14:赤ずきんとシンデレラ
「では改めまして、シンデレラと申します。どうぞお見知りおきを、オオカミ様」
優雅な挨拶、優雅な微笑み。
目の前に置かれた紅茶とお菓子、赤ずきんと俺の向かいに座るシンデレラ。
…服がメイド服じゃなければなぁ!ドレスとかならなぁ!様になるのに!!
いや、メイド服でも様にはなってるんだけどね!?
「オオカミです…」
「クソオオカミだ」
「前々から思ってたけど仮にも女だろお前『クソ』とか言うなよ」
ましてやこんな女性に『クソ』って言わせようとすんな!
「んじゃ早速だけど。これ頼まれてたモン」
赤ずきんが俺をシカトして、シンデレラへ大きめの箱を差し出した。
「あぁ!ありがとうございます。確認しても?」
シンデレラは笑顔で箱を受け取る。赤ずきんは軽く頷いた。
「…なぁ、俺がこの人と喋っても良いのってこの人が『シンデレラ』だから?」
「んー、まぁ、そうだな」
非常に曖昧に同意する赤ずきん。
今までにクライアントと喋るの許された事って他に無いんだけど。…あ、この前死神とは喋ったな。
「良かった。完璧ですわ赤ずきん様」
箱の中身は無事だったらしい。シンデレラは箱をテーブルの上に置いた。
「そうかい。ま、完璧に運ぶのが仕事だしな」
「(厳密に言えば運んだの俺なんだけど…)」
「お2人も良かったら見てください」
「…え、中身を?」
思わず聞いてしまう。シンデレラは笑顔で頷いた。
言われるまま、赤ずきんと俺は箱を覗き込む。
「あぁ…『ガラスの靴』か」
「それと…ガラスで出来た…冠?」
中にはガラスの靴と冠が鎮座していた。
「これって…所謂あの『ガラスの靴』?」
「えぇ、王子様の前で落としていったガラスの靴ですわ、オオカミ様。それから、冠は王子様に頂いた物なんです」
「…これお前が持ってたんじゃねーの?どっかに預けてたのか?」
赤ずきんが聞くと、シンデレラは少し困ったように笑う。
「えぇ、お部屋に飾っていたのですが…少し前に、少し欠けてしまったんです」
「そこは威勢良くパーンって逝ってほしかったな」
「全くです、どうせなら」
「いや駄目でしょ!?」
駄目だ、俺の中で確実に『笑顔の女はヤバい』という定説が確固たるものになっていく。
目の前のシンデレラも確実にヤバい。絶対に、100%、ヤバい!!
「んで?修理にでも出してたのか?」
「はい。大変でしたわ、まずはガラスの靴をくださった魔法使い様を探すところから…」
「探したの!?わざわざ!?」
「魔法で作っていただいた物ですから、普通の職人に渡しても直せないのでは…と思ったので。何とか探し出せました」
「冠は?ありゃ王子が職人に作らせたモンじゃねーの?」
「何かついでに魔法でもかけていただけないかと思いまして」
「『何かついでに』!?」
シンデレラの台詞の1つ1つが何かおかしい!おかしくない!?
「そうそう、荷物の受け取り場所が小さな山小屋だったでしょう?」
不意に思い出したように言われて、赤ずきんも俺も頷く。
普通、赤ずきんに荷物が届いて『指定場所に届けてくれ』っていう流れなんだけど。
それか『この荷物をどうにか仕入れて届けてくれ』か。この間の面倒な客は前者。
で、シンデレラの依頼は『指定場所で荷物を受け取って届けてくれ』。結構珍しい依頼だ。
「あれは、以前私が住んでいた家なんですよ」
「…ん!?」
「ん?お前姉ちゃんと母ちゃんいないっけ?あそこには住んでねーの?」
俺が突っ込みたかったのはそこじゃない!でもそれも気になる!
「さぁ…如何せん3人共重症でしたからね。大きな病院が近い街で暮らしてるんじゃないでしょうか?」
「ねぇ何でそんな淡々としてんの!?怖いよ!」
「酷い奴らだったじゃねーか。当たり前だろ」
「肉親でも駄目!?慈悲は無い!?…あ、継母と連れ子だっけ?」
「で、何でお前の昔の家が受け取り場所?」
シカトされた!もう良いよ別に!
「あの場所から魔法使いさんに連絡を取ってもらったんです」
「は?何でわざわざ…?」
「魔法使いさんの居場所もわからない上、連絡手段も無いので、あの時のネズミさんにお願いしようと思ったんですけど…お城もこのお屋敷も、ネズミが出ないんですよね…」
困ったように小首を傾げるシンデレラ。
「主にお前の掃除が完璧すぎるせいでな」
「…」
もうどこから突っ込んだら良いのかわからない。
そうか、魔法使いはボロ屋からしか連絡できないのか…初めて知ったわ…多分この知識一生使わねぇ…
「何だ、大人しくなってきたなクソオオカミ?」
「…そう…?」
もう疲れたんだよツッコミ役に。放っといてくれ。俺は紅茶を一口飲んだ。
「私に運ぶの頼んだのは、魔法使いが此処まで届けられないからか」
「はい。ネズミさんはここまで来られませんし、魔法使いさんも御都合が悪かったみたいです。従者の方々へお願いしても良かったのですが…赤ずきん様なら確実かと思って」
そう言われて、赤ずきんは満足そうに鼻で笑った。
こういうトコは結構可愛いのにな。言葉遣いは悪いけど。
…そういや、こいつ最初にシンデレラに『頼みたいことがある』って言ってたけど…
「そう言えば赤ずきん様、私に頼み事とは?」
良いタイミングでシンデレラが赤ずきんへ聞く。
「あぁ…」
赤ずきんは『ちょっとおつかい行って来てくれない?』くらいのテンションで、
「消して欲しい奴がいるんだけど、頼めねーかな?」
と言った。
「ぶっほ……は!?」
思わず紅茶を吹き出した。
「あら!オオカミ様、お怪我は!?」ってシンデレラが言ってるけど、そんな場合じゃない!
しれっと言った赤ずきんを見ると、いつものように無表情で椅子に踏ん反り返って腕組みをしていた。
「げほっ…な…何言ってんの!?」
「何だよ。あいつら消すんだよ」
「あいつら!?誰!?」
「この間の客」
「…!」
あいつらか!確かに『サヨナラする』とは言ってたけど!
「それを何でシンデレラに頼んだ!?」
「オオカミ様、これで拭いてくださいませ」
シンデレラが綺麗な布巾を渡してくれた。ありがとう。そんな場合じゃない!
「それで赤ずきん様、その御相手の御名前はわかりますか?」
当のシンデレラはけろりと、世間話でもするように聞き返す。
「わかる。何なら顔もわかるぜ」
「それならすぐにでも御期待に沿えると思いますわ」
「待って待って!え、これが異常な光景に見えてるの俺だけ!?」
「あ?あれ…言ってなかったっけ?」
赤ずきんは首を傾げて、こう言った。
「こいつ、『掃除屋』だぞ」
俺が出会った『仕事屋』、通算3人目。
『運び屋』に『情報屋』。…今度は『掃除屋』!?
「『掃除屋』!?…そ…掃除って、部屋の掃除!?」
そんなわけがない。何の仕事なのかは嫌でもわかる。
それでも俺の口からそんな質問が繰り出された。
「えぇ、勿論お部屋の掃除も喜んで!」
シンデレラは恐ろしく綺麗な笑顔で、続けて言った。
「それ以外の掃除も、喜んで」
何故クライアントと喋っても文句言われないのか。
何故赤ずきんがオオカミを飼っていることを知っているのか。
…シンデレラも『仕事屋』だからか。
『仕事屋』には俗世のルールが適用されない…一般の客へのルールは『仕事屋』に対しては全く意味が無い。
「んじゃ頼むわ。組織の名前は…」
淡々とあの客の説明をする赤ずきんも、うんうんと頷きながら笑顔で聞いているシンデレラも怖い。
…シンデレラの『掃除が趣味』ってのは…どっちのことだろう。
部屋や屋敷の掃除?それとも…
「…えぇ、では2週間以内には必ず」
「おー、珍しく長めに見積もるねぇ」
「『どこまで掃除するか』、悩ましいものですから」
「良いよ適当で。私やお前に支障の無い範囲で」
「お代は後ほど請求いたしますわ」
「あいよ。よろしく」
「お任せを」
シンデレラが深々と頭を下げた。
座ったままでも優雅すぎる礼に、背筋がぞわぞわした。
副題:『ネズミさん=シンデレラを舞踏会に行かせるべく助けてくれた子。』
シンデレラは掃除が得意ですし、好きです。