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2:赤ずきんのお母さん

『赤ずきん』はおつかいを頼まれて届け物をする。

…届け先は色々あるけど、


「ただいまー」


森の中の一軒家、扉を開けると出て来た女。


「あらぁ?お帰りなさい、赤ずきん!」


『赤ずきん』におつかいを頼むのは大抵、『赤ずきんのお母さん』なのである。






「遠かったから大変だったでしょう?」


笑顔が目立つ、どこかフワフワしたこの女。赤ずきんの母親だ。

…そういや、顔似てるな。


「んー、別に。フツー」

「ふふふ、そう?待ってね、今お茶淹れるわ。」


気怠そうにソファへ沈んだ赤ずきんはあまりこういう笑い方をしないので、全然似てないように見える。

もっと邪悪な笑顔ならよく見るんだけど。


「…!」


俺の顔面目掛けてクッションが飛んで来たので反射的に避ける。


「…何だよ」

「チッ」

「舌打ち!?」


どうせまた心を読まれたんだろう。エスパーかよ。


「オオカミ君も大変だったでしょう?お茶はいかが?」

「んえっ?あ…そりゃ、どーも…」


赤ずきんと違ってこの人は俺にも優しいのでいつも調子が狂う。

3人分のティーカップと、ポットが乗った盆を運んで来た。


「きっと1日中走らされてたのね?顔がとっても疲れてるもの」

「え…あー、まぁ…そうだな」

「はぁー?それがお前の仕事だろうがよ。あ、これ報酬」

「はい、お疲れ様」


赤ずきんの母親(長いと思うけど俺は本当にこの人をこの呼び方しかしたことない)は、笑顔で金貨の入った袋を受け取った。


「じゃあお小遣いはまたお部屋の貯金箱に入れておくからね。たまには御洒落しないと駄目よ?」

「うぃーっす」

「オオカミ君は本当にいらないの?あまり多くはあげられないかもしれないけど、少しなら…」

「いや、良い。俺が貰ったところで使い道無いし」


人間体に化けられるけど俺は基本的に人間社会に溶け込んでるわけじゃない。

勿論そういう人狼もいて、そいつらは人と同じ仕事をしたりしてるけど。

だから街で買い物、とかそういうイベントは俺に発生しない。報酬を貰っても困る。


「飯さえ貰えりゃ良いさ」

「そう?オオカミ君が良いなら良いけど…」

「ケケケ、安上がりで良いな」

「こら赤ずきん。言葉遣いが悪いわよ?」


たしなめるように言ってるけど凄みが無い。こういう人は笑顔の方が怖いと相場は決まっている。


「へいへい、ところで次の『おつかい』は?」


赤ずきんはそう言ってから、紅茶を啜った。




運び屋(赤ずきん)』に依頼をするにはまず、『仲介人(お母さん)』を通す必要がある。

無理難題はこの時点で弾かれ、『おつかい』に至った依頼は晴れて依頼品を『運び屋(赤ずきん)』に預けることができるのだ。

仕事報酬は『仲介人(お母さん)』に渡り、一部が『お小遣い』として『運び屋(赤ずきん)』に渡される。

確か、そんなシステムだったと思う。


「オオカミ君?ベッド使わなくて良いの?」


夕食後、外に出た俺の背中にフワフワした声がかけられる。

…俺、たまにこの人優しすぎて泣きそうになるんだけど。

泣くよね?この人の娘は「寝られるだけありがたいと思え」とか平気で言うのにね?

この人俺にベッド勧めて来るからね?泣くよね??


「地面に寝る方が慣れてるんで…」


ベッドは嫌いだから断るんだけどな。気遣いだけで泣いちゃうよ俺。


「そう?いつもお仕事手伝ってもらってるのに申し訳無いわぁ」


眉毛が綺麗に八の字になっている。あっ、その状態で眉間に皺があったら赤ずきんに似てるかも。


「ま…仕事の時にまた呼んでくれりゃ良いから」


適当に手を振って寝床を探しに行く。


「おやすみなさい。よく眠れますように!」


振り向かなかったけど多分、赤ずきんの母親は笑顔で俺に手を振っているんだろう。






あの時、腹に石を詰められて川で溺れて死んだのは俺の親父だった。

それに関しては完全に親父の自業自得だからどうでも良い。

恨んでる、とかそういう感情は無い。


「はぁ…ここで良いや」


赤ずきんの家から少し離れた場所へ、人間体のまま寝ころんだ。狼獣体に戻るのめんどい。

木々の隙間から星がよく見える。

確か…2年前、赤ずきんを手伝うきっかけになった日もこんな、星がよく見える日だった。


「はっ…飼い慣らされて、長いな…」


この奴隷のような日々はいつまで続くんだろう。

まぁ…食い物も住処もある程度確保できるから、良いんだけど。






「クソオオカミー!!」


聞き慣れた怒号で目が覚める。辺りはもう明るくなっていた。


「ふあ…うるせ…」


上半身を起こして伸びをする。

多分あと30秒以内くらいに行かないとぶん殴られるけど、眠くて動く気しねーや。


「遅ぇ!朝飯取り上げるぞ!」


2分後、赤ずきんの家に行くと予想通り右ストレートが飛んで来た。


「危なっ!朝から凶暴な女だな!」


予想してたので避けられた。すると赤ずきんは舌打ちする。


「お母さんこいつの朝飯捨ててー!」

「こら赤ずきん。今日もお仕事手伝ってもらうんだから、そういう意地悪しないの」

「は?もう仕事?珍しいね」

「おはよう、オオカミ君」


朝からフワフワした笑顔が眩しい。赤ずきんは少し母親を見習ったほうが良い。

挨拶の後、赤ずきんの母親は俺の問いに答えた。


「そうなのよ。遠方の仕事行ってもらったのに、もう次の仕事でごめんなさいね?」

「まぁ日帰りだったから遠方ってことも…」

「本当?でも今日は近いからね、大丈夫!」

「チッ…おい、食ったらすぐに出るぞ」

「こら!女の子が食うとか言わないの!」

「へーい…」


赤ずきんの母親は赤ずきんの言葉遣いに厳しい。もっと厳しくしたほうが良いと思う。


「んで、何処に仕事行くって?」


赤ずきんに聞くと「あー、」と何か言いかけたが、母親のほうが早かった。


「それじゃ赤ずきん。コレ、よろしくねぇ」


いつもの笑顔で大きな箱が乗った台車を押して来る。


「…!」


残念ながら人狼は人間体でも鼻が良い。

何が残念かと言うと、臭いで荷物の中身と届け先がわかってしまったこと。


「サヨナラ。」

「オゥ待て荷物持ち。オォ?」


回れ右したのに速攻で赤ずきんに尻尾を掴まれた。


「どうした?荷物持ちが行かないわけ無いよな?」

「ここ最近で最大の良い笑顔!」


赤ずきんがこんな笑顔の時は十中八九ロクでもない事が待ってるし、今日の届け先は確定でロクでもない!!


「お前1人で良くない!?」

「か弱い女の子に重い物持たせるのか?」

「お前の何処が、か弱い!?」

「オオカミ君?」


聞こえた、いつも通りの声色に背筋が凍る。

声の持ち主(お母さん)は、さっきの赤ずきんとそっくりの良い笑顔だった。




「よろしく、ね?」




「…」


うん、やっぱりこの親子、似てるわ。顔も性格も。

副題:『笑顔が素敵な人の笑顔の圧迫感は凄い。』


届け先は何処でしょう?

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