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第05話 「白石水子のプロローグのエピローグ」

 不死者ホムンクルス

 語源は諸説あるのだろうが、この神倉市では単純に不老不死の人間としてその当て字を宛がわれている。

 水子がそれを伝え聞いたのは友人の口からだった。その友人もそれ以上詳しくは知らないらしい。

 なんでも、ネットで偶然知った情報の受け売りで、水子がフリージャーナリストを目指していることからのネタ提供のつもりだったという。

 よもやその友人も噂を提供して三日も待たずして水子が旅立つとは思わなかったことだろう。

 水子の代わりに神倉市の情報をネットで調べ横流した手前、ちょっとした責任を感じているというのは別の話しである。


 とにかく。

 水子がそれを聞いて興味を湧かさないはずがなかった。都市伝説と呼ばれるものを疑心ながら目指している面目に則って、身近な友人の口から聞ける美味しいネタを聞き逃すわけにはいかない。

 伝説と銘打たれるだけはありどうしてもリアリティーには欠けるお目当てを、中でも身近なところから聞いたとなると相対的に現実感は増してくれた。

 無論、その上で現実味が皆無なのは承知のこと、それでも火の無いところに煙は立たぬ。

 都市伝説という、地域や国によっても星の数ほどある当てのない中から、水子には友人の言葉が現実的に聞こえてしまったのだ。

 水子からしてみれば、当てのないものに没頭するより遥かに現実的だった。


 不死者、なんて大それた当て字も宛がわれるだけあり、水子の期待もほどほどに高まっていた。

 当然、それをどれだけ脚色したとしても決して現実感がある存在とは言えないが、それを如何に記事に起こすかは執筆者の腕によるところだ。火の無いところに煙は立たぬ、とはよく言ったもので、噂の根源たるものを面白おかしく書くだけでも記事にする価値はあると踏んでいる。

 もとより、都市伝説というのはそういった誇張や改変であるのだろう。


 差し当たって、不死者ホムンクルスの噂の元を辿るに、最初に行き着いたのは喧嘩の街と形容されるこの神倉市。

 最強を目指し語るこの街、忌憚なく言ってその様態からして普通ではなかった。喧嘩が当たり前に成り立つ普通ではない状況は水子の期待を更に煽っていた。

 そんな異形な様相を成すこの街だからこそ、あるいは、不死者ホムンクルスも実在するのではないか、と。


 ともすれば、この街の成りを追えば目的に行き着くのではないかと、ジャーナリストとしてのまだ青臭い直観である。

 当ても無く都市伝説を追うより、現実として街の住人も語るそれにスポットを当てるのも間違ってはいないだろう。

 そして、最強という、それ自体記事に出来そうな情報を水子は集めたのだ。

 そんな不安交じりの期待をへし折ったあの高笑いを水子は忘れはしない。


『――不死者ホムンクルスなんてのは噂、ただの都市伝説だよ。喧嘩ばかりのこの街で、不思議と死人が出ないからそんな噂が出始めたのさ』


 確かに水子は都市伝説を追ってはいる。が、ただの都市伝説とまで言われてしまっては、萎えてしまう気持ちもある。

 水子とて、正面切って真面目な顔で問うような質問ではなかったとは思うが、何もあそこまで大げさに笑う必要まではなかっただろう。

 水子の気も知らずに斎藤はそう言ってのけたのだ。


 あまりに呆気ない種明かしに水子は全身の力が抜けたものだ。喧嘩で死人が出ないことなど当たり前で、出てしまってはそれはもはや事件だ。

 考えても見れば簡単な話、一般人を巻き込まないという彼らなりの暗黙の了解と同様、死人を出さないこともまた彼らなりの秩序なのだろう。

 満を持して、というには語弊があるが、流石の水子も聞き出し辛く十分に温まった質問をああも一蹴されては心を折られる。

 目標を失ってしまったような気分に等しい。


 不死者ホムンクルスという超常の存在。

 話を聞いた限り、あるいは、西京鋼平という存在はそれに当てはまりはしないか。

 的外れならばあまりにも無礼な見解だが、嫌に辻褄が合ってしまう。というより、不死者ホムンクルスと言われて遜色ない伝説を持つ西京鋼平側が異常なのだ。

 もしかしたら、西京鋼平その人物こそ不死者ホムンクルスなんて噂の本来の語源ではなかろうか。

 否、斎藤の言った以上でも以下でもなく、誇張され改変されたものが伝え広がっただけなのだろう。

 そこを結び付けるには、水子はまだこの街のことを知らなさすぎる。


 それでも、斎藤には笑われてしまったが、わざわざこの街まで来て諦めきれる水子ではない。一度決めてしまったことを曲げられない性格がこの期に及んで水子の諦念を阻む。

 ベッドで横になりながらも、沸々とモチベーションが湧いて出るのだ。

 こうなってはただの意地だった。反発的な自己肯定だ。

 つくづく苦労する性格だなと、何時もながらに嫌気がさした。


 とにもかくにも、この翌日は脚を動かすしかない。まずはこの街の様相はどういったものか、この目で見ないことには始まらないのだ。

 短い時間の中でどれだけの情報を得て、経験を得て持ち帰れるのか。最強だの不死者ホムンクルスだのを追う前に、新人ジャーナリストとして自らに成長を課したこの旅だ。

 得られるだけのことを得るためにも、この身をすり減らさせる必要があるだろう。

 ともすれば早く眠りにつきたいところだが、如何せん熟考の興奮で気が静まらない。


 そういえば、と。

 水子は思考に没頭しすぎて風呂にも入ってないことを思い出す。

 自分ががさつなのは自他ともに認めるところではあるが、やはり一人の女性として一日一回の湯浴みは譲れない。

 水子がバーからの岐路についたのも日付を跨いだ時間、疲れた体を目いっぱいに伸ばしそれなりにある眠気を覚ました。

 いざ部屋に備え付けの浴室へと向かおうかと身体を起こし、鼻歌交じりに準備しながら水子は翌日の予定を組み立てた。


 まずは、一も二も無く喧嘩をこの目で見る。この街の代名詞を見逃したまま取材を続けるのは愚の骨頂。

 上辺ほどの知識でこの街を語るのは難しいと、この一日の取材で分かったことだ。

 そして一日の終わりにはまたバー『すみれ』へと足を運ぶ。

 営業時刻の手前引き下がった水子が、試しにまだ話を聞き足りないと駄々っ子のように述べたところ、斎藤からの返答は実に紳士的だった。というか、あまりに稚拙な水子と対照的に大人びて見えただけだ。


『それなら明日また来てくれるといい。何といっても明日は花金、酒を振る舞う店としては週で一番繁盛する日だからね。いろんな人から面白い話が聞けるかもしれない』


 そういうことなら今日以上の収穫も見込めるのではと、水子は早速予定に組み込んだ。

 千本桜家、神倉西高。その二つなら何となく概要も分かったものだが、水子のメモ帳に話に出た順番で書かれた残る二つの名前はあまりに得体が知れない。

 ボトムス、西京鋼平。もしかしたらその会員や知り合いに会えるという可能性も無きにしろあらず。

 僅かな望みにも賭けつつ、翌日も斎藤の下へ尋ねない手はないだろう。

 次は酒の一杯でも注文してくれれば俺も助かるよと、斎藤が後に遠慮交じりで続けていたのを水子は上の空で聞き逃していた。


 かくして、白石水子はジャーナリストとしてのプロローグ、もとい初めての一日を終えるのだった。




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