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第01話 「白石水子のプロローグ01」

 彼女はこの春、大学を卒業したばかりの社会人としてはうぶ臭さが抜け切らない半人前だ。本人の子供っぽい性格もより拍車をかけ、その青臭さは見る者に初心を思い出させることだろう。

 そんな彼女の初めての仕事だけあり、仕事における技量は皆無に等しい。

 実際、その都合により訪れたこの小さな街で、右も左もつかぬ新人特有の手持無沙汰は発揮された。

 もとより、一般的に若干特殊とも言える仕事柄、それも止む無しとは言えるのかもしれない。


 彼女――白石水子しらいしみなこがこの職を生業としたきっかけは他愛も無く、同様に子供ながらの夢だと言えば可愛らしいものだ。今でこそ未熟な性格のために非生産的なことはあれど、幼き頃は容姿相応に可愛らしい少女だったと白石は自負している。


 良くも悪くも素直な幼少時代だった。幼き頃に素直に抱いた夢を貫き通す程度には、悪く言えば頑固な性格のまま成長した結果、周囲の反対は押し切ってこの職に就いた。

 別段、非行に走ったり、どこかで道を踏み外した自覚はないが、この職を目指すと打ち明けた時が人生において一番大きな親への抵抗だったことだろう。友人は多く、背中を押してくれる友人も居たが、その大半にも反対されたのを覚えている。

 それでも、水子が一度決めてしまったものを曲げられない性格だということは、周知の事実だった。


 曰く、恨むのなら叔父さんを恨んで、と言うのは水子の弁。

 きっかけは何でもない親戚の集まりであり、今でこそ同じ職に就いてしまった水子の叔父による自慢話だった。

 都市伝説特集という如何にも胡散臭いとある雑誌を片手に聞かされる話は子供ながらに魅力的で、引き込まれてしまったのを覚えている。

 叔父はその雑誌の一ページを開いて熱心に語っていた。

 今にして思えば鼻で笑ってしまうような内容だったかもしれないが、幼き頃の水子は嫌に心を打たれてしまったのだ。


 小さい子が大人に憧れることなどありがちで、それ以上でも以下でもなく微笑ましいただの昔話だ。

 水子の場合、一途な性格がその後の人生を拗らせた。

 叔父は話の最後にこう語る。


『――水子よく聞け。実はな、この記事を書いたのは俺なんだ』


 素直な性格だった水子も、胡散臭い記事の内容が相まって最初は信じられなかった。だが、記事の中の執筆者の欄に叔父の名が記されていたことは今でも鮮明に思い出せる。

 水子の叔父は雑誌記者、所謂フリージャーナリストだった。と言うのも既に過去形なのは、そんな職でまともに飯が食べられるのはほんの一握り、叔父が別の仕事に転職したのも数年前のことだ。

 その前例もあるだけに両親には大目玉を食らったものである。はっきり言って、水子自身にも不安がないと言えば嘘になってしまう。

 さりとて、挑戦もせずして諦めてしまうことの方が、水子にとって苦痛でしかない。


 フリージャーナリスト。出版社やそれに準ずる企業に記事を売ることで収入を得る。勿論、企業の求めるニーズに合わなければ金にさえならない。そんな厳しい世界だということは百も承知だ。

 それでも水子にとって、目指してしまったことには仕方ないなんて、割り切った思考すら持ち合わせている。


 何故なら、憧れてしまったからだ。記事の中の内容に、楽しそうに語る叔父の姿に、まんまと憧れてしまったのだ。水子にはそれで十分だった。あの時の叔父の話は水子に大きな影響を与えてしまった。

 いつしか自分の記事が雑誌に載り、大衆に読まれることを夢見ている。

 それだけに、職に就いた、というにはデビューすら果たしていないひよっこもいいところだろう。


 そんな水子の記念すべき初仕事。

 水子は友人の伝手でとある噂を聞き入れ、大学時代からバイトでせこせこと貯めてきた貯金を切り崩してこの街に来た。何を隠そう、その噂を記事にすべく訪れたのだ。

 汗水たらして得た金を使ってまで遠路遥々訪れた初仕事だ。ただの旅行にするつもりはない。

 初めてにしては難しい内容なのも自覚しているが、当たって砕ける精神は叔父に見習った。


 某県に在するとある街。その名は『神倉かぐら市』。

 華の大都会と比べては多少閑静な街並みは、田舎上がりの水子にはまだ馴染みやすい。

 滞在予定期間は五日間。四泊五日のうち五日目に関しては帰省の時間も兼ねていると考えれば、そのわずかな時間でどれだけの情報を得て、どれだけの経験を得て持ち帰れるのか。水子にはすべてが初めての経験であり、そこに不安以上の期待を隠しきれなかった。

 胸中の高鳴りが見た目に出てこの閑静な街に浮いてはいないかと、周囲を気にするだけの余裕はあるようだ。

 もっとも、それっぽいからと気合を入れて着込んだインバネスコートは傍から見て浮いているという以外の表現は出来ないが。

 それだけでも既に普通とはズレた感覚を露呈している。


 大学の卒業と同時に購入した愛車を走らせて半日近い移動の疲れは、早速チェックインしたホテルで小休憩。

 ドライブは好きだが、中高と部活で鍛えた体力自慢の水子も流石に応えた。

 現地での移動のしやすさを見据えた采配に早くも後悔しつつ。

 そして陽の落ちた今、噂の調査に聞き込みをすべく街へ繰り出し、初めての仕事にどこから手を付けるべきか決めあぐねている。

 無論、駆け出しとはいえ、事前の情報も無くして乗り出してきているほど水子も間抜けではない。

 ただ、その事前の情報と水子が実際に目に見る閑静な街並みに、ギャップを感じざるを得ないのだ。

 それ故に想像以上に手持無沙汰となってしまう。


 両親の反対を押し切っただけに覚悟を決めてきたつもりはあったが、現実は時として無常だ。

 叔父もこんな経験をして後にこの道を諦めたのかと、まばらな人の波の中で独りでに水子は考える。

 弱音は吐かないと決めてきた。それでも少しばかり、俯いてしまう。

 そんな水子を気に掛ける人物が現れることは無いほど、人通りは多くはなかった。


 もっと騒々しい街並みを頭の中に描いていた。人影は皆無ではないが、少ないという印象を受ける程度には物静かな街だ。あるいは、最初からただの妄想なのだろうか。

 憧れが先走って、いつしかそこに幻想を抱いてしまっていた。叔父の苦労を知っているはずなのに、あの日見た記事の内容に心躍らせた憧憬を未だ忘れられずにいる。

 だからこそ、現実の落差にも気が沈む。


 初めから上手くいくとは思っていなかったが、初めて自分が夢見がちな子供だったことを思い知った。幼稚な性格はともかくとして、いつまでも子供のままでいる訳にはいかないのだと、あるいはそれを知れただけでも収穫と言えるのだろうか。

 否、そんな考え方こそ稚拙で甘い認識なのだ。


 水子は両の手のひらで頬をパンと叩く。乾いた音はまだ少々肌寒い四月の夜空に響き、不意の珍妙な行動にまばらな人波も今度ばかりは目を引いている。赤く染まるほど強く叩いた頬のヒリヒリとした痛みが後ろめたさを忘れさせた。

 傍から見て急に頭を振り出す婦人を尻目に腫れもの扱いで人波が避けていったことなど、水子が知る由も無い。

 俯いた顔を上げ、鋭い視線を携えて正面を向く。そこに何があるでもないが、ただ前だけを見て呟いた。


「――しっかりしなさい水子。苦労することは叔父さんを見て最初から分かってたことでしょ」


 それは所詮ただの自己暗示かも知れないが、今まで水子を支えてきた方法である。一度決めたことを曲げられない性格で四苦八苦してきた過去に、強固な意志を持って自分に言い聞かせることで貫き通してきた。

 だからこれからもその方法で生きていけるなんて考えは稚拙だ。

 それでも、前を向けるのなら、俯いているよりは幾分もましだろう。


 よっしゃ、という貴婦人にしては荒々しい掛け声で水子は頷く。

 両の手に拳を作り、閑静な街並みの中をわざとらしい大股で闊歩していった。




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