干支達の夢 その十二a 【月夜のリフレイン】
干支に関するショートショートです。今回は猪その1 です。猪と言えば猪突猛進。そんな奴の永遠なる猛進の物語です。
大地を蹴る。風を切る。激しい鼓動。息せく吐息。
時折、驚き飛び立つ鵺の声。これが今、奴が耳に出来うる音だっ
た。
辺りは闇の世界。真っ暗闇ではないにせよ、先刻から月が隠れた
ので、僅かな星明りのみでは道先案内にはちと物足りぬ。しかし、
奴は走り続ける。
いつから走り続けていたのだろう。何処に行こうとしていたのだ
ろう。時折こんな思いが奴の鈍い頭をかけ抜けていったが、そんな
ことは後ろに跳び退る辺りの景色の如く、次の瞬間には闇に溶け込
んでゆくのだ。
怒り。それも激しい、燃える様な。これだけが奴を走らせている?
それとも単なる習慣なるや?
「オレは怒っていたのだ。いいや、いるのだ。今もか? 今もだ!
だが、誰にだ?」
飛び退る思い。
「あれは確か、そうだ、音だ。あの音が…」
鵺がまた一羽、叫び声をあげつつ薄闇の中に飛び立つ。
奴の勢いが一瞬ではあったが、緩んだ。
「鵺の叫び。叫び? 叫びか? あいつらの? そうだ、銃声だ!
それからあいつらの…」
飛び退る思い。
月が雲の切れ間から姿を現した。闇に慣れた目には、真昼の太陽
の如く、輝く猫の爪。
「ああ、この月はいつもこの形なのだな。確か月というものは姿を
変えるものではなかったか?」
奴は視線を月から移動する。と、奴の目に映るのは、大地を蹴る、
力強い四肢。それも荒い皮毛に覆われた。視界の端には、牙も僅か
に覗く。
「ああ、そうだった。オレは今攻撃の途中だったな。そうか、あい
つらに突撃するんじゃないか!」
新たな怒りが沸いた。前方にマタギが銃を構えているのが見えた。
構わず突っ込んでいった! 銃声!
ふと気づくと闇の中にいた。月は隠れ、僅かな星明りのみが、今
も走り続ける奴を照らしていた。
聞こえうる音は、大地を蹴る、風を切る…今も…
リフレインもエンドレスなら・・・