05 恋煩い
ぼうと、窓辺で肘をついていた。
結んでいない長い髪が、さらさらと風に流される。
私の心を捕らえて離さない出来事があってから、何回太陽が昇ったのかしら?
貴方は、いつになっても来ないまま。
私がどうして貴方を待っているのかは分からないけど、でも、本当にいらっしゃったらどうしよう、って思うの。
きゅうと、胸が痛いわ。
「……ラプンツェル、あんたこんなところで何やってんの?」
「!」
呆れたような魔女のお母さまの声が頭の上から降ってこられた。
いつの間にいらっしゃっていたのかしら?
私の、大好きな魔女のお母さま。
「髪も結ばないなんて珍しいわね。……あら? なによ一つもできてないじゃない」
びくりと肩が震えた。
私が魔女のお母さまに喜んでもらえる唯一のことなのに、できなかったの。
それを作ることが私のお仕事なのに。
やろうとすると、あの方が思い出されて作れないの。
暖かい大きな手や、低い声。
それから……唇に触れた感触。
作ろうと机に向かっても、ほんの少しの間だけいらっしゃったあの方に心が乱されて、何もできないの。
「ラプンツェル、あんた……」
言葉にして魔女のお母さまに伝えられたら、許してくださるかしら?
何度もごめんなさいと謝れば、許してくださるかしら?
ねぇ魔女のお母さま、満足に仕事もできない私をどうか見捨てないでください。
私を嫌いにならないでください。
悲しくなって、涙がこぼれた。
「ちょっと、泣くんじゃないわよ!? あぁ、もう、仕方がない子ね……」
魔女のお母さまが困ったようにため息を吐いて、絹のハンカチで私の涙を優しく拭ってくださった。
ねぇ魔女のお母さま。
私のことを嫌いとお思いですか?
恐々と、魔女のお母さまを見上げた。
「作れなくなるときが誰にでもあるわよ。だから、そんなに泣くもんじゃないの。分かる?」
私の頭を優しく撫でながら、魔女のお母さまは少し優しい口調でそう言ってくださった。
小さく鼻をすすって、こくりと頷く。
「ただし、次までに調子を取り戻しなさい。いいわね、ラプンツェル」
私は何度も頷いた。
魔女のお母さまに嫌われたくなかったの。
この外の世界と隔たれた私のお部屋のなかで、魔女のお母さまだけが私の知る唯一の世界で、全てだったから。
「分かったならいいわ。それじゃ、あたしは行くから。そうそう、ちゃんとご飯くらいは食べないと死ぬわよ」
手付かずの食材をちらりと見て、魔女のお母さまはそう仰った。
私はちゃんと頷いたけど、やっぱり食べたいとは思えなくて……。
そんな私をまじまじと見た魔女のお母さまは、ぽつりと呟かれた。
「ラプンツェルが恋煩いかしら? 相手すら見つけられるはずないのに? まさかね」
ご自分で答えを出されたようで、魔女のお母さまはいつものように窓から外の世界へと行ってしまわれた。
その姿があの方にも見えた気がして、私は慌てて窓辺へと駆け寄ったけれど、魔女のお母さまの姿はもう見えない。
誰もが私を残して外の世界へと立ち去ってしまうことが、苦しいと、淋しいと思った。
追い掛けることも引き止めることもできない私が悔しい。
私の世界はいつの間にか広がっていたみたいで、あの方がいらっしゃらない心の隙間が、酷く空しく感じられた。