23:赤ずきんとギルド改革
ギルドのエントランスホール。
広めの空間だが、荷物があちこちに転がっていて雑然としている。
そして現在、ギルドは1人の少女によって、恐怖で支配されていた。
「今ギルドに届いてる荷物は幾つある?」
「えーと…」
「…数すら把握してねぇのか!このクズ共が!」
銃声の直後に電球がパァン!と割れ、「ひぃぃ!」と悲鳴が聞こえた。
…いや、うーん…さっきも地獄のようだったけど今も地獄だな?
とりあえず城から案内してくれた側近には帰ってもらった。
彼をこれ以上不安な気持ちにさせるのはなんとなく気が引ける。
あ、赤ずきんがチップ渡してたけど問題になるかな?大丈夫だよね?多分。
「赤ずきんさん!時間毎の仕分け、終了しました!」
最初の犠牲者…じゃない、男は敬礼をしながら言った。
非常に頭の良い事に周りの数名を巻き込んでさっさと終わらせたのだ。
こういう非常時に周りの人間も使える奴は容量が良いと思う。
パニックで頭が回らなくて1人でやろうとしたりするものなのに。
「ほう…20分で終わらせたか。やるじゃねーか」
赤ずきんも珍しく、非常に珍しく、男を褒めている。
「ありがとうございます!」
あっ、何か軽く調教が完了し始めてる。怖い。
「区分は?」
「はい!『2日以内』、『5日以内』、『1週間以内』、『希望日無し』!それから…『期限過ぎ』です」
途端にギロリと赤ずきんの眼光が男に飛んだ。
期限が過ぎてるのはそいつのせいじゃないんだから怒るなって…可哀想だって…
「オイお前、名前は?」
「バークです!」
「そうか。バーク、ギルドの組員の名簿があれば持って来い。あと王都の地図だ」
「はい!」
あれ、怒るかと思った。
男…じゃなくて、バークは急いで別の部屋に駆け込んで行った。
「オイ、さっきまでバークを手伝ってた奴ら。お前らは地域毎の仕分けに移れ」
「「はい!」」
うーん、良い返事。決して銃を向けられたせいではないと祈ろう。
さて、第2の被害者…じゃなくて地域仕分けを頼まれた女はまだ忙しなく動いていた。
まぁ、この人は仕方ない。バークの仕事が終わらない内は分けても分けても荷物が増えてくからな。
「あ、赤ずきんさん…!『希望日無し』と『期限過ぎ』の仕分け、完了しました!」
それでも何とか一部は完了させる女。この人も仕事が早め。
「そうか。お前、名前は?」
「デ…デボラ、です…」
「デボラ、引き続き仕分けを頼む。完了した分は男手を使ってこっちに持って来い」
「はい…!」
女改め、デボラは返事をすると「男共ー!集合ー!」と言って組員に声をかけた。
ところで赤ずきんから指名された奴以外の人間、つまり大半の人間は何をしているのか。
答えは『何もしていない』。
というか、現段階ですることがない。できることが何も無い。
「おい…嬢ちゃん、俺らも何か…」
最初に文句を言ってきたおっさん(その後俺に首を絞められたおっさん)がもごもごと言う。
が、赤ずきんにゴミを見るような目で見られた途端、青い顔をして引っ込んだ。
まぁ、組織って多分こういうものだよな。
最初俺達が来た時に、ギルド内は全員が全員『荷物の伝票確認と配達準備』をしていたから無駄に混乱していた。
全員同じ動きだとやはり人数過多で混乱するんだろう。
だから赤ずきんは今、一部の人間に『荷物の仕分け』をさせている。
これで劇的に荷物が捌けているんだから効果はテキメンだな。
今動いていない奴はこれから存分に動かされるんだから、それを待てば良い。
待たないならゴミを見るような目で見られるぞ。
「オイ、」
そう言う俺も結構手持無沙汰だったんだけど、赤ずきんに声をかけられた。
「お前、馬車の確認して来い」
「?」
「多分ギルドで所有してる馬車が何台かあるはずだ。数と、大きさ確認して来い」
言われて、返事代わりに頷く。まぁあるよね、多分。
「オイそこの。こいつにギルド所有の馬車を見せてやれ」
そして赤ずきんは近くにいた男に声をかけた。
「は、はい!」
俺を見て男は「此方です!」と小走りに外へ出て行く。
それを追いかけて俺も建物の外に出た。
「ギルドで所有している馬車は3台です。現在は2台ほど遠方に出ているのですが…」
ってことは今は1台しか使えないじゃん。
俺は建物の裏にある小屋に連れて来られていた。
そこには荷車と、馬が2頭いた。馬、昼寝してるけど。
「あ、馬は2頭いるんですがこの荷車は1頭立てなので…でもそこそこの重量は運べます!」
1頭立てだと…どれくらいだろう。俺が引くよりは全然運べると思うけど。
小屋を見回すと他にも小型の荷車が幾つか転がっている。
あの大きさだと…人力で引くやつかな。1、2………7台。
ってことは荷馬車が1台と人力車(?)が7台と…どうせ俺もやらされるからもう1台と…
「あの…噂には聞いていたのですが、彼女が『運び屋』とは!あんなに若いなんて驚きました…!」
まぁ、びっくりするよね。あんな子供がマシンガン片手に乗り込んで来たら。
「偉いですね!あの若さであれほどテキパキと人を動かせるなんて!なかなかできませんよ」
人を動かす(恐怖で)な。まぁできないよな。
さて…世間話は良いからそろそろ戻ろう。
「…遠方に出てる馬車は、何時帰って来る?」
本当は仕事中に他人と話しちゃいけないんだけど、これは例外ってことで。
「え?えーと…すみません、僕は把握してなくて…他の誰かに聞けばきっと…」
「…そう」
しどろもどろに答える男にばれないよう、溜め息をつく。
お前の言う『他の誰か』は多分、いないと思う。
「これを全て届けて来い今日中だ」
「はい!では馬車を…」
「テメーの足で行け」
「え…」
「テメーの、足で、行け。手紙ぐらいで何を言ってやがる」
エントランスに戻って来ると再び脅迫現場に遭遇してしまった。
違う、再び赤ずきんが組員の数名を銃で脅していた。
…あれ?言い直したけど、どう足掻いても脅迫現場に間違いないわ。
「で、でもこの地域は遠いし、全てとなると僕の足では…」
「誰も、お前1人でなんて、言ってない。人手が欲しけりゃ、勝手に、連れてけ。2人以内な」
ゴリ、と銃口が男の額に宛がわれている。
どうやら赤ずきんは手紙の配達人を指名したらしい。
指名された男は4名。大きな鞄に手紙が沢山入ってるのが見える。
ごにょごにょと色々言っていた男は、銃にびびってそれ以上は何も言わなくなった。
手持無沙汰の奴は他にもいっぱいいるから勝手に連れてきゃ良いのにねぇ。
ま、いっぱいで同じ地域に行ってもしょうがないから…赤ずきんの言うように2~3人がベストかな。
「おい、馬車の数は?」
そこで俺の存在に気付いたのか、赤ずきんは俺に声をかけた。
俺は赤ずきんに近付いて耳打ちする。
「馬車は、今使えるのが1頭立て1台。遠方に出てるのが2台。何時帰って来るのかはわかんねぇと」
「ふん…他は?」
「荷車が7台。人力で引く用」
「上等」
それだけ確認してから、赤ずきんはマシンガンを天井に向け…え?
「「ひぃぃぃ!?」」
聞こえた銃声と悲鳴。
天井には無数の穴が開いた。雨漏り酷そうだな。
「よく聞け!これから『本日期限』と『期限切れ』の荷物及び手紙の配達に移る!」
小さな身体からこれだけ大きな声が出るってのは結構不思議だ。
「まず手紙!4人に手紙を託した!それぞれに1〜2人ついて行って配達を済ませて来い!」
…4人ってまさか…『東西南北』で分けたのかな。
「あ、赤ずきんさん、いくら何でも3人チームで北側の地区を済ませるっていうのは無茶では…しかも今日中…」
あ、やっぱ東西南北か。
北側は…居住区だから手紙も多そうだ。
と、赤ずきんの首が『ギギ…』と音が聞こえそうな感じで動いた。
「無茶じゃねぇよやるんだよ…」
「し、しかし…」
「良いか?仮にお前らが最大数連れてったとして12人、荷物整理に必要なのが日付毎で8人地域毎で15人、更に国外に出てるのが8人でギルドの全人数が53人!」
畳み掛けるように赤ずきんが続ける。
「あ?オイ、手紙よりも人数が必要になる荷物の配達に割ける人数は幾つだ?わかるか?あ?」
53-8-15-8-12…10人だね。…ん?合ってる?
「10人だ!なぁオイ、足りるか?足りねぇよな!?それなのに何だ、『3人じゃ無理』だと!?どの口が何をほざいてやがる!」
合ってた。
もうやめたげてよぉ赤ずきん…
ふざけるのはこれくらいにして。
つーかよくギルドの人数とか把握してんな。いつの間に。
あ、さっき名簿がどうとか言ってたから、それかな。
「さっさと行け手紙班!日が落ちるまでに帰って来い!」
「う…」
現在昼過ぎ。王都の端まで行くとなると…日が落ちるまでに往復すんのはキツくない?
赤ずきんの声にたじろいでいる男共。あ、ヤバい。
「テメーら…」
赤ずきんが懐から鞭を取り出した。
「返事は…」
鞭がしなって、床を激しく打った。
「返事はどうしたァ!?」
「「はい!行って参ります赤ずきんさん!!」」
あああ調教が完了し始めてる。怖い。
ともかく、手紙を持たされた男共が何名か凄い速さでギルドを出て行った。
「さて残った野郎共…?」
赤ずきんが残りの男共をギロリと睨む。
えーと、残ってるのは12人。
「今からテメーらには『本日期限』の荷物を届けてもらう…1番荷物が多い奴は馬車を使わせてやるよ」
それ以外の奴は人力で荷車引けって言った方が良いよ赤ずきん。
「あ…赤ずきんの嬢ちゃん、『期限切れ』の荷物はどうするんだ?」
誰かのその質問に、赤ずきんは鼻で笑った。
「全地域、私が行く」
その発言に「おぉ…!」と歓声が上がる。
「後で見られない場所で変身しとけ」
そして赤ずきんに小声で言われる。はい、俺が走るんですね。知ってた。
「んじゃ私の分の荷物は…デボラ、どれだ?」
幾つかの荷物の山を見ながら赤ずきんが聞いた。
「あ、えと…これです」
「は??」
「これです…」
デボラは1番大きな山…荷物が30は積まれた山を指差して、申し訳無さそうに言った。
「…」
赤ずきんは無言で俺を見た。
俺は無言で首を横に振る。
無理。この量は引けない。絶対引けない。
ってか、何でこんなにあるの。
「…」
赤ずきんも流石に額を押さえて溜息をついた。
「…お前、馬車の運転できる?」
その問いには頷いておいた。
副題:『結局馬車は赤ずきんが使うことになった。』