表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡褐色と灰色  作者: 葉山
第三話【猫の瞳は琥珀色】
39/100

04 依頼

「……あんた、一体何者?」


 彼の叫びに、魔女がゆっくりと口を開いた。

 心なしか鋭くなった紫色の瞳に、彼は真っ直ぐに名乗る。


「私の名はアンバー。アウトキリア国琥珀騎馬隊隊長であり、現国王の第二子でもある」


 猫の姿でも関係などなかった。

 恥じることなどどこにあるだろうか。

 隠すことなどどこにあるだろうか。

 臆することなどどこにあるだろうか。


 妙に威厳あるその言い方に、外見など関係なくそうなのかと思わせてしまうものがある。

 本来ならそのような高い身分の相手には、頭を下げて敬意を払わなければならないのだが、グレイはそうすることですら忘れ、灰色の双眸を大きくして彼を凝視していた。


「第二子……ね。それじゃ、婚約したあんたの兄って言うのは」

「キースと言う。王太子だ、名くらいは知っているであろう?」

「知ってるも何も……」


 言葉の続きはため息の中に消えていった。

 金色に輝く長い髪をかきあげて、前髪をくしゃりと握る。


 魔女が何も言わないため、部屋には沈黙が落ちた。


「あの……」

「なんだ?」

「ど、して……呪いなんか…」


 あの人に掛けられたのか。


 グレイには言葉を続けることができなかった。

 それでも彼は言下の意味をきちんと汲み取ったらしく、寝台から飛び降りてすっかり冷めた紅茶に口をつけながら答える。


「少し前に、侵略戦争が終戦を迎えたことは知っているか?」

「この国に攻め入ろうとした他の国を退けたって言う……」


 まだグレイの記憶にも新しい。

 六番街に住んでいた頃、父が徴兵により戦場へ連れていかれ、帰ってこなかった。

 それはとても悲しいことだったが、グレイには兄がいた。二人でなんとか生きていかなければと、まだ現実を見れただけまともだったのかもしれない。


 つい最近、五番街で一人のマッチ売りが亡くなった。

 彼女のような戦争遺族の傷は、癒えることなく胸に刻まれている。涙が止まることなんてないとでも言うように、国民の記憶に強く残されているのだ。


「退けたわけではない。正しくは、退けられたのだ」


 林檎の薫りを漂わせた魔女に。

 その強大な魔法により武器という武器を破壊され、敵味方は各陣営へと引き離された。


 強制的に終戦に持ち込まれたのだと言う。


「それだけならばよかったのだが、何せ魔女だ。私と敵陣の首謀者に呪いを掛けた」

「……猫になる、呪いを?」

「私は猫だが、相手は蛙になったと聞く」

「か、カエル……」


 ただ終戦させたと言うだけであれば、人々に誉め讃えられるべき存在になったのかもしれない。

 だが、魔女は自分の利になることしかしない。

 だから呪いと言う置土産を残した。


 人のためになることだけはしない。

 呪いを掛けた魔女にしても、目の前にいる、紫色の魔女にしても。


「……グレイにも、あたしにも、厄介なもの持ち込んでくれたわよね」


 魔女が深くため息を吐いて、ゆっくりと肩を落とした。


「それで、あんたは何がしたいわけ?」


 どうしたいか。

 それを魔女が問うのは、協力する気があると言うこと。

 己の経験から、グレイはそれを知っていた。


「私は城に行き、兄に会う。それが私の成さねばならないことなのだ」

「会うことが何になるって言うのよ」

「会うことに意義がある。私が直接会わねば意味がない」


 だからこそ、と彼は魔女を見上げた。

 凛と顔を上げ、琥珀色の瞳を真っすぐにぶつける。


「力を貸してくれないか。兄に会う数分だけ、私を元の姿に戻してくれ」


 頼む、と口にするが頭は決して下げない。

 そこに他の誰にも従うつもりはないと、そう言うような姿勢が映し出されていた。


 魔女はそれをじっと見据えていたが、やがて大きく息を吐いた。


「……グレイ、仕事よ」

「え?」

「たかだか猫一匹が、仮にも王太子のところに行けるわけないでしょ」


 それもそうだが、何故グレイに声が掛けられたのか。

 魔女が雇い主故にその指示に逆らうつもりはないが、ただの小娘が王太子の元に行けるとは思えない。

 そのことを魔女に伝えようとしたが、魔女は分かって言っているらしい。


「ゼルよりはあんたの方が機転が回りそうだし、女官の格好しとけば誤魔化せるわ」

「だからって、これ立派な犯罪じゃ」

「案ずるに及ばない。いざとなったら私がなんとかしよう」


 力強く言われたとしても、猫の彼に何ができると言うのだろうか。

 結局は自分でなんとかしなくちゃならないのよね、とグレイは深く深くため息を吐いた。


 ぱちん、と魔女が指を鳴らす。

 ふわりと二本の紐飾りがグレイの手元に落とされた。


「この“魔具”は? 一本は帰ってくるためのものよね?」

「そうよ。使い方は分かるでしょ」

「大丈夫」


 帰りたい場所を強く思い描いて、握る。

 それだけで魔法が働くらしい。そう言うものだと割り切って考えると、なかなか便利なものだと思う。

 本当に大丈夫だと判断した魔女は、寝台から身を乗り出して彼の鼻先に指先をあてた。


「いい? あんたのはついでよ」

「……何を企んでいる?」

「私事よ、あんたと同じ」


 そして、ぱちん、と彼の目の前で指をならした。


 その瞬間、彼の毛という毛が総毛立ったが、それも一瞬のこと。

 身体を走り抜けた奇妙な感覚に、彼は軽く瞬いた。


「魔法を掛けたわ」

「……だが、何も変わってない」

「あいつの、あんたの兄と目が合ったらほんの数分だけ呪いが解けるわ」

「それは本当か!?」

「魔女は嘘を吐かないわ。ただ、呪いが解けるのはその時だけよ」


 それから、とグレイに視線を向ける。

 紫色の瞳は、怖いくらいに真剣だった。


「いい? 呪いを数分とは言え無理矢理解くの。あいつには確実にバレるわ」

「義母さんに……、気付かれたら」

「出来る限りのことはするわよ、ゼルを連れ戻されたくないんでしょ?」


 頭にフラッシュバックされる光景。


 しなやかな枝に手足を縛られ、捕らえられていた兄。

 恍惚とした表情で兄の瞼に口付けていた義母。

 歪む鏡、はぜる暖炉、小さな林檎の木。

 そして、


『後悔すればいい……!!』


 炎に包まれながら吐き捨てられた言葉。

 許せないことをした魔女とは言え、義母をあのような目にあわせてしまった己の手を見つめて、グレイは小さく震えた。


「今のあんたたちはあいつのじゃないわ。あたしのよ。自分のものくらい守るわ」


 私はものじゃないわ、と返すこともできないグレイはゆるゆると顔を上げた。

 魔女の強い双眸とその言葉に、震える手を握り締める。


 大丈夫だ。そこまで弱い人間じゃない。


 そう自分に言い聞かせて、忘れ去りたい記憶を押し退けた。


「ゼルのこと、お願い」

「当たり前よ。代わりにグレイ、あたしの用事を必ず成功させてきなさい」

「努力はするわ」


 そして魔女は、ぱちん、と指をならした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ