06 再来
机に向かっても作業はできなくて……。
保存庫を開いても食べたいと思えなくて……。
私はおかしくなってしまったのかしら……?
何もやる気が起きなくて、立ち上がると自然と足は窓辺に向かうの。
外の世界と繋がっている唯一の場所。魔女のお母さまと、あの方と繋がれる、ただ一つの場所。
窓辺に座って、ゆっくりと髪を梳かす。
魔女のお母さまと同じ色の髪が、さらさらと櫛からこぼれた。
これも、嘘。
魔女のお母さまと同じ色ではないの。似ているけど、魔女のお母さまの髪はもっと綺麗なお日さま色。
私のは、くすんだ麦色。
少しでも魔女のお母さまと同じでいたくて、魔女のお母さまの娘でありたくて、同じ色と嘘を吐いた。
「こんなところで何をやっている?」
「!?」
きゅうと、胸が締め付けられるように悲鳴を上げた。
魔女のお母さまと同じ言葉を、魔女のお母さまとは違う声で仰るのは……
王子さまの格好をした、赤い髪で金色の瞳の……貴方。
「おい、何で逃げるんだよ」
ドキドキとうるさい胸を押さえて、もう一度会いたいと、二度と会いたくないと願った貴方から精一杯逃げ出してしまった。
ドキドキがとまらなくて、まともに貴方の姿さえ見れないわ。
逃げても私のお部屋じゃ逃げ場所が見つからないし、貴方の声は嫌でも胸を締め付けてくるの。
「……そう言うことするなら俺は帰るぞ? 俺だって暇じゃない」
「!」
お帰りになられてしまうの?
せっかくいらして下さったのに、この場所に、私のもとを訪れて下さったのに?
悲しくて、ドキドキとうるさかった胸が痛んだ。
言葉通りに窓枠に足を掛けた貴方の姿を見て、慌てて駆け寄った。
お帰りになってほしくない一心で伸ばした右手で、ぎゅうとせめて裾でもいいから掴んでお止めしたかった。
まだここにいてくださいと、そう伝えたくて。
「お前は本当に馬鹿だ」
伸ばした右手は貴方の大きな手に捕まれて、私ごと引き寄せられた。
貴方に、ぎゅうと抱き締められる。
「始めから素直になればいいものを。わざわざ窓辺で髪を梳かしていたのも、俺を待っていたからだろう?」
違うか? と間近で問われて、どうしてこの人に分かってしまうんだろうって、恥ずかしくて俯いた。
顔が熱くて、触れている部分がどこもかしこも熱くて、今すぐ離れてしまいたい。
でも、離れたく、ない。
「答えろ」
ぐいと顔を上げさせられる。
真っすぐにぶつかった貴方の金色の瞳に溶けてしまいそうで、溶けてしまいたくて……。
近くにある貴方のお顔に、この前のことを思い出してしまって、今すぐ溶けて消えてしまいたいと思った。
「その顔、誘ってるのか?」
ニヤリと笑って、ぐっと顔を近寄せられる。
吐息が頬をくすぐって、恥ずかしくて目を伏せた。
「俺の質問に答えたら、だ。答えろ、俺を待っていたんだろ?」
ぎゅっと目を瞑って、貴方の大きな手とその熱いほどの熱を感じながら、私は小さく頷いた。
かたかたと震えてしまうのはどうして?
怖いから?
ううん、怖くはないわ。
……なら、どうして?
「上等」
くっくっと喉で笑った貴方の吐息は熱くて、それに負けないような熱を帯びたものが、私の唇を覆った。
忘れようとしても何度も思い出される感触に、あらがうことすらできなくて……貴方の口付けを何度も受けとめた。
熱くて嬉しくて恥ずかしくて、おさまったはずのドキドキが身体中を駆け巡った。
「お前は俺だけを想ってればいい。他の何も考えるな」
そんなの、今更だわ。
貴方がいらしてから、ずっと貴方のことで頭がいっぱいで、お仕事にも手がつかなかったんですもの。
ぐうぅ―…
「!」
……それこそ、食べることも。