01 魔女協定
「琥珀色の王太子は、囚われの姫君の新たな拠り所に」
アウトキリア国の王太子は、高き塔の天辺に閉じ込められていた紫色の魔女の娘と出会い、彼女を魔女の元から連れ出した。
【紫色の娘】の身の内に秘めていた力は、紫色の魔女の体を傷つけて、彼女を手放させる決心を促した。
「淡褐色と灰色の兄妹は、林檎の魔女より逃げ出して」
美しいものを収集する林檎の魔女に魅入られた、不思議な光彩を持つ兄。唯一の血縁者である兄を救い出す妹。
【淡褐色と灰色】の瞳を持つ兄妹は、力を消耗した紫色の魔女の元へと身を寄せ、林檎の魔女との縁を切ろうとしている。
「橙色の灯火を消した少女は、永遠の夢に囚われて」
帝国との戦争で想い人を亡くした少女。同じ想い、同じ傷。深く心を摩耗させた女性たちと共に、帰還の幻想を夢見ている。
【橙色の灯火を】点け、夢を魅せる力と共に、彼女は幻想の甘い夢に囚われて、灯火ごと消えてしまった。
「琥珀色の猫は、約束を果たし」
アウトキリア国の主将は、林檎の魔女の呪いにより、その身を猫の姿へと変貌させられていた。
強い意志を灯した【猫の瞳は琥珀色】。紫色の魔女の助力により、兄太子との約束を果たすために、城へと帰還す。
「緑色の騎士は、桃色と共に解放され」
過去の傷心に苦しむ悪魔の娘。彼女のもとに現れたのは、林檎の魔女に呪いを掛けられ、カエルの姿へと変貌させられた騎士。
心のふれあいを経たのち、【緑色に口付けを】与え、二人は新たな未来を作るためにまた歩き出した。
「白の姫君は、その心を黒へと変えて」
純粋だった心と世界一の美貌を持つ少女。美しさは罪なのかと、白い心を黒く染め変えた【白き姫君】。
守りたいものはたった一つだけ。二人の魔女の介入が、少女の心をいびつに歪めた。
「虹色の音に、子どもたちは誘われる」
心の悲しみを抱える戦争孤児たちを誘うのは、悪魔が奏でる軽快な笛の音。ふらりふらりと誘われたのは、灰色の妹。
【虹色の笛の音は】新たな希望へと導く標。孤児たちとかの姫の国への入場券は、妹の分は不要だったようだ。
「蒼の姫は、贖罪の想いと共に籠の中へ」
愛した人を失った蒼の姫。故郷にも彼の思い出とも決別を告げ、その贖罪と共に新たな場所で、彼の夢見た国を創りあげる。
【親愛なる蒼姫へ】何度も何度も心の内で想いを綴った。彼女の心には、未だ届かないと分かっていながらも悪魔は綴る。
「そして」
最終章が始まる。
「黄金色の娘が、この舞台の幕を下ろす」
それぞれの思惑と感情が織り交ざって、終焉へと加速していく物語。新たな結末を迎えるために、各々が動き出す。
最終話【黄金色を探して】
魔女は嘘をつかない。
魔女は魔力の源を所持しなければならない。
魔女は悪魔には逆らわない。
魔女は俗世に囚われてはいけない。
魔女は魔女協定を破ってはならない。
以上の魔女協定を破るもの、これすなわち魔女失格。
源を理に還元し、速やかに退場すべし。
「魔女の名を有するもの、魔女の矜持に従い、永久に魔女であれ」
ぽつりと、ヴァイオレットは呟いた。
こぼした言葉は自分の言葉ではないけれど、これを胸に魔女で居続けることを決めたのだと、改めて自分に言い聞かせるように。
「俗世に囚われてはいけない、だなんて漠然としている協定だと前々から思っていたけど」
曖昧もいいところだわ、と気だるげに己の鈍い金髪をかきあげた。さらり、と癖のある髪が指の合間からこぼれ落ちる。
己の色とは異なる、淡い金の長い髪と錯覚を起こしかけて、その残像を消し去るように目を伏せた。
「あたしのはだ、完全に俗世のものになっていない。まだ、源の一部」
だから、今回は許される。まだ、協定は破ってない。
隠していたあの子に囚われていたのは事実。それでも、手放すだけの猶予はある。手放そうとする意志もある。
まだ、魔女として終わるつもりはない。
「でも、あいつはもう手遅れ」
なんの因縁か、赤を好む魔女との関わりが多い。余計なものまでいくつも抱え込んでしまった。
それはまだいい。彼らには考える頭がある。冷静な判断を下せるだけの意志もある。
だが、あの魔女は手遅れ。
正気を疑うかのように、美しいモノに執着している。
彼女は気づいているのだろうか。
白の姫を追うが故に、一国を滅ぼしてしまったこと。
彼女は気づいているのだろうか。
必要以上に淡褐色を求め、彼のために歴史を狂わせたこと。
彼女は気づいているのだろうか。
求めれば求めるほど、その裏で涙を流す乙女がいたことを。
それは、協定に反しかけていることだと。
「あいつと同じ道を、あたしは進まない」
ベッドボードから体を起こす。うわかけをめくり、己の二本足で床へと降り立つ。
ゆっくりと、立ち上がった。
「傷はもう癒えた。これで、終わりにするわよ」
ぱちん、と一つ指を鳴らすと、ヴァイオレットの身なりは瞬時に変わり、上質な紫色のカクテルドレスを身にまとう。
癖のある豊かな長い金髪は、右側だけを前に垂らし、すべて上へと持ち上げる。大きく空いた背中を隠すかのように、鈍く輝く髪が波打った。
「ヴァイオレット、準備できた?」
「……ゼル。女性の部屋に入るときは、せめてノックをして」
唐突に開けられた自室の扉。
ノックがなくとも、ここに来るだろうことは分かっていた。
力を消耗した自分の代わりに、身の回りの世話をさせていた淡褐色と灰色の兄妹。その代わりに、あいつから保護してはやった。
その働きが期待以上だったというのもある。だから、ほんの気まぐれを起こしただけ。
「うわぁ、本当に足生えてる。よかったね、無事下半身再生できて。こういうときばっか、魔女っていいよねって思うよ」
まじまじとスリットから覗く白い脚を見つめるゼル。そこに情欲など全く感じられない。
ヴァイオレットは呆れたように小さくため息をついた。
「馬鹿なこと言ってないでちょうだい。グレイ、戸締りは終えた?」
「えぇ、全部しっかりと締めたわ」
「招待状は?」
「ここに。三人分全部あるわ」
「貸して」
王家の紋章が刻まれた招待状を三通分受け取り、自分らの名前が刻まれていることを確認する。
正式な招待状。
国民への披露はまた後日となるため、本日は貴族やその血筋に近いもののみが招待された披露宴だと言われている。
場違いだと辞退しようとしたグレイと、着飾ったグレイをどうして見せびらかさないといけないんだと憤慨するゼルを、王家直々の召喚に応えるのは国民の義務でしょう? と辞退させないよう言いくるめたのはつい最近のこと。
ぱちん、とヴァイオレットは一つ指を鳴らした。
「っ!?」
それだけで、ゼルとグレイの身なりが変わった。
「これで、見てくれだけなら問題ないでしょ?」
イブニングコートとパーティドレスに身を包み、きっちりと髪や化粧をほどこされた二人の姿を見て、元六番街民だと気付けるものはそういないだろう。
己の姿に違和感を覚える前に、ヴァイオレットは続ける。
「時間になるから、このまま飛ぶわよ」
「ヴァイオレット! だめだよ、こんな可愛いグレイをほかのやつらに見せつけるだなんて! もったいなさすぎるし、僕のグレイが汚れる!!」
「あんたが牽制してればいいだけの話でしょ」
「そりゃ当然だけどさっ!」
こんなくだらないやりとりをするのも、これでおしまい。
ラプンツェルに、ゼルとグレイ。
彼らからそろそろ手を引かなければ。
そうでなければ、彼らに、囚われる。
「城に行けば、馬鹿王太子と猫王子にも会えるわ。せいぜい、今まで世話してきたお礼でも言わさせてあげるといいわ」
ぱちん、と指を鳴らす。
なにか言いたそうなグレイの瞳から意識をそらし、ヴァイオレットらはアウトキリア国の城へと向かった。
運命の、披露宴会場へと。




