの行動なのかな?
「いえ、それなら良かった。王都では配達ギルドでしばらくお仕事をされていたとか?」
「おう」
「あそこに知り合いがいるんですよ。バークって奴。御存知ですか?」
「あ、バークはギルドマスターにしたわ」
「ええええ!?マジですか!?」
ええええ!?はこっちの台詞だわ!
バーク!?侯爵と知り合いなの!?そんな所にも接点生まれるの!?
ってか侯爵が「マジですか!?」とか言うなや!だから平民感が抜けないんだ!
「へー、知り合いだったのか」
「幼馴染で…今は王都に住んでますが、あいつ昔は田舎に住んでたんですよ」
「ほう」
「えぇー…そうか、あいつギルドマスターか…出世したなー…」
「多分お前には言われたくないと思う」
赤ずきんが非常に的確な突っ込みを入れてくれた。ありがとう!手間が省けた!
「結婚のことですか?いやぁ、私にも何が何だか…」
「だろうな」
『トントン拍子ってやつですねェ!』
「ちょっと違うような…」
侯爵は曖昧に笑う。
うん、俺もちょっと違うと思う。
「ってか未だにこの屋敷が誰のものだったのか知らないんですけど…」
「マジか」
『だからー、空き家だったんですって!』
「それにしちゃ前の人の持ち物残り過ぎな気が…」
そりゃ直前まで住んでたからな。住んでた状態のまま物が残ってるよな。
『皆まで言うな、って言うでしょ!気にしなさんな!』
「まぁどうせ教えてくれないだろうし…」
『あ、そうそう!前の住人の持ち物でちょっと困ってることもありましてねぇー。ね、御主人様!』
「え?あぁ、うん…」
『是非赤ずきんさんに相談してみてはどうですかい!?』
ぴくり、と赤ずきんの眉が動いた。
「え、運び屋に相談してどうすんの…御門違いでしょうよ」
『そうかなー?だって『運び屋』ですよ!?何でも運んじゃいますよ!』
「えぇ…」
『普通の荷物、壊れ物、人間、怪しい薬に武器、産業廃棄物まで!ねー、赤ずきんさん!』
「産業廃棄物は運んだこと無ぇけど…」
「他はあるんですか!?」
あるんだよなぁ…少なくとも俺は全部運んだ経験があるんだよなぁ…
で、侯爵は何を運びたいんだろ?
「えーと、じゃあ…試しに聞いてみてくれます?」
「言ってみ」
「ありがとうございます。ついさっきチラッと言った、前の住人が置いて行った物なんですけど…」
侯爵は疲れたように溜め息をついた。
「使える物は使ってるんですけど…その、変わった趣味の人だったみたいで、変な物が結構残ってるんです」
「例えば?」
「何て言うんですかね…変な悪魔の像とか、やたらとでっかい鍋?とか…オカルト趣味?だったんですかね?」
「捨てりゃ良いじゃねーか」
「捨てるにも困る大きさだったり1人になるタイミングが無かったりで…妻に見られたら趣味を疑われそうで…」
まぁ粗大ゴミは捨てるのにも苦労するよな。
万が一にも使用人とかに見られたら『ヤバい奴』のレッテルを貼られるだろうし。
「…じゃ、その『捨てるのに困ってる物』を運べば良いわけ?」
「へっ?」
侯爵はぽかんとして赤ずきんを見た。
「ど、何処に?」
『そりゃ御主人様、然るべき場所にですよう!』
「そんな曖昧な依頼でも大丈夫なんですか!?」
「まぁ大丈夫か否かで言ったら、大丈夫だな」
「へぇー!じゃあ、お願いしても良いですか!?」
「おー」
『ねっ!言ってみるもんでしょ御主人様!』
猫は満足気に笑う。
…赤ずきんからは若干の不機嫌オーラが感じられるんだけど。
「ありがとうございます!あ、じゃあちょっとお願いしたい物の整理してきますね!」
『ニャッ!?』
侯爵が勢いよく立ち上がったため転がり落ちる猫。ざまぁ。
「ちょっとだけ待っててもらえますか!?」
「良いよ別に」
「すぐ準備します!」
そのまま侯爵は部屋を飛び出して行った。
『もー、御主人様ったらいきなり立たなくても良いでしょうにー』
「…」
赤ずきんがこっちを見た。
全てを侮蔑したような顔で、顎で猫を示す。あっ、ハイ。
『ニャッ!?な、何するんですかい旦那ァ!?』
床に転がっていた猫を両手で掴みあげる。
「いや…『食ってしまえ』って赤ずきんの目が言ってたから…」
『いやぁぁぁ!やめてくだせぇ!あっし食べても美味しくないですからぁぁ!』
俺の手の中で猫がじたばたと暴れる。
「こっちはどんな面倒な依頼が来るかと思って待ち構えてたのによォ…あ?コラ!」
『お助けぇぇ!』
「大した用でも無ぇのにわざわざ土産とか大量に寄越すな!嫌味か!!」
「…え、あの依頼は大した用では無いの?」
「はぁ?大した事無ぇだろ?」
「俺、届け先が決まってない依頼受けるの初めてだけど!?」
「だからその場合は…」
―ガチャッ
「お待たせしました!…あれ?…猫、お好きなんですか?」
「おう、こいつ猫好きでな。勝手に触って悪いな」
「騒がしい奴ですが、毛並みは良いですよ!」
おう…赤ずきんのファインプレー…!
侯爵は「どうぞ撫でてください!」と言わんばかりの笑顔だし、俺がまさか猫を食おうとしてるとは思わなかったみたいだな!
「そういや1個だけ承知しといて欲しいんだが」
「はい?何でしょう?」
「届け先が決まってない場合、『私が思う然るべき場所』に依頼品を運ぶことになる。何処に運んでも苦情は受け付けねぇから、そのつもりでな」
「勿論です!本当、ここから運び出してくれるだけでありがたいので…!」
いや、どんだけ処分困ってたの。
相変わらず手の中で暴れてる猫は無視だ、無視。
「依頼成立。行くぞ」
赤ずきんがソファから立ち上がったので、続いて俺も立つ。
ついでに猫は放してやった。
「あ、依頼料なんですが…」
「あー…」
赤ずきんが一瞬言い淀む。
同時に猫がにやりと笑ったのが視界の端に映った。
「今回は良いよ。土産も色々貰ったことだしな」
赤ずきんが報酬無しで依頼を受けることなんて、ほぼ無い。
まぁ土産が報酬代わりってことなんだろうけど…
『流石赤ずきんさん!寛大ですなァ!』
…この辺も含めて、猫の策略なんじゃないかなって、少し思ってしまう。
そうすると背筋に少しだけ寒気が走った。
「じゃ、依頼が完了したらまた連絡するわ」
「はい!お願いします!」
『あっしはちょいとそこまで赤ずきんさん達を送って来ますねェ!』
深々と頭を下げた侯爵に背を向け、赤ずきんは歩き出した。
俺も荷車を引きずって歩き出す。…肩に猫が乗ってるのがムカつくけど。
「で?…どうすんのコレ」
「受けた依頼は完遂するぜ」
「いや、そうじゃなくて…」
「おい、猫」
不意に赤ずきんは俺の肩に乗った猫を見た。
『はいはい!何でしょう!』
「お前の飼い主の依頼、タダで受けてやるんだからお前もタダで1つ仕事しな」
『えぇー…相も変わらず横暴でさァ、赤ずきんさん…』
猫は若干困ったような、しかし想定外でもないような反応をした。
「…『アイツ』に仲介しな」
『へ?アイツって…あの方ですかい?』
「そう、アイツ」
『なるほどなるほど、そう来ましたかぁ…ま、1番無難な方法ですな!』
「大丈夫!?そんなに曖昧に話進めちゃって大丈夫!?アイツって誰!?」
「この荷物の届け先」
赤ずきんは荷車に乗り込んだ。
あ、もう獣体になって走り始めろってことですね。ハイ。
『そんじゃ近日中に赤ずきんさんの御宅に御連絡しますねェ~!』
「おう。頼むぜ『仲介屋』?」
『お任せを!』
猫が肩から降りた。
『あっしの仲介が赤ずきんさんにとって素敵な『縁』になりますように!』
そう言った猫は、来た時と同じように仰々しく御辞儀をした。
やっぱり少しだけ…でも明確に、背筋に寒気が走った。
副題:『え?あっしの活躍した話?もー、詳しくはwebで!/by猫』
というわけで「長靴をはいた猫」の詳細は、興味がある方は調べてみてください。