20:狂人と運び屋
少女は許されたのでしょうか
欲に塗れ、我を忘れた少女は本当に許されたのでしょうか
踊り狂った末、育ての親も両の足も失った少女は許されたのでしょうか
一体何をしたら、彼女の罪は許されるのでしょうか
一体誰が、彼女を許してくれるのでしょうか
「あはァ…!」
少女は笑う。
目の前のエモノを見て笑う。
大きな犬と、それに乗る人間。
「凄ぉい…速い!」
全速力で走っても、距離がなかなか縮まらない。
こんなエモノは初めてかもしれなかった。
「楽しい!私の、そうよね、私の!きっと、絶対!」
少女は笑う。
左手の鉈と右手の片手斧で木々を薙ぎ倒しながら、少女は笑う。
「ねぇ…貴方の足は、私の足!?」
気の狂った笑い声が森中に響いた。
『う、お、わぁぁあ!!?』
背後で木が薙ぎ倒される音が聞こえる。
「オオカミ!もっと速く!!」
『全速力だっての!!』
赤ずきんを乗せた状態での限界ギリギリまで速度を上げている。
それでも逃げ切れるかどうかわかんないとか…!
『何!?何に追いかけられてんの!?怖くて振り向けないんだけど!』
「振り返らずに走れ!!」
未だに何に追いかけられてるのか、俺は認識していない。
赤ずきんは『赤い靴』と言ってたけど、それが何なのかは知らない。
ただ!後ろから木を踏み倒す音が聞こえるのは!おかしい!それはわかる!
あと何か笑い声が聞こえるの本当に怖い!
『赤ずきん!直線じゃ絶対撒けない!』
「あいつは最高速度の維持はできねぇ筈だ!このまま追い付かれず走れ!」
『この状態での持久戦は俺も無理だよ!?』
どんどん追い付かれてる上、後ろの奴が最高速度なのかどうかもわからない。
もしもこれから最高速度出されたら…追い付かれると思う。
『…!』
数十メートル先、道が無くなっていた。
…崖か!
『赤ずきん、ちょっと本気でしがみ付いてて…!』
「はァ!?」
『これで撒けなかったらもう無理!』
「!」
赤ずきんも目の前の崖に気付いて、俺がこれから何をするのかがわかったのだろう。
「…わかった!」
グッと身を屈めて俺にしがみ付いた。
俺は速度を落とすことなく…
赤ずきんと共に、崖に飛び込んだ。
「きゃああああ!!」
意外と可愛い悲鳴が聞こえるなー。と考えてる暇は無い。
崖の高さは20メートル弱、ってところか。
うん、もっと高いかと思ったけどこれならどうにかなるかも。
「赤ずきん!ちょっとこっち来い!」
空中で人間体になり、赤ずきんを引き寄せた。
そして赤ずきんを抱え込み、背中から落下する姿勢を取った。ついでに目を瞑る。
…死にませんように!
バキバキ、と木が折れる音の後、背中に強い衝撃が加わった。一瞬息が止まる。
「ぐぅっ…!」
赤ずきんの体重も合わせて、結構な衝撃。死ぬほど痛いけど…折れてない、かな?
目を開けるとしばらくピントが合わなかったけど、ぼんやりと木の隙間から空が見えてきた。
「…うぅ…」
赤ずきんが俺の服を掴んで唸る。
「…げほっ…赤、ずきん…生きてる?」
赤ずきんを抱え込んだまま聞いた。
「…死ぬかと思った…」
「俺も…」
木が邪魔で上の様子は見えないけど、少なくともさっきまで追って来てた奴が落下して来る様子は無い。
流石に崖に飛び込んでまで追って来る気は無いってことね…来てたら確実に死んでたな。
「怪我は…?」
「…多分してない…」
「そりゃ何より…道、もうわかんねーな…」
のろのろと手を離すと、赤ずきんものろのろと俺の上から降りた。
動けるならまぁ多分怪我は無いんだろうな。
「お前…あの高さ落ちて、平気なのかよ…」
「いや、超痛いけど…人狼は頑丈なんだよ…」
赤ずきんが近くの木にもたれて座った。
俺は…身体を起こせない。痛い。しばらく起き上がれないと思う。
「ごめん、ちょっとしばらく動けない…」
「…」
無言は許可なのか、却下なのか。
わかんないけど動けないもんは動けない。
「げほっ…これからどうすんだよ…」
「…客の所には行くぞ。荷物は届けねーといけないからな」
「…荷物が無くなっただろうがよ…取りに行くの?」
荷車は何処かに置いて来てしまった。
今から取りに行くと…時間も問題だが、何よりさっきの奴がまだいるかもしれない。
「…」
赤ずきんは懐を探って…
「荷物はここにある」
片手サイズの小箱を取り出した。
「………はぁぁぁ!?荷車無駄じゃん!完全にお前用じゃん!何それ!?…痛っ!!」
思わず声を荒げたがすぐに背中の痛みで沈む俺。
「うっせーなァ…」
「ふざけんな!荷物軽いとは言ってたけど、小さ過ぎるだろ!荷車いらないだろ!」
「うっせーなァ…」
意気消沈、といった様子の赤ずきんはもそもそと応える。
「何!?今日の俺にかかってた重量ってお前と荷車の分!?」
「そーだな…」
「つーかそれは百歩譲って置いといて、さっきのアレは何だ!良い加減答えろ!…痛っ!」
身体を起こそうとしたけど、やはり痛みで起き上がれなかった。
「…」
赤ずきんは俯いて黙っていたが、やがて、
「…赤い靴…」
と、小さく呟いた。
「あらぁー?落っこちちゃった。」
少女は崖の下を覗き込んだ。
木が邪魔で、エモノがどうなったのかは見えない。
「うーん…流石に死んじゃうわぁ」
少女はむくれる。
手応えのあるエモノだったのに。
崖から落ちたら流石に死んでしまう。
きっとエモノも今ので死んでしまっただろう。
「折角私の足かと思ったのにぃ」
少女は崖に背を向け、歩き始めた。
「またそれかよ…赤い靴って…?」
「…知らないのか?」
「いや、赤い靴…って、童話の?」
えーと…何だっけ。確か…
「童話、だと…赤い靴履いて舞踏会行って…?」
「…色々飛ばしてるけど、まぁ、そうだ。そこで呪いをかけられる」
舞踏会の前は…教会にも赤い靴履いてったんだっけ?
「呪い…は…あれか。踊り続けるやつか」
「そうだ…女は足を切り落とされるまで踊り狂った」
そう、確か首切り役人に…斧で足を切られて…『斧』?
さっき追いかけられてた時、斧ぶん投げられたような…
「身も心も疲れて足を切り落としたが…疲れた心は回復せずに、やがてぶっ壊れる」
赤ずきんが溜め息を吐いた。
「『赤い靴』は他人の足を切り落として回る『大量殺人鬼』だ」
背筋が一気に凍りついた気がした。
「ま、待った待った!改心するんだろ!?最後は…!」
「そりゃ童話の言い伝えの話だ。…現実は残酷すぎるからな」
「じゃ、俺らを追いかけて来たのは…」
「…見つかったのは、たまたまだと思うけど…追いつかれたら私もお前も、両足切られてたな」
赤ずきんがパニックだった理由がわかった。
ヤバい。気が狂ってる奴はマジで、行動が読めない。
見つかったら逃げ切るまで逃げるしかない。対峙する、なんて選択はしないほうが良い。
「…待った、『赤い靴』って両足無くなるじゃん。何で普通に走ってんの!?」
「義足…」
「は?義足?」
「なんでも、奴は赤い義足を着けてるらしい。…相当スピードが出るギミックが組み込まれた、な」
…それであの速さと…あの鋭い足音か。
「…何で…こんな所に…」
「…赤ずきん?」
どうにか身体を起こして赤ずきんを見る。…顔が真っ青だ。
「…なぁ、1回家に戻って…」
「駄目だ」
きっぱりと言うと、赤ずきんは立ち上がった。
「少しは動けるようになったか?…行くぞ。仕事の途中だからな」
「え、荷物運び続行!?無理すんなよ、お前…」
「黙れ。…『運び屋』が仕事を放棄するわけにはいかないんだよ…!」
赤ずきんの小さな手が固く握られた。
「…まだ赤い靴が私達を追いかけて来る可能性もある。さっさとここを離れるぞ」
力を入れ過ぎて白くなってる拳。強がりにしか見えない。
「…わかったよ…」
それでも俺はこいつを止める権限は無い。
『運び屋』が仕事を続行すると言うなら、俺は従うしかない。
赤ずきんの手が震えているのを知ってても…従うしかない。
本当は…何で赤い靴が足を切り落として回ってるのか、とか、他にも色々聞きたかったけど。
とてもじゃないけど、こんな状態の赤ずきんには聞けなかった。
結局、荷物は届けたけど…帰り道に赤ずきんが口を利くことはほとんど無かった。
「これも違う」
小鳥の足を捨てる
「これも違う」
鹿の足を捨てる
「う~ん…これも違う!」
狐の足を捨てる
「もう…誰が私の足持ってるの?」
少女は歩く
「やっぱりさっきの子が持ってたんじゃない?」
赤い義足で歩く
「さっきの…『赤い頭巾の子』」
少女は先程逃した獲物を思い出して、ニィ、と笑った。
副題:『赤い靴はグリム童話じゃないよ。』
アンデルセンの童話です。調べるまでてっきりグリム童話だと思ってました。
赤い靴のラストは、私が昔読んだ絵本だと両足が復活してました。
○ィキペディアによると罪を許されて天に召されるようです。
一体『赤い靴』は誰から義足を貰ったんでしょうか。




