04 キス
「話せないか……、面倒だな」
短い赤髪を無造作にかきあげて、その人は私のお部屋を見回した。
それから少し不機嫌そうに私の傍にいらっしゃった。
魔女のお母さまよりもずっと大きな人。ずっと上を向かないと、お顔が見れないわ。
「あんた、ずっとここにいたのか?」
こくこく。
「1人で?」
こくこく。
「……正気か? 普通ならありえないぞ」
それでも、これが私の普通なの。
私の世界はとても小さいけれど、魔女のお母さまだって、小鳥さんだっていらっしゃってくださるから大丈夫よ。
それに、今日は貴方だって訪れてくれたもの。
一人は淋しいけれど、でも一人じゃないときもあるもの。
「だからっ、どうして笑うんだよ……!?」
くしゃりと前髪を握って、ふいと横を向かれた。
どうしてって、嬉しいから笑うの。
貴方とお会いできたから。
貴方が訪れてくださったから、私は嬉しくて笑顔になるの。
それを伝えたくて、貴方の袖を引っ張った。
「……なんだよ」
貴方を指差して、私のお部屋を指差して、にっこりと笑う。
貴方がここにいらしてくれたから、嬉しいのよって。
伝わって下さったかしら?
「俺がなんだよ? ここにいるからか?」
こくこく。
「ふざけたことを言うな!」
「!?」
「誰が好き好んでここにくるか! ただの偶然! 都合良く解釈をするな……!」
強い口調で、少し早口になりながら言う貴方に私は目を丸くした。
理解するのに時間が掛かっている私のことなんか気にも掛けないで、貴方は尚も続けて仰るのだけど……
どうして私の頬を、その大きな手ですっぽりと覆っておられるのかしら?
「たまたま飛行魔法で散歩してたら見つけたから、ほんの出来心で覗いただけ。輝く何かが見えたからこの部屋が発見できた、ただそれだけだ」
「……」
「そこで見つけたのは、ずっとここに閉じこもってる口のきけない女だった。それ以上でもそれ以下でもない」
くいと、上を向かされる。
どうしてかしら?
酷いことを言われているような気がするのだけれど、そんな貴方との距離が近い気がするの。
貴方の金色の瞳に、知らない誰かが映っているわ。
「それだけだ。笑うような要素なんかないだろうが」
視界いっぱいに貴方のお顔が映って……、
唇をふさがれた。
物語のお姫さまが、眠りの魔法を解いてもらうときに王子さまにしていただく、キス。
私は眠りの魔法に掛かってないわ。
それに貴方だって、私に酷いことを言ってなかったかしら?
ゆっくりと離れる感触。
それでも貴方のお顔はまだ私の近くにある。熱い吐息が私の頬を掠めるくらいに。
「無防備に笑うから、こんなことされるんだ」
金色の瞳が熱くて、溶けてしまいそう。
ぼうと、目の前の貴方を見つめた。
「だから、そんな顔するな」
優しく唇をついばまれて、息が止まった。
どうしてこんなことをするの?
どうしてこんなことをしたの?
思わず目を閉じたら、噛み付くように奪われた。
何を? 私の何かを。
びくりと肩が震えた。
同時に貴方の大きな手が外されて、少し早足で窓へと向かわれる。
「気が向いた時にでも、また来てやる。ありがたく思え」
窓枠に足を掛けて、振り返ってニヤリと笑われる。
それから魔女のお母さまのように外の世界へと行ってしまわれた。
一歩も動けなかった私が、引き止めるように手を浮かせてしまったのはどうしてかしら?
こんなにも息ができなくて、胸が落ち着かないのは何故?
考えても答えは思い浮かばなかった。