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1:赤ずきんとオオカミ

森の険しい道をひたすらに走る。

荷車を引くのは普通、馬じゃないだろうか。あと牛とか、ロバとか。


―バチンッ!


『痛っ…!!』

「余計な事考えてねーで、さっさと走るこった」


鞭で打たれた尻が痛い。


『ふざけんなクソ女!何時間走ってると思っ…』

「3時間」


しれっと言うこの女。

真っ赤な頭巾…というか、真っ赤なフード付きのローブを着たこの女。

正真正銘、あの『赤ずきん』である。


『つーか、荷物がいつもより重い!!何積んであるんだよ!?』

「『壊れた』骨董品。壺とか…あぁ大時計が1番重いな、多分」

『壊れた骨董品!?何で!?』

「今回のクライアントが壊れモン集めるのが好きなんだと。良い趣味してんなぁ」

『!?』

「…まぁだからって、手荒に運ぶんじゃねーぞ。殺すぞ?」


ガラガラとうるさい音の中でも、『カチャ』という音は聞き逃さない。

明らかに、明らかに鞭から鳴る音ではない。


「で、現在13時半過ぎ…あと1時間で着け」

『はぁ!?お前さっき2時間って言っただろ!2時間でも無理なのに1時間とかどうやっても絶対に…』


チッ、と、耳元に何かが掠める音がした。


「お前の耳、吹っ飛ぶぞ?」


振り返らなくたって、わかる。

背後の赤ずきんが笑顔で俺に銃を向けているのが。


…誰か!俺に壊れた骨董品の価値を教えてくれ!






「ほぉ、丁度14時半か。やるじゃねーか」


辿り着いた目的の街の検問所。の、少し前。

赤ずきんは満足げに笑って、荷車を降りる。


『…』


対する俺は息も絶え絶え、脚はもう使い物にならないし、酸欠で視界がぐらぐらする。

…今ここで死んだほうが楽なんじゃない?


『…で…何で1時間で着けって…?あと1時間何すんの…?』


まだ呼吸が整っていないけど、聞く。


「検問に時間がかかる。行くぞ、さっさと化けろ」


赤ずきんに尻を蹴られ、俺はその場に崩れ落ちた。


『こ…この状態で化けろとか…マジお前、人使い荒すぎ…』

「その状態で通ってみろ。見世物小屋行きだぞ」

『…っていうか、お前1人で行けば良くない?』

「荷物持ちが何ほざいてんだ?あぁ?」

『…』


俺の意見が通らないのなんて知ってた。知ってたけどさぁ。


『…』


1つ、大きく深呼吸する。

俺の全身が淡く光り、形を変えた。

灰色の毛は人間のような皮膚へ、骨格もオオカミから人間と同じものへ。


「…はぁ。こんなもんか」

『両足』で立ち上がると、赤ずきんの頭はすっかり視界の下の方にあった。

「…まぁ尻尾と耳がそのままなのはいつもの事か」

「ローブ羽織るんだから良いだろ…」

「ふん…行くぞ、余裕があるからって遅れたら洒落にならねぇ」


ずんずんと、赤ずきんは検問所に向かって行った。


「…」

「…あ?さっさと来い馬鹿オオカミ。何してんだ?」

「…いや…何でもない…」


俺は1歩踏み出した途端、眩暈によって再び地面に崩れ落ちた。






「おい、そこの2人。止まれ」


検問所の前、警備の男に止められた。

赤ずきんと、後ろから荷車を引いていた俺は素直に立ち止まる。


「現在この街は封鎖中だ。旅の者か?悪いが、迂回してもらおう」

「(封鎖って…何で?)」

「(先月ぐらいに、隣街とエラく揉めたらしいな)」

「??」


揉めた、というのは抗争と解釈して良いのだろうか。

街の周囲はぐるっと壁で囲まれているけど、これはその揉め事よりも前にあったのかな。


「(…っていうか俺はともかく、こいつが検問引っかかるわけなくない?)」

「…旅のモンじゃねぇがな…」


不機嫌そうに、赤ずきんはぼそりと言った。


「何?…このまま去るならこれ以上詮索はしないがな…」

「仕事で来たんだ。通せ」


キッパリと言い切る赤ずきんに、警備の男はぎょっとしたらしい。

…まぁそりゃ、人間体の俺よりもデカいおっさんに少女が物怖じしないんだからな。

物怖じしないどころか、命令までしている。


「何だと!?」


あーあ、怒った。おっさん顔真っ赤にして怒ってやんの。


「こちらの命令に従わないなら射殺許可も…!」

「おい、何揉めてんだよ…」


門の内側から、騒ぎを聞き付けたのか別の警備が出て来た。


「この2人が…」

「はぁ?悪いけど誰も街には入れら…れぇっ!?」


もう1人の警備は赤ずきんを見てぎょっとした。そうそう、多分こっちが普通の反応。


「赤いローブ…!?」

「?」


最初の警備はきょとんとしている。


「何だ、どうした?」

「…お、前…」


しばらくの間の後、もう1人の警備は叫んだ。



「『運び屋(赤ずきん)』じゃないか!!さっさと通せこの馬鹿!!」



怒号と共に鉄拳が警備を襲う。

鉄拳を喰らった警備は「えっ!?こ、こいつが!?」と狼狽していた。


「…」


何となく哀れで見ていられない。目を逸らす。


「あぁ、こいつは雑用だ。ついでに通してもらうぞ」

「どうぞ!足止めしてすみませんでした!!」


警備は背筋を伸ばして敬礼した。


「行くぞ」

「…」


前を行く赤ずきんを、黙って追った。






『運び屋』とは『勝手に名乗ることの許されない』職業の1つである。

あらゆるクライアントからの『おつかい』を頼まれ、完遂する職業。

この世界には星の数ほどの仕事があるんだろうけど、俺の知っている限りでは

『運び屋』を名乗ることができるのはこの『赤ずきん』ただ1人だけだ。

そして…『人狼(オオカミ)』の俺は、こいつの雑用係(奴隷とも言う)。

何で俺が赤ずきんの雑用をしてるのかは…別の機会に話そうか。


「(…いや、『検問に時間がかかる』ってこういう感じ!?

検査が厳しくて時間かかるとかじゃなくて、警備と揉めるからっていうこと!?)」


言うとぶっ飛ばされそうなので言わないけど、あぁでも言いたい。


「(時間かかるのってこいつが無駄に態度デカいからじゃねーの!?謙虚にしてりゃ…

…待てよ、それを考慮した上での時間設定!?どんだけ自分の性格把握してんの!?)」

「どうせくだらないこと考えてんだろクソオオカミ」

「おぶぅっ」


振り向きざまに腹パンを喰らう。くっそ、避けられなかった…!

そんなやり取りのせいか、強烈な赤のせいか、周囲の視線が集まる。


「ちっ…少し早いが、さっさと済ませるか。こっちだ」

「うぃ…」


白い石造りの家が立ち並ぶ街。一部、確かに抗争があった跡が残っていた。






「あらー赤ずきんちゃん!いつもありがとうねー!」


クライアントの婆さんが荷物を見て言った。

見た目は裕福そうな、優雅な、えーと何て言うんだろ、マダム?っぽい。


「大した事は無ぇよ。この大時計、年期入ってんなぁ」

「まぁ素敵!どこが壊れてるの!?」

「長針と短針が縦に割れてる。時間がわかりづらいな。あと時間毎に人形が出て来る仕掛けがあるけど人形の首が無くなってる」

「素敵!」

「(どこが!?)」


わからない。予想以上に価値がわからない!婆さん、はしゃぎ過ぎじゃね!?

怖いんだけど!


「あら?貴方は赤ずきんちゃんのお手伝いさん?こんな素敵な品物、ありがとうね!」


不意に婆さんが俺に声をかけた。

フードを深く被り直して、一礼だけ返す。

基本的に『クライアント』と会話できるのは『赤ずきん』だけだ。


「じゃ、これ報酬ね!時計の分オマケしちゃう!」

「そりゃどーも。また何かあれば使ってくれよな」

「是非!ありがとうね!」


報酬を受け取ると赤ずきんはさっさと踵を返した。

寄り道しない、長居しないってのがこいつなりのポリシーなんだろう。






「…寄り道とか珍しいな」

「あぁ?仕事が終わったんだから寄り道じゃねーよ」


真っ直ぐ帰るのかと思えば珍しく酒場に入って料理を注文し始めた。


「ま…良いけど」


目の前に並んだ大量の料理が俺の胃の中に消えていく。

何でこんなに注文してあるのかは知らない。「払え」とか言われたらどうしよう。俺に支払い能力は無い。


「これさっきの端数分だからな」

「もごっ…端数?」


赤ずきんはフォークを弄びながら続ける。


「さっき婆さんが『オマケ』寄越したろ」

「ん…あぁ、時計の分、ってやつ?…それ全部ここで消費して行くつもり?」

「そうだ」


勿体無い。自分の懐に入れておけば良いのに。いや、ここで食費として消えてるなら同じ事か?


「仕事以上の報酬はいらねぇよ」

「じゃ断れば良かったじゃねーか」

「あの婆さん、断るとうるせーの。さっさと食え。目立つからとっとと帰りたい」

「…」

「あ?何だよ。」


無言になった俺へ、赤ずきんは睨みを飛ばした。



この後、どうせ俺がお前を乗せた荷車引いて帰るんだろ。とは言わなかった。




副題:『雑用係と奴隷は紙一重。』


この後オオカミはたっぷり4時間走らされます。

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