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淡褐色と灰色  作者: 葉山
第五話【白き姫君】
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09 白き姫君


 浮かび上がるのは、幸せだった日々。

 大好きな甘いお菓子に囲まれて、大好きな父王やばあやがみんな笑顔でいる、そんな幼い頃の記憶。

 ぼんやりと輝いているかのように錯覚してしまう白銀の城から空を見上げると、薄暗い雲間からキラキラと輝きながら舞い落ちる雪の結晶が、まるで粉砂糖のようにこのスノーベルクに降り積もるのだ。

 その光景のなんと美しいことか。なんと幻想的なことか。


「ご覧、マリア」


 優しかった父王が、生母を失って泣き続けるマリアの頭をそっと撫でた。


「この美しい国は、マリアの母が愛した国。マリアと同じ景色を、母はここから眺めていたのだ」

「……お母さまも?」

「あぁ、そうだ。王妃は何度も言っていた。この美しい国をマリアに見せるために、私はこの国を護らなくてはならないのだと」


 涙で濡れた瞳を上げ、マリアはそっと窓の外を見つめた。

 亡き母が自分に見せようとしたこの国。

 音もなく振り続ける白い結晶が、光に当たるとキラキラと輝いている。それらが城下に降り積もり、やがて街灯りに照らされ、静かに輝き続ける。

 眩い宝石のように輝くのではない。静寂の中、全ての音を飲み込んだ光は、淡く、ぼんやりと包み込むように輝くのだ。


「マリア、そなたにも子が出来たときにも、この美しい国を見せるため、そなたも護り続けなくてはならないのだ」


 ……そうね、お父様。私はこの国の王女だもの。

 この美しい国を、民を、あの景色を護らなくてはいけないのよね。

 お母さまが私にして下さったように。


「このスノーベルクを護れるか、マリア?」


 えぇ、お父様。

 たとえお父様や私のような王族がどうなったとしても、他の国にいかなる影響を及ぼそうとも、私たちは護らなくてはいけないのよね。この国を。

 それがこのスノーベルクに生まれた私と、顔も思い出せないお母さまとを繋ぐ唯一のもの。


「護るわ、私は」


 もう二度と寂しいだなんて思わないわ。

 だって、この国を護る事は、私とお母さまをずっと繋いでいるということになるんだもの。寂しいことなんか一つもないわ。

 ずっと一緒にいるんだもの。たとえお母さまがここにいなくたって。たとえお父様のご無事を確認できなくたって。


「私はずっと、この美しい国を護るの」


 それだけよ。

 ねぇ、お母さま。そうしたら、私たちは同じよね?

 だからどうか見守っていてちょうだい。


 私があの悪しき魔女を倒す、その時まで。



 ふと唇にぬくもりを感じて、マリアはそっと瞳を開けた。

 薄っすらと射し込んでくる光がやけに眩しくて、誰かが目の前にいることに気がつくのに少し時間が掛かった。


「本当に目覚めたのか、スノーベルクの姫君」

「……だぁれ?」


 すっきりとした顔立ちの、鎧に身を包んだ精悍な青年。見知らぬ彼がほっとしたように表情を緩めたことが、マリアには不思議で仕方がなかった。


「その見目も麗しいことながら、鈴の音のような声の愛らしさ、お目覚め頂けてとても嬉しい限りです」

「あら、それはありがとう。あなたが起こしてくださったの?」

「僭越ながら、私が。ご無礼をお許しください」


 胸に手をあて、深々と礼をされる。そして何故か、そのまま手を引かれた。


「ご挨拶が遅れました、マリア姫。私は帝国の王太子の」

「どうして貴方が私の名前を知っているのかしら?」

「……姫、貴女のような美貌の持ち主、この世界のどこを探しても見つからないでしょう。それほどまでに貴女は、美しいのですから」


 言葉を途中で遮っても、彼は嫌な顔一つせず、切々と語りかけてくる。その熱っぽい瞳で、どこぞの吟遊詩人のような甘ったるい台詞を語る彼は、どこか浮かれているようで。

 ……あぁ、貴方もそう言うのね。

 美しい、美しいと。美しいことが、罪なのだろうか。美しいと、こんなにも国を護るに不便な思いをしなくてはならないのだろうか。

 瞳を陰らしたマリアの表情にはっと息を呑んだ彼は、どこか真剣な声色でマリアの肩を抱いた。


「美しい貴女を狙う悪しき魔女は、私が責任を持って裁きを与えましょう」

「お義母様は……いえ、悪しき魔女は確かにここにいたのね」

「えぇ。悔しくも取り逃がしてしまいましたが……」

「それならばどうか、捕まえて下さい」

「姫……」


 誰もが美しいと言う容姿なんかいらないと思っていたが、その言葉とは離れられないのなら……それすらも利用してしまおうではないか。

 マリアはゆっくりと口元に笑みを浮かべて、彼を見上げた。


「どうか、悪しき者に裁きを」

「マリア姫……」

「貴方様のお力で、どうか」


 無邪気に笑うことなど、もうできない。

 目の前の彼が帝国という巨大な力を持つ王太子なのだと言うのなら、それを利用しなければ。

 あの紫色の魔女も言っていたではないか。


『魔女の掟でも力でも、適わないような力を利用すればいい』と。


 個人の力では決して適う事のない、大きな力を使える立場にいるのなら、それを存分に使わなければ。


「姫の願いでなくとも、私は裁きを与えねばならぬ者ですからご安心を。ですが姫、どうかこの哀れな私の心に救済を与えては下さらないでしょうか」

「私にできることなら、喜んで」

「では、どうぞ私の妻となり、支えては下さりませんか? そうして頂かなければ私は、貴女を手放したくはないと考えてしまう、愚かな恋の奴隷として、存分に力を発揮する事などできなくなってしまうでしょう」


 それで、あの悪しき魔女の手からスノーベルクと言う美しい国を護れるのなら。あの悪しき魔女に裁きを与えられると言うのなら、この身でさえも利用しよう。


「それが貴方の力となるのなら、私は喜んで貴方を支えるわ」

「これは、夢では無いだろうか……。マリア姫、いや、我が妻よ」

「夢ではないわ。さぁ、悪しきものには正当なる裁きを」


 数ヵ月後。帝国の宣戦布告により、悪しき魔女がいると噂されたアウトキリア国の戦いが、幕を開ける事となったのであった。

 開戦となった本当の理由を知る者は、極僅かしかいない。



Fin.


モチーフは白雪姫

紫色よりも前の特別短編1

魔女二人の因縁の始まり

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