表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡褐色と灰色  作者: 葉山
第四話【緑色に口付けを】
51/100

06 運命の短剣


 何……? 悪魔の娘の家に、一日に二回も誰かが訪れたってこと?


 アタシは一つ手を叩いて、とりあえず見苦しくないような服に着替えた。涙の跡も今だけ魔法で誤魔化して、ベッドから降りる。

 それから足を前に踏み出すと、場所が変わる。

 ここは、アタシの家の玄関。

 “誰か”の腕を捻り上げる、人間の姿のアイツ。

 それから……


「女がこんな物騒なもの持ってどうするつもりだ?」

「放してっ!」


 昼間の、白鳥女? どうしてここにいるの?

 だってアンタは、アタシがイーストヴェリアの街に飛ばしたじゃない。


 ギリギリと白鳥女の腕を捻り上げるカエル男。

 カツン、カツンと音を立てて何かが落ちた。

 小さな玉がアクセントにされた紐飾り。あれは“魔具”ね。

 それから、鈍い光を放つ……


 短剣。


「それで何をしようとしたか、言ってみろ」

「貴方じゃないっ! 貴方には関係ないっ!」

「その刃先を向けて突撃してきたのに、関係ないはずねぇだろっ!!」

「関係ないわっ! だって私は悪魔の娘に用があるんですもの! 邪魔しないで!」


 なんとなく、分かった。

 白鳥女はアタシを殺しにきたのね、あのちっぽけな短剣で。

 そんなこと、アタシがさせてやるはずないのに、馬鹿じゃないの。

 アタシなんかを恨んでいる暇があれば、元婚約者でも惹き留める努力をすればいいじゃない。

 なんて、アタシが言えた義理じゃないけど。


「セントラル陸軍軍尉ジーク・アルライド侯爵の名において、オディールに危害を加えるのは許さないからな」


 ガンと、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃だった。

 なんでそんなこと言うの?

 アタシはアンタを拒絶したのよ?

 アンタにそんなこと言われるようなこと、してないのに!?


 なんで?


 なんで!


 どうして!?


「侯爵、貴方までその女に惑わされてしまったの!? 目を覚まして!」

「安心しろ、目はとっくに覚めてる。俺はいつだってまともだ」

「その女は悪魔の娘なのよ!?」

「だからなんだよ。俺からしてみれば、アレで人を刺そうとするお前な方が、よっぽど“らしい”ぞ」


 五百年前とは全く違う状況。

 あの時はアタシが敵だった。

 白鳥女とジークフリートさまの悲劇を作り出した原因。


 でも今は、アタシを白鳥女から庇ってくれている。

 アタシが敵じゃなくて、アタシの味方になろうとしてる。

 五百年前、そうだったらいいのにと願っていたことが、今、現実になって起こってる。

 アンタにそうしてもらえる資格なんか、アタシにはないのに。


「……離しなさいよ、カエル男」

「「!?」」


 腕を組んで、あえて冷たい声色で言ってやった。

 アンタの言葉に動揺させられたなんて、気付かれたくなんかないし。

 ゆっくり近付く。


「アンタには出ていけって言ったはずよ。こんなところで何してんの?」

「……お前、着替えるの早いんだな」

「そんなことどうだっていいでしょっ!?」


 話を逸らさせないでちょうだいっ!

 なんでこうも空気が読めないのかしら、さっきのは幻覚だったわけ?

 ううん、こんなことにいちいち目くじら立ててる場合じゃないわ。

 アタシは床に転がっていた短剣を拾い上げた。


「アンタ、用があるのはアタシなんでしょ?」

「そ、そうよっ!」

「ならカエル、邪魔しないで。さっさと離しなさいよ」


 ジークフリートさまそっくりの顔に向かって、冷たく聞こえるように言った。


 名前、ジークだっけ?

 名前はちょっとだけ同じだけど、身分は違うのね。ジークフリートさまは王子さまだったもの。

 性格だって違うじゃない? だから別人だって、ジークフリートさまじゃないって思い知らされる。


「でもな……っ!?」


 何か言い掛けていたけど、ぽんっと音を立てて煙に包まれた。酸味のある林檎の薫りが鼻をくすぐる。

 ぺたりとカエルの姿に戻ったのをみて、白鳥女は小さく声を上げた。


 あぁ、丁度いいわ。

 離せって言っても離さなさそうだったし、カエルになっちゃえば何も出来ないもの。


「それで、アタシに用があるんでしょ?」


 ゆっくりと近付く。

 白鳥女の肩が、ビクリと震えた。瞳が揺れて、怯えるような顔をしている。

 当然ね。

 アンタが憎くて憎くて仕方がない悪魔の娘のアタシが、微笑を浮かべながら近付いているんだもの。

 恐がってもらわなくちゃ、アタシが今からやろうとしていることが無意味になるわ。


「おいっ、お前何するつもりだっ!?」

「カエルは黙ってなさいよ」

「っだ!?」


 軽く腕を振って、いつもみたいに壁に叩きつけてやる。べしゃっと音が鳴ったけど、そんなこと気になんかしないわ。

 どうせまた林檎の香りを放って、ジークフリートさまそっくりの姿に変わるんだから。

 余計なことされる前に、アタシは一気に白鳥女の傍に詰め寄った。


「やっ」

「アンタが何をしようとしたか、アタシには分かってんのよ」

「来ないでっ!!」

「何言ってんの? 近付かなきゃ“刺セナイ”じゃない」


 失笑を漏らして、白鳥女の手を掴んだ。震える細い手に、短剣を握らせる。

 そんなに震えてると落としちゃうわよ?

 握る手の上から強く握り締めた。


 それから、アタシとアンタの目の前に剣先を掲げてみせる。

 鈍い光を放つそれを、互いの顔の間に持ってくるの。


「それで、アンタはこれで何をしたかったの?」

「わっ、……わたっ……」

「アンタはこれで、アタシを“刺シ殺ソウ”としたんでしょ?」


 カタカタと震える。目尻に涙がたまる。

 鋭い剣先を目前にして、やっと気付いたの?


 これが傷付ける道具だって。

 切り付けるための道具だって。


 それを可能とさせるものだってことを、こうさせることで始めて気付かさせられるんだから……。

 こうまでしないと気付けないんだから、本当に人間って愚かよね。


「ここまでお膳立てしてあげたんだから、やればいいじゃない」

「やっ……、いやっ!!」

「簡単なことよ、ちょっと力を入れればいいだけ。それとも、



 アタシがアンタにしてあげよっか?」



 目一杯に開かれた瞳。


 アタシを何だと思ってんの?

 偽善者なんかじゃないわ。アタシは悪魔の娘オディールよ?

 気付かせるだけの、優しい存在のはずないじゃない。


 囁いた言葉に、握られた手に力がこもったのを感じた。

 そしてそのまま刃先を傾けて……



 アタシの胸を貫いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ