02 世界
私のお母さまは、魔女。
嘘。
魔女なのは本当だけれども、私のお母さまじゃない。
私の本当のお母さまは、お腹のなかにいた私を、魔女のお母さまの畑にあったラプンツェルと引き替えに差し出したって仰ってた。
だから私のお母さまは、魔女のお母さま。
この外の世界と隔たれた私のお部屋のなかで、魔女のお母さまだけが私の知る唯一の世界で、全てだった。
「ラプンツェル」
魔女のお母さまは、私のことをラプンツェルと呼ぶの。魔女のお母さまの畑にあったお野菜の名前が、私の名前。
丹精に育てていた魔力の源のラプンツェルを、お母さまが食べてしまったせいでその魔力が全部私に移ってしまったから、だから私がラプンツェルにならなくちゃいけないって。
難しくてよく分からないけれど、魔女のお母さまがそう仰るのなら、私はラプンツェルなんだと思う。
「ラプンツェル、あんた、歌ってはいないわよね?」
魔女のお母さまは、お日さま色の綺麗な髪をかきあげながら私にそう言った。
私はただ黙って頷いた。
魔女のお母さまとの約束なの。
勝手に話してはいけないって。言葉を口にしちゃいけないって。
声を出してはいけない、って。
どうしてって、魔女のお母さまがそう仰ったから。私にはそれ以外の理由は必要ないんですもの。
「そうよねぇ、ラプンツェルがあたしとの約束を破るはずがないし……。じゃ、あれは忌々しい魚の小娘なのかしら。何にしたってイライラするわ」
乱暴に髪をかきむしる魔女のお母さまに近寄って、私はそっとその腕を押さえた。
綺麗な私の魔女のお母さま。
魔女のお母さまには、自慢のお日さま色の髪をぐしゃぐしゃにしてほしくなかった。
「何? あぁ、髪を弄るなって? 別にいいのよ、あんたも細かいわね」
魔女のお母さまが用意してくださった私のお部屋。
どこに何があるかなんてもう手に取るように分かるのよ、それくらい馴れ親しんでいる場所。
私は魔女のお母さまを引っ張って、鏡台の前に座って頂いた。いつもは自分のしかしないけど、魔女のお母さまの髪を優しく優しく梳かして差し上げる。
「いいって言ってるのに。……そんなことより、いつもの品はできているのかしら?」
どこか子どものような魔女のお母さまの髪を丁寧に整える。
それから、魔女のお母さまに差し上げる物をそっと引き出しから取り出した。
これを作るのが私のお仕事なの。
うまくたくさん作れると、魔女のお母さまは喜んで下さるから、私はもっともっと上手にたくさん作りたい。
今回のは喜んでくださるかしら?
褒めてくださるかしら?
ドキドキしながら魔女のお母さまへと差し出した。
「…………」
じっと、確認される。
魔女のお母さまは妥協なんて許されないから、この瞬間はいつもドキドキする。
「まぁ、標準帯かしらね。可もなく不可もなくってところ。ちゃんと商品にできるから問題ないわ」
ほぅ、と安心した私の頭を優しく撫でて下さった魔女のお母さま。
嬉しくて、もっと撫でてほしくて、でもちょっと恥ずかしい。
「また来るわ。ラプンツェル、約束を忘れちゃダメよ」
あっさりと離れていってしまう魔女のお母さま。
私なんかのために時間をそう割いてはいられないのよね。魔女のお母さまはお忙しい方ですもの。
私のお部屋にある唯一の窓から、魔女のお母さまは外の世界へと消えていってしまった。
私の世界は、このお部屋と魔女のお母さま。それから、外の世界へと続く窓。
窓の外にはね、青空が広がっているのよ。それから、白い雲も。
それが、私の知る唯一の世界。