9:赤ずきんと小包み
「…っ!」
夜の森。目の前に突然現れた黒いローブの誰か。
知らない臭いがする。人間、ではない。黒いローブの奥は何も見えなかった。
「…あ、か……」
かすれた声が聞こえたと思えば、暗闇にギラリと目が光った。
俺は何が何だかわからず、ただ目の前のそいつを見上げることしかできない。
「…赤…頭巾……に……」
そう言って俺に何か差し出す。
それを受け取った途端、俺の目の前には何もいなくなった。
「お前が仕事受けるのは厳密にはルール違反だ」
「知ってる」
翌朝、赤ずきんの家へ出向いて昨日の話をすると盛大に顔をしかめられた。
俺は『運び屋』じゃない。『運び屋』に仕事を頼むなら、赤ずきんの母親か本人に言うしかない。
しかし昨日の奴は「赤ずきんに」と言って小包を渡してきたので、赤ずきんへの依頼なのだろう。
俺に言うのは御門違いなのだが。
「ま…頼まれたモンは仕方ない。受けてやるか」
「何で直接赤ずきんに言わないんだ…ってかアレ、何?」
人の形をした昨日のアレは、明らかに人間ではないし生き物ですらなかったと思う。
「見てないから知らん…と言いたいが、予想はつく。これが誰宛てのもんなのかもな」
テーブルの上の小包を睨みながら赤ずきんは言った。
「宛先書いてねーのに?」
薄茶色の包装紙に麻紐でくくられた荷物は、宛先も書いてなければ差出人も書いてない。
「宛先が書いてねーのは何処に住んでるのか知らねーからだろ」
「しれっと言ってるけど、それってお前はどうやって届けるわけ?」
「私は『そいつ』が何処に住んでるのか知ってるからな」
赤ずきんは小包を懐に入れると、立ち上がった。
「行くぞオオカミ。今から行けば夜までに帰れるかもしれねぇ」
「あー、はいはい…」
荷物が軽い分、どうやら長距離を走らされそうな予感がする。
『おーい、赤ずきん…?』
「何だよ」
『どんどん寂れた地域に入ってるんですけど…?』
「良いから進め」
森を抜け、街を幾つか通り過ぎ、荒野を走り、いや荒野の時点で既に人の気配は無かったんだけど、人の気配が無い森の中を走る。
「人の少ない場所で悠々自適に暮らしたいって奴なんだよ」
『…あのさぁ、ちょっと思ったんだけど…』
「何だよ」
いつも思うけど、女の子がこんな受け答えで良いのかね。
大きなお世話だ、とか言ってぶっ殺されそうだから言わないけど。
『何か…『郵便屋』とか、いねぇの?』
心の声は口に出さず、疑問だけ口に出した。
これまでも幾度か思ったことがある。
『運び屋』は確かに何でも運んでくれるけど、手紙や小さな荷物なら別の職の奴に頼めば良くない?
「いるぜ?」
『あ、いるの!?いないからお前が運んでるんじゃないの!?』
「いるけど、確か大まかな住所わかってねーと届けてくれねーな」
『大まかな住所って何だよ』
「『○○国』とか。こういう全く何も書いてない荷物は届けない」
国単位で良いなら何も書いてなくても大差無いんじゃないかな。あるのかな。
「ただし、どんな過酷な場所でも必ず手紙を届けてくれる。
聞いた中で1番ぶっ飛んでたのは…魔物が巣食う洞窟を抜けた先にある酸の川をオンボロな吊り橋で渡った所にある祠に住んでる奴への配達かな」
『それ誰から誰への手紙!?』
「さーな。あ…止まれ」
『?』
言われた通り、徐々に減速してから止まる。
少し開けた場所に出た。やはり人の気配、というか生き物の気配がしない。
『ここで良いの?』
「この辺のはずなんだけど…」
赤ずきんは車を降りてきょろきょろする。
「…まさか引っ越した…?」
『マジ?…どうすんの?』
「…もう少し先だったかなぁ…でもなぁ…」
珍しく赤ずきんが弱気だ。いつもの尊大なお前は何処行った。
「…少し行くと崖がある。そこまで行ってくれ」
『はいはいっと』
再び赤ずきんが車に乗り込んだのを確認して、走り出す。
『でもマジで…臭いがしねぇもん。誰もいないんじゃないの?』
「臭い…臭いは…あいつ、するのかな…」
『?…あ、崖ってあれか』
崖の手前で再び止まると、赤ずきんが車から降りた。
「うわ、すっげー高さ…」
『おい、落ちたら知らねぇぞ…』
怖がるでもなく、普通に感心してる赤ずきんはアホなんじゃないか。こいつ怖いモンあんのか。
「おーい、『デス』!いねーかー!?」
『そんな大声で呼んでも………………今、何つった!?』
しれっと、とんでもない呼び名が聞こえた気がする。
「『デス』。名前は無いんじゃねーかな、あいつ」
『デス!?って、『death』!?』
「呼びました?」
『ぎゃああああ!!!?』
背後から突如聞こえた知らない声に、俺は情けなく悲鳴をあげた。
振り向こうとしたけど車が邪魔で上手く振り向けない。
…気配無かったぞ!?いつからいた!?ってか声の位置的にもしかして今、車の上にいる!?
「おぉ、いたいた…何をもだもだしてんだクソオオカミ」
赤ずきんの侮蔑したような声が聞こえた。
聞こえたけど、俺のせいじゃない。どっちかって言うとお前のせい。
『これ、邪魔なの!!』
獣体では車を引く時に着けるベルトや紐を外せない。かと言ってこの状態で人間体に戻れるわけがない。
普段は到着次第、赤ずきんが取るんだけど…
「おや…大丈夫ですか?外してあげますね」
俺がもだもだしてたら、穏やかな声色の男は俺に繋がってるベルトやら何やらを外していった。
「あっ、勝手なことすんなテメー」
「オオカミに車引かせてるんですか赤ずきんさん…」
車から解放されて、苦笑する男の顔をようやく見上げることが出来た。
『…??』
先程赤ずきんが呼んでいた…『death』という名前からはおおよそかけ離れた好青年。
『…死神?』
ぽつり、と俺が零すと、
「あ、はい。『死神』です。」
という何とも軽い答えが返って来た。
『えええええ』
「正しくは『元・死神』ですけどね」
『えええええ』
「ところで赤ずきんさん、何故ここへ?」
「お前に届け物だよ」
副題:『身長180cmくらいあって髪がサラサラで爽やか笑顔が素敵な兄ちゃん=死神』
『郵便屋』さんは、山羊の角が生えた渋いおじさんらしいです。