02 足音
冬の空が暗くなるのは早い。辺りが夕焼け色に染まったかと思えば、すぐに夜の帳が下りる。
日が当たっている日中に比べてぐんと気温も下がり、暖炉の火を消したあとに失われていく暖気が名残惜しい。
酷いときは室内でも息が白くなる程で、日の後始末をしてしまった後、明かりを全て消した事を確認したグレイはすぐにベッドにもぐりこんだ。
「はぁ……」
冷えた毛布に包まり、その上から厚めの布団を被る。
水仕事で赤くなった指先に息を吹きかけて、身体を丸めて、早く暖かくなることを願う。
いつも思うのだ。こんな時に、あの暖かな毛並みと丁度良い体温を持つ猫がいたらと。
猫と言っても彼は元々は人間で、尚且つこの国の第二王子と言う身分も持っている。忘れてはならないのは、彼が男だということ。
本人も時折猫の仕草が様になりすぎて、人間であった事を忘れかけると言う事だが、しばらくして人間に戻ると言うことを念頭に置いているのか、最近はグレイと距離を置いている。
やれ年頃の娘がはしたないだの、猫扱いをしすぎだとたしなめられることもある。
それに便乗したゼルも口やかましく言ってくるが、まぁそれはいつものことなので軽く聞き流すことにしている。
「ふわふわだったなぁ」
今日は不意を付いて抱き上げられた。その暖かな毛並みに癒された事を思い出しながら、グレイは目を閉じた。
明日も早いんだから、そろそろ寝ないと明日起きれなくなるわ。
疲れた身体を休めないと、とやがてやってくるであろうまどろみに身をゆだねるため、ゆっくりと息をつく。目を閉じた中では何も見えない。自分が動いた衣擦れの音だけが聞こえる。
……本当にそれだけだろうか?
「?」
誰かが家の前を通る足音がする。グレイが寝室にしているこの部屋は、二階にある部屋の中では一番階段に近い。また、それゆえに必然的に勝手口に近く、誰かが来ればすぐに分かるような位置である。
三番街の富裕層が住むこの場所で、足音を響かせるのは使用人のみ。だが使用人もこんな夜もふけた時間に働かされることなんかない。
それにこの足音は……
「子ども……?」
小刻みに、軽快な足音をかすかに響かせて歩いている。
大人はこんなに小刻みに足音を響かせない。歩幅が小さい誰か。
こんな時間に誰が?
不審に思って、グレイは起き上がった。いつもはきっちりまとめている髪が、背中を波打った。
それからそっと窓辺に寄って外を見る。
何やっているのかしら、あの子。
自分の住む滑稽なお菓子の家の前を、何が面白いのか大きく手を振りながら、満面の笑みを浮かべて歩いて行く。寝巻き姿の、小さな小さな、それこそまだ初等学校でさえも行っていないような年齢の男の子。
その子が何かを見つけたかのようにパッと顔を輝かせたかと思えば、駆け出した。
それしか見えないように、その楽しいものしか見えていないような不思議な様子に、グレイはその方向に目を向ける。だが窓からは陰になって見えない。
寒いのを我慢すればいいかしら?
椅子にかけておいたショールを肩から掛けて、好奇心に導かれるままにグレイはそっと窓を開けた。
冷たい冬の風が吹き込んでくる。その寒さに身を震わせながらも、グレイは男の子が掛けていった方向を見て、止まった。
―……軽快なパレードの音楽が聞こえたような気がした。




