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淡褐色と灰色  作者: 葉山
第六話【虹色の笛の音は】
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07 裏取引

「……予想はしてたけど、やっぱり逃げられたのね」


 釈然としない顔で冷えた体を抱きしめながら帰ってきたゼルとアンバーを見るなり、ヴァイオレットは開口一番に言い放った。


「うるさいな、予想してたんなら改めて言わなくてもいいじゃないか」

「素直じゃない男は嫌われるわよ、ゼル」

「別に構わないよ、グレイには伝わるから。嫌われようが何だろうが気にしないし」


 寒い寒いと部屋の主の前を突っ切って、暖炉の前を陣取るゼルに一つため息をつき、ヴァイオレットはもう一匹の方へと視線を向けた。

 なにやら思いつめたような顔で、耳をぺたんと下げている。


「辛気臭い顔してるなら、追い出すわよ」

「う、む……。すまない」


 これは重症ね、と煮え切らない返事をするアンバーを見下ろしてヴァイオレットは軽く肩をすくめた。

 やはり、グレイがいないとしまるものもしまらないのかしら?

 杉の子と男の子は育ちにくいと言うけれど、それをよく思い知らされた気がした。まぁ、ヴァイオレットが育てたわけではないのだが。


「……紫色の魔女、一つ訪ねても構わないか?」

「言ってみなさい。答えられる範囲のものなら、答えてあげるかもしれないわ」


 とん、と軽やかにベッドの上へと跳躍してきたアンバーを、頬杖をつきながら見下ろした。

 戸惑ったように琥珀色の瞳が揺れている。


「笛吹きの男は、本当に悪魔なのか?」

「さぁ? どうかしらね」

「はぐらかさないでハッキリと言ってくれ。決心がつかん」

「アンバー、答えるとハッキリ言われたわけじゃないから、教えてくれないかもよ」


 手のひらを暖炉にかざしながら声をかけてくるゼルに、アンバーはますます背を丸めて、頭を落とした。そんな様子がますます猫の様になっており、どこか微笑ましい。


「一つ言えるとしたら、あんたたちから確かに悪魔の気配はする。それくらいかしら?」

「十分だ」


 ヴァイオレットが言うなら、嘘を付けない魔女が言うのならば、やはりカラバは悪魔だったと言うことになる。

 同じ場所で、同じ時を過ごし、尊敬の念でさえをも抱いた相手を疑ったり、追い詰めなくてはならないことが心苦しかった。

 だが、そう悲観的になっていても、何かが変わると言うわけではない。

 アンバーは一つ深くため息をついて、それから顔を上げた。


「すまない、あまりにも信じられなくて、伝えていないことが一つだけあるのだ」


 確証も自信もなかったために、デマカセの情報かと思っていたのだ。

 そう言うアンバーは、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。

 真面目な声色に、ゼルも近寄ってきた。


「実はな、父上……いや、陛下が、カラバ公爵へと一つ、命を下したと言うのだ」

「命? えっと、陛下って王様のことだよね? あの人が何の見返りもなく命令を聞くような人には全然思えないんだけど」

「うむ、いつもと同じように交換条件は突きつけたらしいのだがな」


 ふぅ、と少々憂鬱そうにため息をついたアンバーは、再び口を開いた。


「戦争孤児の早急なる対策を、命じたと言うのだ」

「……は?」


 ゼルは思わず我が耳を疑った。

 戦争孤児とは、戦争で両親を失い、身寄りのない子供たちのことを指す。

 国の制度でそのような子どもたちは保護されるべき存在になっているのだが、はたしてそれを一介の貴族に任せるだろうか。


「カラバ公爵は、不可能を可能にする男として有名だったからな。陛下もできたらもうけものと、そんなお考えで仰ったのだろうと思う」

「それで、あいつがとった結果が連れ去りパレードだって言うの? それってつまり、国王承認済みの誘拐だってこと?」

「そうね、そうなるわ。それに、あの人が出した交換条件は新興国の設立なんでしょ? できないと思ったからそんな交換条件ものんだのに、誤算だったみたいね」


 さらりと、まだ伝えていないことを先に言われ、アンバーはきょとんと目を見張った。

 どうして知っているのか、と顔に出ていたらしく、ヴァイオレットに苦笑を漏らされた。


「あたしが何もしなかったとでも思ってるの?」

「いや、そう言うわけではないが、これは私が殿下から直接お伺いした極秘内容だ。何故知っている?」

「それこそ愚問ね」


 言うまでもないことだとでも言いたいのか、ヴァイオレットは薄っすらと笑みを浮かべるだけだった。


「て言うか、新興国って何? だって、あいつ悪魔なんだろ? 急にあんな大人数を消せる力があるくらい、強いんだろ? なら国を一個手に入れるなんてこと簡単じゃないか」


『我がパレードに加わった参加者は、既に我が新しいの国の住人となった』


 新しい国だとか、そのようなことは確かに言っていたが、そんなものただのデマカセだと思っていた。

 だが、二人の話を聞いてデマカセとは思えなくなってしまった。

 あいつの作り出した国にグレイが連れて行かれる?

 そんなこと、絶対に許せなかった。


「人にはそれぞれ考えがあるのよ。最も、人じゃなくて悪魔だけれど」

「だが、それをこのまま見逃し続けるわけにもいかない」

「あら? 国王直々の命令を遂行しているあの人の邪魔をしてもいいのかしら?」

「だが、グレイは違うだろう? グレイにはゼルがいる。そのまま見過ごすことは出来ない」

「よく言ってくれたよアンバー! 僕の中でほんの数ミリだけ君の株があがったかも!」

「……数ミリか」


 どうも真面目な雰囲気が保てないまま、三人は再びパレードが始まるであろう夜に向けて、暖と仮眠をとることとした。



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