東京砂漠 第1話
激烈なるこの夏の選挙を制し、新たに東京の王となった石橋新都知事は、
今、寺坂総理大臣とがっちり握手を交わしていた。
一斉にカメラが光る。
総理は、人工的な笑顔で言った。
「当選おめでとう。すごいパフォーマンスだったね。」
嫌味である。
石橋は、選挙戦で炎上商法に近い方法を使った。
きわどい発言や、敵を作るのも恐れない強硬策を展開したのだ。
さらに、暇を見つけては、ツイッターで現職の知事や、政敵をこきおろした。
その強引さは、ほぼ連日マスコミに取り上げられた。
マスコミの報道はやや否定的なトーンだったものの、有権者は逆に今までにないタイプの政治家が出てきたんだと好意的で、結果的に普段選挙に行かないような連中の票を獲得することができた。
総理は、民意が選んだ石橋に敬意を払うそぶりを見せながらも、内心姑息なテクニックでのし上がった暴君を嘲笑する気持ちがあるのだろう。
石橋知事は、知能の低い動物を哀願するような笑顔で言った。
「いえいえ、総理のようにどっしり構えていられませんでしたので。」
嫌味である。
総理は、年の割には、エネルギッシュさが少なくキビキビするようなタイプではなかった。
国会討論などを見ていても、話すときも、座っている時も、銅像のように機動性が感じられなかった。
週刊誌やネットでは、ロボットだの機動戦士だの言われていて大いに憤慨していると関係者に漏らしているようである。
総理は笑顔のまま眉を一センチ程度上に押し上げた。
「ええ、日本の発展は、この東京のかじ取りにかかっています。政府としてもできることはなんでも協力していく所存です。」
総理は、何かしゃべっているようだったが、もはや石橋の耳には届いていなかった。
都知事の椅子など、簡単なものだな・・・
大衆の心を操るのは簡単だ・・・あらゆる既存の事象に対しケチを付け、保守的な正論を堂々と打ち上げる。
やっていることは別にごく普通のことだ。
だが、まるで手品や花火でも見せているかのように、派手にやる。
頻繁にやる。
徹底的にやる。
しつこくやる。
カッとなってやる。
やりすぎだろうと思われてもやる。
さらにダメ押しで数回やる。
忘れてきたころにもう一回やる。
そうすると、自然と時代を代表する絶大な支持層を抱えた候補者になっていた。
別に自分が特別な人間とは思わない。むしろ物忘れはするし、時々自分でも意味不明なこともやらかしてしまう。気に入らないことがあると深夜に奇声だって発する。家では、基本的に半裸でごろごろしている。
それに、初めは都知事なんてなりたくなかったんだ。
奴らさえ・・・いなければ。
石橋は、数ヶ月前の出来事を思い出していた。
その人物は、どす黒い笑みを浮かべながら言った。
「石橋さん・・・あなたの望みをかなえましょう。
ですが、わたしたちに協力してもらうことが条件です。
わたしたちの手足となり、責務を果たしていただけるのなら、わたしはあなたにすべてを与えましょう。あなたという種を植えて生じた利益を回収する。そのためには、あなたが望む肥料は何でも与えます。金も女も名誉も、快楽、不快なものの排除・・・
ただ・・・もしあなたがわたしたちに仇なす瞬間が訪れたときは、容赦なく使い捨てます。あなたという存在を消滅させます。ゼロに戻るのではなく、あなたにとって最も後悔する極地に身を置くことになります。どちらにせよ後戻りはできません。これは契約であり、投資です。」
おれは、とんでもない奴らの力を借りてしまったのかもしれない・・・
だが、しかし、今やおれはこの日本の中枢、大東京帝国を預かる者だ。
結局のところ、国民はパフォーマンスが好きなんだ。
それに吐き気がするほど現状の社会を嫌悪するあまりに、しょうがないから今までとは明らかに毛色の違う変態に投票してみたというのもあるだろう。
総理は、まだ何か喋っていた。
「砂漠化東京・・・この東京砂漠」
石橋はそうつぶやくと、軽くため息をついた。
パンドラの箱を開けてしまったのかもな・・・