22:赤ずきんと長期派遣
「オオカミ!次は南側!行くぞ!」
「へーい」
「返事は『はい』!!」
「はい!」
激務で赤ずきんのテンションが変だ。
いや、俺も変かもしれない。
赤ずきんと俺は4日前から、とある国に来ていた。
依頼人は国王。荷物の届け先は…国中の人々。
「あら!貴女が噂の『運び屋』ね!」
煉瓦造りの街並みの中にある一軒家
玄関から顔を出したのは中年の女性だ。
「おう、荷物のお届けだぜ!」
「ありがとー!サインはいるかしら?」
「サインはこちらに!」
赤ずきんはサッと紙を差し出した。
「はい!貴女も大変ね。それ、これから届けに行くんでしょう?」
女性は荷車に積まれた大量の荷物を指差した。
「仕事なんでね。じゃ、毎度!」
赤ずきんが車に飛び乗ったのを確認してから…俺は馬を走らせた。
え?走るのは俺じゃないのかって?
今回は違う。非常に珍しいことに、違う。
「オオカミ、止めろ!」
「はいよ」
赤ずきんに言われて馬を止める。
止まった瞬間に赤ずきんは荷物を抱えて車を飛び降りて、届け先の家を訪ねる。
その繰り返し。
今回の仕事はとってもイレギュラーなんだよ。
事の始まりは今回の依頼人に会いに行った日から。
「『運び屋』殿…頼む。国内の配達機関が回復するまでの間、ここで配達の仕事を手伝ってくれ」
広い空間、高い天井。国王との謁見の間。
その場所で国王は開口一番、こう言った。
「…は?」
赤ずきんは怪訝そうな顔で聞き返す。
赤ずきん、国王への返答がそれで良いの?
いや確かに俺も「は?」って思ったけど、それをそのまま口に出して良いの??
「どういうこっちゃ…この国の配達機関はどうしたんだ?」
いつもの調子の赤ずきん。お前は敬語を知らんのか。いや別に良いけど。
「実は…」
国王はこめかみを押さえて溜息をついた。そして続ける。
「運び…いや、赤ずきん殿は配達ギルドという組織を御存知か?」
「そりゃあな。所謂『普通の』郵便配達人の集まりだろ」
普通の。普通って何だろう。難しい。
…いや、まぁ各国や各街や…そういう規模で存在する、『普通の』郵便物を届ける機関。それが『配達ギルド』。
ちょっとした手紙とか、ちょっとした荷物とか。ともすれば引越しの荷物とか、そういうのを運ぶ人達の集まり。
『運び屋』が運ぶのは『特殊な(異常な)』物。
非合法な物。ヤバいもの。常軌を逸してる物!
危ない薬とか危ない武器とか危ない種族の奴隷とか!
…話が逸れた。で、配達ギルドが何だって?
「実はこの国の配達ギルドの総長が先日亡くなってな…」
「それはそれは。後で墓参りでもするかな」
何でお前はそんなに尊大なんだ。王を前にしてもそれで良いのか。
「それで…配達ギルドが混乱していてな。荷物が捌けない状態が続いているのだ」
「…ん?総長死んだだけでそんなに混乱するかァ?」
それは俺も思ったけど聞き方はそれで良いのか。良くないと思うけど。
「引き継ぎも全くしていない状態で、大量の荷物を毎日管理していた者が突然亡くなったからな」
それって…荷物の管理情報を知ってる人間が少ない、ってか総長しかいないの?
管理情報ってーと…まず配達場所、配達日時、あとは配達方法、中身、配達人の振り分け…
パッと思い付くのはこれくらいだけど…これ全部1人で管理してたの?マジ?
「ふーん…どうせ配達の注文が来た順に配達人振り分けてたら、速達の荷物が大量に来たけど人手が足りなくて…とかだろ」
さらっと混乱状況の予測をする赤ずきん。
総長以外の人員は配達するだけだったのかな。そんで管理はできなくて、てんやわんや。みたいな?
「おぉ、流石だ。…いや、他にも…」
国王はもごもごと言った。
「誰が次の総長かで揉めている、とも聞いたが…それはとりあえず置いておこう」
あーそういう馬鹿らしいやつー。
いや馬鹿らしくはないんだけど、その議題で白熱しすぎて荷物ほったらかしのやつー。赤ずきんが嫌いなやつー。
ほらー、赤ずきんの眉間に皺が寄ったー。
「馬鹿馬鹿しい…」
言っちゃったよー。何で言っちゃうかなー。
「で?私にその大量の荷物を運べってのか?」
「あぁ。それからギルドの者へ、配達の仕組みの伝授といったところか」
…どっちかって言うと、仕組みの伝授が主な依頼だろう。
果たして単独行動のこいつがそんな伝授をできるかどうかは疑問だが。
「ま、良いけど…高くつくぜ?」
赤ずきんが言うと、国王は真面目な表情で頷いた。
「報酬は惜しまない」
おぉ。そこまで言い切るってことは…マジで混乱の極みなんだろうな。
「どうか頼めないだろうか…」
「…良いだろう。仕事は受ける」
「感謝する」
国王は申し訳無さそうに頭を下げた。
うーん、仕事屋は国王に頭下げさせるのか…凄いな。
「恐らく何日も此処へ滞在することになるだろう…城内の客室をすぐに用意させるから、自由に使ってくれ」
「わぉ…」
あっ、赤ずきんが若干引いてる。
多分お前の部屋の何倍もデカい部屋に泊まるからな。
「ま…用意してくれるっつーなら使わせてもらうか」
…これ俺だけ「お前はどっか泊まって来い」とか言われたらどうしよう。
いや、言いそう。赤ずきんが。
「じゃ、私は早速ギルドに向かうよ。案内に誰か貸してくれ」
「あぁ。頼りにしている。赤ずきん殿と従者殿をギルドへ案内せよ」
国王は側近の1人に指示を出した。
側近は一礼をすると俺達に近付いた。
「御案内します。此方へ」
「おう。頼むぜ」
誰か赤ずきんに言葉遣いを教えてやって欲しい。
さっさと立ち去った赤ずきんの代わりに国王へ礼をすると、疲れたような微笑みが返って来た。
ギルドの建物は城から歩いて30分程度の場所にあった。
歩いている途中にこの国の大きさや人口、ギルドの所属人数なんかを国王の側近から聞いた。
ギルドには50人くらいいるらしい。
で、ギルドの建物に着いて扉を開けた瞬間。
「この荷物は国外宛!誰か行ける!?」
「おい!これ配達希望日過ぎてるぞ!」
「さっき中身が破損してたってクレームが…!」
「…」
地獄だ。人間と怒号と荷物が飛び交っている。
荷物は床とテーブルと棚を埋め尽くしている。
総長がいなくなっただけでこれだけ機能しなくなる組織ってどうなんだろ…
赤ずきんは…無言だ。
顔は言うまでもなく凄いことになっている。お前の表情筋どうなってんだ。
「えぇと…」
側近もこの惨状に言葉を失っている。
いや、この惨状になのか赤ずきんの表情になのかはよくわかんないけど。
「…とりあえず、誰か呼んで来ましょうか…」
側近は絞り出すように言った。
「…」
あっ駄目だ赤ずきんがあと5秒くらいでキレる。
5…4…
「テメェらぁぁ!!その場から動くなぁぁああ!!」
あー予想より3秒早かったー。
とにかく、赤ずきんの怒号によってギルドに静寂が訪れ、俺達へ一斉に視線が集まった。
しかし数秒後には沈黙が解ける。
「…何だ?」
「お嬢ちゃん、今忙しいんだ!あ、もしかして荷物の受付?それなら…」
そこまで聞こえて、再び静寂が訪れた。
何故なら……赤ずきんがマシンガンを構えたから。
「テメェら…私が良いと言うまで動くな。息もするな…」
息しないと死んじゃうよ?良いの?
「ひぃっ…!」
何人かは反射的に手を挙げ、何人かは呆気に取られ、何人かは…いやもう良いや別に。
赤ずきんはマシンガンを構えたまま、床やテーブルに無造作に積まれた荷物に歩み寄る。
「…」
そして近くにいたギルドの組員(多分)を見た。
「オイお前」
「ひっ…は、はい!?」
「この荷物を配達希望日毎に分けろ今すぐだ」
「…へ?」
組員(30代くらいの男だ)はきょとんとする。
「もっと言うなら『2日以内』、『1週間以内』、『希望日無し』だ。今すぐ分けろ」
赤ずきんは低い声で淡々と言う。
「あ、え、でも…」
次の瞬間、狼狽する男の顔から血の気が一気に引いた。
「今すぐ、」
銃口が男の腹にめり込んだ。
「30分以内に、」
「ひぃ…!」
「速やかに分けろ」
「…」
恐怖で顔面が真っ青な男。可哀想。
赤ずきんはそんな男を見て、銃口を離した。
ドンッ!!
代わりに、男の足元に弾丸が撃ち込まれた。
「返事は『はい』!」
「は、はいぃぃ!!」
男は急いで荷物の伝票を調べ始めた。
赤ずきん、丸腰の人間にマシンガンとデリンジャーを両方使うのは可哀想だよ。
ってかお前デリンジャー好きだね。よく使うよね。2発しか撃てないのに。
お、怖くてもたつくかと思ったら意外や意外、男はなかなかのスピードで荷物を振り分けている。やるじゃん。
「オイお前、」
「ひぃぃ!」
その様子を見て、赤ずきんは別の奴に照準を定めた。
「振り分けられた荷物を更に『地域毎』に分けろ。今すぐ」
「ち、地域、毎…?」
新たな照準(女の組員。こいつは女にも銃を向けるのか。)は確認するように繰り返す。
「王都の東西南北…地区毎に名前が付いてるなら地名毎でも良い。分けろ」
「あの…」
「御託はいらん今すぐだ!」
「はい!」
良い返事。女はさっきの男が分けて行った荷物を更に区別していく。
「…おいおい、さっきから何なんだ!?嬢ちゃん、仕事の邪魔はよしてくれ!」
苛ついたような声が俺達に届く。
恰幅の良いおっさんが不機嫌そうに前に出て来た。
「勝手な事するなよ!こっちは遊びでやってるわけじゃないんだからさぁ…!」
「…」
赤ずきんの顔が俺に向く。全人類を見下したような顔をしている。
そして顎でクッと男を示した。あっ、ハイ。
「あぁ?何だ、お前嬢ちゃんの連れか?連れなら…げふっ!?」
おっさんの顎の下を掴んで、持ち上げる。あー、片手はキツい。
「な、何だお前…ぐふっ!」
「きゃー!」
何人かの悲鳴が聞こえたけど手は離さない。ごめんね、俺も仕事だからさ。
「遊びでやってるわけじゃねぇだァ…?どの口で何をほざいてんだろォなァ…?」
赤ずきんはオッサンを一瞥し、声を張り上げた。
「『運び屋』様が国王の用命で派遣されてきてやったぞォ!テメーら、今から私に従え!!」
赤ずきんの声の終わりに、おっさんから手を離してやった。いや、正直手が割と限界だった。
副題:『配達ギルドハイジャック事件。』