11:オオカミと弟
「隣町への届け物だと近いから楽で良いな」
「お前はな?荷車に乗ってるだけだからな?」
「お前だって大した距離走らなくて済むじゃねーかクソオオカミ」
「待って、膝の裏蹴るの止めろ!地味に痛いんだよ!」
俺、赤ずきんの足癖が悪過ぎて逆に心配だよ!?
赤ずきんの家への帰路を進む。この若干の坂道は普通の人は嫌なんだろうな。
俺、別に大丈夫だけど。赤ずきんも慣れてるし。
「お前ってさぁ…」
歩いてる途中、後ろから赤ずきんの声がする。
「んー、何?」
振り向かずに聞いた。
「何で人間体だとそんなに背ぇ高いの?」
「…??」
質問の意味がわからず、足を止めて振り返った。
「…はい?」
「クソオオカミのくせに猟師さんより背ぇ高いとかマジ許さん」
「理不尽過ぎない!?ってかお前が小さいんだろ!?」
赤ずきんは小柄だと思う。赤ずきんくらいの女の子の平均身長は知らんけど、結構低いと思う。
俺の胸の辺りに頭あるもん。
「俺、割と平均的な身長だと思うんだけど…」
「嘘つけ、私の同世代の男はもっと小せぇよ」
…うん??
「待て。俺、お前より多分年上だぞ?」
「はぁ!?」
どうやらお気に召さなかったらしい。
「何で!?」
「何でって何!?理不尽過ぎない!?お前確か…14?とかだろ!?」
「お前いくつだ!?」
「人間で言うと18くらい!」
「死ね!」
「理不尽の極み!」
あんまり理不尽だから蹴りは避けてやった。ざまぁ見ろ。
「避けんな!」
「避けるわ!あ、テメー銃出すな!」
「脳みそぶち抜いてやるからじっとしてな!クソオオカミ!」
「ふざけんな!」
婆さんのマシンガンよりは幾らかマシ…
…いや、デリンジャーならマシとかそういう話じゃない。銃を持ってる時点でマシじゃない!
「誰かー!銃刀法違反制度作ってー!」
「あぁ!?猟銃なら許されるんだよ!」
「お前の持ってるそれは確実に猟銃じゃねぇよ!」
すると突然、すぐ近くの茂みがガサガサと揺れた。
「!」
赤ずきんは咄嗟に銃口を茂みへ向ける。俺の警戒もそっちに移った。
「…何だぁ?ウサギか何か、か?」
「ウサギ撃つのかお前…」
「流石に撃たねぇよ馬鹿」
あぁ良かった、赤ずきんにも人の心があった。目の前でウサギ殺されたら俺泣いちゃうよ。
…それはともかく、もう一度茂みが揺れて、灰色の耳が茂みから飛び出した。
「…隠れるのが下手だな」
呆れた赤ずきんの声。あの耳の形は――オオカミ?
そろそろと頭が茂みから出て来る。人間のような髪。その髪に不釣り合いな獣の耳。…ん?
「…」
そろりと顔を出した、そいつに見覚えがあった。
「…!」
不安気な目が俺を見た途端、輝いた。
「兄ちゃん!」
「!スコル!!」
ばぁ、と一気に茂みから身体を出し、そいつは俺に駆け寄って来た。
俺も思わず手を広げてそいつを――弟のスコルを抱きしめた。
「…は?」
赤ずきんの声がしたが、気にしない。
「兄ちゃん!元気?お仕事大丈夫??」
「元気だ!スコルは?病気も何もしてないか?」
「うん!」
俺にしがみついたスコルの尻尾がぶんぶんと振られている。俺の弟可愛い。
「おい、オオカミ…何?兄ちゃん?お前が??」
「おー、こいつ俺の弟」
スコルの頭を撫でながら答える。あ、いつの間にか銃はしまったのな。
さて、こいつはスコル。俺の弟。
暫く家に帰ってない(っていうか俺はもう独り立ちしてる)から、随分久しぶりに会った気がする。前より大きくなった。
「あ、え、えっと」
赤ずきんを見たスコルがびくっとした。
「…」
赤ずきんの眼光がスコルを捉える。勿論、赤ずきんとは初対面。
「…あ、赤ずきん?」
「おー、私が赤ずきんだ」
威圧するように低い声で言うのでスコルが更にびくびくする。
そうか、赤ずきんがいたから茂みに隠れてたのか。仕方ないな。
「…あんま似てねぇな」
赤ずきんは俺とスコルを交互に見比べた。
「そうか?人間体だからかなぁ?」
「小せぇ」
「でしょうね!スコルまだ10歳くらいだからね!」
そういや背も赤ずきんより小さいな、と俺の腕の中で震えるスコルを見た。
「スコル、そんなにビビんなくても良いぞ。俺が守ってやるから」
「うぅ…」
「うわー、『俺が守ってやるから』とか何ー?少女マンガでも今時聞かなーい」
「赤ずきんうるさい。…ってかスコル、こんなトコで何してんだ?人間体にまでなって」
煽ってくる赤ずきんは全力でシカトして、スコルに聞いた。
人狼には人に近い世界で生きる奴と狼に近い世界で生きる奴がいる。
俺は前者で、スコルは今のところ後者のはずなんだけど…
「…もしかして人間世界で生きることにした?止めとけ、大して良いもんじゃねーぞ」
「実際、人狼が人間に混ざって生活するメリットって何だ?」
「食料がいっぱいある」
「……」
赤ずきんが何か言いたげだけど気にしない。
当のスコルは怯えつつも、何故か赤ずきんを見ていた。
「…に、兄ちゃんの…」
「ん?俺が何?」
「…お仕事、が、気になって…」
あー。お兄ちゃんは赤ずきんの尻に敷かれて奴隷の如くこき使われてるよって言えば良いのかな、これ。
思わず頭を押さえると、赤ずきんの笑い声が聞こえた。
「えーと…スコル、兄ちゃんはな…」
「赤ずきんにこき使われてるんでしょ!?」
「既に知られてるとか兄ちゃん泣けば良いのかな?むしろ喜ぶべきかな??」
赤ずきんがゲラゲラ笑う声が聞こえるけど、それどころじゃない。
何で知ってんだろ。もしかして人狼界隈で有名になってる?嫌だな。
「お…おい、赤ずきん!!」
「んあ?私??」
突如スコルが赤ずきんを呼ぶので呆気に取られた。赤ずきんもキョトンとする。
「兄ちゃんは強いんだからな!本気出したらお前なんか一噛みなんだからな!あんまり酷い扱いしたら、絶対、許さないんだからなー!!!」
「…」
それだけ言うとスコルはぴゃっと俺の後ろに隠れた。
「…」
「…おいクソオオカミ…」
「俺の弟が健気過ぎて…」
どうやら人狼界隈では俺が奴隷の如く扱われていることになってるらしい。いや、事実だけど。
で、それを心配して見に来たの?何なの俺の弟、可愛過ぎない???
「大丈夫、お前がそう言ってくれるだけで兄ちゃん頑張れる」
「クソオオカミその弟渡せ殴るから」
「渡すもんか!!」
「ほらー!その呼び方も止めろよー!!」
「クソオオカミはクソオオカミだろうがぁぁぁ!!」
赤ずきんが勢い良く投げた何かが俺の後頭部に直撃した。
「痛っ!…って何これ」
地面に落ちたそれを拾い上げると、金貨や銀貨が入った小さい袋だった。
「金を投げるなよ…」
「テメーの金だボケ!」
「…は?俺?」
「臨時ボーナスだ。ついでに臨時休暇もくれてやる!」
びし、と赤ずきんの人差し指が真っ直ぐ俺に向いた。
「急になんだよ…ってか俺、金はいらねーって…」
言ってるのに、と続けたかったのに追撃にローブをぶん投げられる。
「お母さんがお前に金渡さないとうるせーの!」
「いらねーってのに…」
あ、俺は慣れてるから良いけどスコルがめちゃめちゃびびってる。こいつの怒号とか通常設定だわ。
「弟がびびるので大きな声出すのやめてくださーい。」
「脳天ぶち抜かれたくなかったら3日間私の前に現れるなよクソオオカミ…」
「いやだから急に何なの…」
突然休暇を言い渡されても困るし、金はもっと困る。どうしようこれ。
「弟に何か買ってやれ!そんなボロじゃとても人間に混ざれねぇぞ!」
そう言われたのでスコルを見ると、ボロボロの麻みたいな服を着ていた。
「スコル、それどうした?」
「山小屋で適当に取ってきたの…」
「うーん…まぁ人間に混ざるにしても混ざんないにしても、何着かあったほうが良いかな…」
「ついでにテメーも買って来い!」
ふん、と鼻を鳴らしてから赤ずきんは踵を返した。
「あ、オイ…」
赤い、小さな背中が森の中へ消えていく。
「…まぁ、とりあえず町まで行ってみるか…スコル、町行ったことある?」
ふるふるとスコルは首を横に振った。
「そっか」
「…人間いっぱいいるの?」
「人間ばっかりいるな」
「…怖い?」
「…怖くないよ」
怯えるスコルにローブを被せて、手を引いた。
「案外快適かもよ?」
「…そう?」
臨時ボーナスと臨時休暇は、弟の社会勉強に使わせてもらおう。
人間として生きるのと狼として生きるの、どちらが良いのかはわからないけど、どちらも知ってて損は無い。
たまには、ちゃんと『お兄ちゃん』しよう。
いつまで生きていられるかなんて、わからないんだから。
副題:『ハティとスコルでピンと来た方は私と握手。』
北欧神話に出てくる狼の名前です。兄弟かどうかはよくわかりませんが。
特に言及していませんが、人間体時のオオカミは服着てます。変身と共に服も着てます。
耳と尻尾は人間体時にもそのままですが、気合を入れれば消せます。疲れるからやらないだけです。弟は多分まだ消せないと思います。
あとオオカミの身長は180ちょいだと思います。赤ずきんは150無いくらい。