08 髪
右から左へと編目をずらして、丁寧に整える。
あの方がまたいらしてくださると約束してくださったから、だから私はどこか安心したような心地で作業をしていた。
今度は魔女のお母さまにご迷惑を掛けないように。呆れさせないように。
机の上にできた完成品を見て、気に入って頂けるように小さく祈る。
「ラプンツェル」
私のことをそうお呼びになるのは、魔女のお母さま。
顔を上げると、窓辺に大好きな私の魔女のお母さまがいらっしゃられた。
嬉しくて、慌てて駆け寄ろうとしたけれど魔女のお母さまはそれをお止めになられた。
「あぁ、いいわ。動くのはそれができてから。……調子を取り戻したみたいでなによりだわ」
魔女のお母さまが私の近くへいらして、完成品のできを確認なさった。
どうやら及第点を頂けたみたいで、ちょっと安心。
嬉しくて、ほうと息をついてから笑みがこぼれた。魔女のお母さまに気に入って頂けてよかったわ。
「あぁ、ラプンツェル。次からこれを織り込みなさい」
そう仰って、魔女のお母さまは作業台の上に色とりどりの束を置かれた。
コレは何かしら?
赤にオレンジ、青に水色緑まで。色んな色の長い糸みたいなもの。
不思議に思ってそれをそっと持ち上げると、髪よと魔女のお母さまは仰られた。
髪って……、頭から生えている、この髪の毛のことかしら?
「ただの髪じゃないわ、人魚の髪よ。海の魔力が込められた、特別な髪」
どこか満足そうに仰った魔女のお母さまは、いつになくご機嫌だった。
「あんたには言わなかったかしらね? 魔法は素質があるものにしか使えない。それから、魔法を発動させるための媒体が必要にもなるし、源となるものも必須。色々と面倒なのよ? こう見えて」
ふかふかのソファに深く座ってぱちんと指を鳴らされると、保存庫にしまわれていたぶどう酒がふわりと魔女のお母さまの元に飛んでこられた。
面倒とは仰るけれど、魔女のお母さまはいつも気楽に魔法をお使いになるの。
思っていることが伝わったのか、魔女のお母さまは何年魔女やってると思ってんのよ? と笑い飛ばされた。
「人魚の魔力の源は髪なのよ。それを渡すなんてどうかしてるわ。ろくなことしない厄介な末妹のためによくやること」
笑いが止まらないとでも言うように、魔女のお母さまはいつの間にか揃えたグラスでぶどう酒をあおられた。
魔女のお母さまが嬉しいと思われるなら、私も嬉しい。
「末妹は歌を差し出して、姉たちは髪を差し出すなんて。まったくもって理解できないわ」
海から陸に上がりたいとか、人目惚れした相手に会いに行きたいなんて愚かなことを。
魔女のお母さまはどこか寂しそうな表情でぽつりと呟かれた。
人魚さんはそう仰ったのね。それで本当にお会いしたのかしら?
私もあの方に会いに行けたらと、外の世界に行けたらいいのにと思う。私も魔女のお母さまにお頼みしたら、連れ出してくださるかしら?
私を指差して、窓の外を指して伝えてみると、魔女のお母さまはみるみる顔色を悪くされた。
「……ラプンツェル、あんた……!」
どうしてそんなに信じられないようなお顔をしているの? やっぱり、駄目なのかしら?
魔女のお母さまは、私が初めて見るような怖い剣幕で叫ばれた。
「あんたはこの場所にいればいいのよ!!」
ビックリして、魔女のお母さまのお顔を見返すと、苛立ちを顕にした魔女のお母さまはお日さま色の綺麗な髪を荒々しくかき乱された。
「外に出たいなんて、許せるはずないじゃない!?」
そう仰って私のお部屋を飛び出していかれた魔女のお母さまを、私は茫然と見送った。
どうして、魔女のお母さまはそんなに怒ってしまわれたの?
誰もいない部屋が急に広く思えてしまって、慌てて窓辺に駆け寄った。
私が悪いの。私が悪いことを言ってしまったから。
でも、お願い。今は誰かにいて欲しいわ。魔女のお母さまに見捨てられて苦しいの。
無性に貴方にお会いして、その暖かなぬくもりに抱かれたかった。