05 決まり
「なんか、手の上で転がされている気がしてならないんだよね」
厚手のコートを羽織って、細い毛糸のマフラーをぐるぐると巻きつける。それでも露出した肌に吹き付ける風は突き刺さるように寒い。頬を赤く染めたゼルは、ポケットに手を突っ込みながらそうごちた。
辺りはすっかり闇に呑まれて、街灯と三日月の淡い光がぼんやりと町並みを照らしだしているのみ。吐く息の白さが暗やみでも分かるほど気温もぐっと下がり、ただ立っていることだけでもキツい。
「仕方あるまい、相手は魔女だ。我々が適うようなものではないのだろう」
「ないのだろうって……、あのねぇ」
「仕方あるまい。私が林檎の魔女に呪いを掛けられた際も何もできなかったのだからな」
「それって偉そうに言えることじゃないと思うよ」
気温が上がろうが下がろうが、そんな温度変化など気にも留めていないらしいアンバーは、ぱたんぱたんと尻尾を動かしながら大人しく座り込んでいる。
真冬の寒空の下、二人は三番街と四番街の狭間にある明かりの届かない路地に潜んでいた。
不思議なパレードを見つけるために。
意見もあらかたまとまり、アンバーの毛も完全に乾いた後、ヴァイオレットの下へと向かった二人は扉を開けた瞬間魔具を投げ付けられた。
「痛っ」
「パレード見に行くんでしょ? それ付けときなさい。保険よ」
「本当に乱暴なんだから。て言うかなんで見に行くって分かったの?」
「自分の領域内で起こっていることくらい分かるわよ。当然でしょ、魔女なんだから」
あんたたちの会話なんか筒抜けで丸聞こえ。
そう面倒くさそうに言い放ったヴァイオレットは、深く深く溜め息をついた。
「本当に、どうしてこう面倒なのばかりが関わってくるのかしら」
「どちらかと言えば、厄介事が勝手に来ているようなものだと思うけど」
そんな二人のやりとりを不思議そうに眺めていたアンバーだったが、くるりと琥珀色の瞳を輝かせてベッドの上へと飛び乗る。その反動で跳ねたスプリングが、ベッドボードに寄り掛かっていたヴァイオレットに伝わったらしく、不快そうに眉をひそめられた。
「会話が聞こえていた、と言っていたな。では、笛吹き男は何者なのか分かるのか?」
魔法を使うというのは本当なのか?
そうした意味を込めて問い掛けると、ヴァイオレットは再び深くため息を吐いた。
「……答えられないわ」
「何?」
「それどう言うこと?」
ゼルとアンバーは、面倒くさそうに髪をかきあげたヴァイオレットを不思議そうに見つめた。
「そのままの意味よ。あんたたちの問いには答えられない」
「……それは魔女の決まり事なのか? あの、魔女は嘘がつけないと言うような」
「そうよ。魔女には決まり事が多いの。魔女じゃないあんたの崇拝している馬鹿王子には関係ないみたいだけど」
「我が敬愛する殿下を馬鹿呼ばわりするな」
「あんなの大馬鹿王子で十分よ」
「貴様、これ以上殿下を愚弄することは許さんぞ!」
「別に許されたいとは思ってないから勝手にすれば?」
背中の毛を逆立てて威嚇するアンバーを、嘲笑しながら見下しでいるヴァイオレット。
そんな二人のやりとりを至極どうでもよさそうに(実際どうでもいいのだろうが)見ていたゼルは、ひょいとアンバーを持ち上げた。怒って激しく身を捩るアンバーのことなど気にも留めていない。
「前々から気になっていたんだけど、魔女の決まり事って何?」
「あたしたちは色々好き勝手やってるけど、それの最低限守らないと魔女としての資格を剥奪されてしまうようなことを言うわ」
「便利なんだと思ってたけど、色々面倒なんだね、魔女も」
「本当よ」
「ちなみに、どんなものなのか聞いてもいい?」
興味本位でそう尋ねたゼルに一度は眉をひそめたものの、ヴァイオレットは少し悩みながらも答えた。
「一番大きいのは、魔女は嘘をつかない。これかしらね。うまく言葉を誤魔化すのは許容範囲みたいだけど。それから、魔力の源を媒介に魔法を利用すること。まぁ、これは力が暴走しないようにの保険みたいなものだけど」
「それじゃ、魔力の源をぶっ壊すくらいじゃ効果ないのか……」
「馬鹿ね。魔女が魔力の源を一つにしておくようなへましないわよ。いくつかに分けておくわ」
「ふーん、そんなものなの? それで、他は?」
続きを催促するゼルが、何を知りたがっているのか悟ったヴァイオレットは、苦笑しながらも汲み取った問いに答えてやる。
「魔女は悪魔には逆らえない。これが聞きたかったんでしょ?」
「悪魔ぁ?」
魔女は悪魔には逆らえない。
ヴァイオレットは確かにそう口にした。だが、悪魔など、どこからそんな突拍子のない存在が出てきたのだろうかと、ゼルはぱかんと口を開けた。
驚いた拍子にアンバーを捕らえていた力が緩み、床に落としてしまったのだが、アンバーなら華麗に着地できるであろうから気にする事ではない。気にするのはもっと別の、ヴァイオレットの言葉である。
「魔女がいれば悪魔もいるわよ。当然でしょ」
「当然って……。ヴァイオレットの当然と僕らの当然を一緒にしないで欲しいんだけど」
「そんなのあんたたちの勝手な言い分よ。悪魔はあたしたちよりもはるか昔から存在しているものだし、今も尚生きている。あたしたち魔女は、魔を扱う力関係が強いものには基本的には逆らわないの」
そうじゃないと消されるから。
力関係が明白にされているものに挑むほど愚かではない。だから決まりにする程のことではないのだけれど。
そう繋いだヴァイオレットは、これで話はおわりとでも言うようにそれっきり口を閉ざしてしまった。




