11 娘
泣き疲れて眠ってしまったラプンツェルの髪を撫でながら、ヴァイオレットは小さくため息を吐いた。
魔女と呼ばれ恐れられているあたしが、何で母親真似してんのかしら?
ラプンツェルはヴァイオレットの本当の娘ではない。
ヴァイオレットが大切に育てていた、“魔力の源を秘めたラプンツェル”を勝手に持ち去り、食べてしまった愚かな人間の娘なのだ。
そのため、ラプンツェルにヴァイオレットの魔力の源が移ってしまった。
このラプンツェルこそ、ヴァイオレットの魔力の源なのだ。
「あたしが大切にしてるのは、あんたじゃなくて、あんたの中にあるあたしの魔力の源なのよ」
分かってんの? と、安らかな寝息をたてて眠るラプンツェルの額を突いてみる。
そう何度も言い聞かせても、ラプンツェルはニコニコと笑うだけで、本当に分かっているかは分からない。
親愛の情がわかないようにと、わざとラプンツェル等と言う普通じゃ考えられないような名前を付けたと言うのに。
訪れるたびに嬉しそうに駆け寄ってくるラプンツェルに、情が移らないはずないのだ。
ヴァイオレットは、十何年もラプンツェルの面倒を見てきて、嫌でもそれを自覚していた。
否定できないほど、情など移っている。
「どうしてかしらね」
逆らったことも、約束を違えたことは一度もない。
この場所に閉じ込めていたラプンツェルは、不思議なほど純粋だった。
「あんたはあたしが憎くないの?」
こんな狭い場所に閉じ込めて、産みの親にも会うことさえさせず、不憫な思いしかさせていないのに、どうして元凶の魔女に笑いかけてくるのだろうか。
憎いと、憎悪の瞳で見られるのが当然なのではないのだろうか。
それが、魔女と言う存在なのだから。
「あたしに、何を求めているの?」
余計なことは全部省いて、真実は幼いときに伝えた。
『あんたの産みの親は、あたしの大事なラプンツェルを勝手に食べたから、あんたはその代価としてあたしが貰い受けた』
それを聞いたときでさえも、ラプンツェルはただ笑って頷いただけだった。
そんな身勝手なことと怒るでも嘆くでもなく、いつもと同じように笑っていたのだ。
「あたしは、あんたの母親なんかじゃないのよ?」
ラプンツェルがヴァイオレットの魔力の源であることも、“声を発することで本人の意思に関わらず魔法が発動してしまう”ことも伝えてはいない。
余計なことを教えないでいるだけとは言え、これではまるで、秘密にすることで子どもを守る親のようではないか。
皮肉にも、ヴァイオレットがしていることはそういうことになるのだ。
ヴァイオレットよりも長く、鈍く光り輝くラプンツェルの長い髪を優しく手で梳いてやり、ヴァイオレットは再び深いため息を吐いた。
「ラプンツェルが本当に恋煩いとはね……。完全に誤算だわ」
それも、食べることを忘れたり、泣き疲れて眠ってしまうほどののめり込みようだとは……。
知らなかったとは言え、相当重症だ。
長年魔女をしていると、それがどれほど厄介なことか酷く分かる。
この前相手にした人魚の末妹も、愚かなことをしたものだと思う。
人間に恋をしたから、魔法を発動させるための歌を捨て、報われない末路を辿りそうな末妹のために、姉たちは魔力の源である髪を捨てた。
そこまでして恋にのめり込んでしまうなんて、なんと愚かな真似をしたのだろうか。
だが、そんな愚かなことですらしてしまうのが恋なのだ。
「あんたも恋に狂わされた一人なのかしらね」
どこか物寂しさを感じながら、ヴァイオレットは一つの予感がしていた。
いや、予感というよりは確信に近いものなのかもしれない。
ラプンツェルを失うことになるだろう、と。
「そろそろ、潮時かしらね」
終わりにするなら、せめて自分の手で終わりを告げなくてはいけない。
それが、魔女としての役目なのだから。
ヴァイオレットは一つ指を鳴らして、塔の周りに張り巡らせていた結界を解いた。
侵入を試みようと、何度も弾き飛ばされていた哀れな王子を迎え入れるために。




